友を失ったメイド
ゾンビはある程度狩りつくしたと思う。
メイド服を着ていた疑問が解けたのはいいのだが、この展開はあまりにも地獄すぎるだろう。私でも少しつらいものがある。
なにもしていないのに。もともとは何の罪もないのにゾンビにさせられて、死を迎えるしかない状態に陥って。
「……ふぅ」
地獄というにはまだ生ぬるいという声があるかもしれない。
だがしかし、これはうれしい展開ではないというのはわかってもらえるとは思う。
「他はいないよな」
私は屋敷の全体をある程度歩いて、ゾンビにエンカウントしたら光の矢で狙撃し浄化している。経験値も上がってはいるが、こんなのでレベルアップしてもうれしくはない。
ただ、私がまだ出会ってないだけで、仕留め損ねているゾンビがまだ徘徊している可能性も無きにしも非ず。屋敷内の使用人全員がゾンビにさせられている状況は非常に好ましくない。
数が多すぎるから数えてもいない。
私はそう伯爵に伝えると。
「数日間、屋敷を離れて様子を見る必要があるかもしれない。使用人の数は把握はしていますが、数えてないし、数えきれない。ゾンビというアンデッドは生体を求めて彷徨う特性がある。数日間見張って外に出て居なかったらいないと考えてもいいが……。この屋敷に住むのはリスクのほうがでかい。一度領地のほうに戻り、この屋敷は取り壊し、新たに屋敷を建てましょうか。あの女のしでかしたことは本当に厄介だな……」
「そのほうがよいであるな。しばらくは我々も警戒しつつ業者に取り壊させましょう。貴族の屋敷が並ぶこの貴族街にゾンビを解き放つというのは我々からしても非常に好ましくない」
この屋敷は取り壊されることが決まった。
すると、奥のほうからメイド服を着た女性とエドワードくんが走って向かってくる。
「父上!」
「旦那様ー!」
「エドワードくんとメルナくん」
「はぁ、はぁ。無事に帰ってこれたんですね。よかったです……」
「こちらもお前らが無事でよかった」
伯爵は二人を抱きしめる。
「父上、メルナさんすごいんだよ! ゾンビに出くわしたんだけど、足に隠してたナイフで一瞬でゾンビの首を刎ねたの!」
「メルナくんが?」
「……あれ、私を暗殺者だと思ってます!?」
「……」
「たしかにメイド服の下にナイフは隠しておりましたが、違いますよ! 私は普通のメイドです」
普通のメイドはメイド服の下にナイフを隠したりするだろうか。
「冒険者出身ということもありますし、その……ナイフフェチなんですね、私は」
「ナイフフェチ?」
「引かれるから人様に話したくなかったのに! 私、ナイフが好きで……。世界各国のナイフを集めてるんですよ。わかります? 鋭利な刃に隠された狂気的な美しさ。ナイフの曲線美など非常に好ましく……」
と、伯爵にナイフのすばらしさを語りだしたメイド。最終的にはわかったからもうやめてくれと伯爵様が音を上げた。
っていうか、マジのナイフオタクで、オタクのように早口で饒舌にナイフの魅力を語っていた。これはガチだ。
「ともかく、私を暗殺するとかそういうつもりはなかったのだな?」
「当たり前ですよ!」
「そうか……。ならばよかった」
伯爵は安心したように笑う。
「それで、その、私はどうすればよいのですか? 屋敷にはきっと戻れないのでしょう? まさか解雇!? また私に職探しをしろと!?」
「いや、一度領地に向かう。しばらくは私専属のメイドだ」
「マジですか! ありがとうございます! こんないい職場はないですからね! 解雇されたら抗議するところでした!」
「はっはっは。ま、使用人全員いなくなってしまったからな」
「……えっ」
と、メイドが声を上げる。
「……あのぉ、嫌な予感はしてたんですが、あのゾンビって」
「使用人だが」
「えっ」
顔色が変わった。
「じゃ、じゃあ、私の友達も全員……。ゾンビとして……」
「……そうか。私よりお前のほうが」
「ちょ、嘘ですよね? 友達が全員? 嘘、嘘……。そんなの何かの間違いですよね?」
「残念ながら……」
「うぐっ……」
メルナというメイドは、力が抜けたように膝から崩れ落ちる。
顔からはぽろぽろと涙がこぼれ始めていた。使用人の中には彼女の友人もいたんだろう。全員がゾンビとなってしまったと聞いたならば……絶望するしかあるまい。
「……なんで私だけ」
「エドワードのおかげだ」
「えっ……」
「ゾンビパウダーと呼ばれるものが料理に混ぜられていたんだろう。使用人の料理にな」
「……私はその料理を食べていないから?」
「助かったというわけだな」
自分だけ助かったというのは非常に心苦しいものがあるだろう。
「……そうですか」
「君は昼ご飯の後から床下で待機していたって聞いた。何も食べていないだろう今。何か食べよう」
「今は喉を通りそうにないです……。床下で待機してたら不気味な笑い声が聞こえて怖かったのに」
「不気味な笑い声?」
「えっと、使用人の夕食のちょっと前ぐらいに笑い声が聞こえてきたんですよ。女性の」
それ伯爵夫人じゃないの?
「床下から出るわけにもいかなかったし怖かったので息をひそめてたんですけど……。まさかあれってもしかして」
「間違いなくあいつだな。裏も取れた」
「…………あの時、夫人を止めていればこういうことにはならなかったんですかね」
「もしもの話はしても無駄だ。メルナ」
「ですよね……」
もしもの話は、建設的ではない。




