天蘭高校にて ④
机を挟んで、プログラミングの必要性、科学技術の発達についてなどの議論が交わされていた。
「うちとしては、時雨のような人を救うために作ったという形もあるよ」
「生命倫理の冒涜じゃないのか?」
「わかる」
生命倫理の冒涜だ。
「ですが、閉じ込められた人ってどうなるんですか? 寿命を迎える……なんてことはないでしょうし」
「死なずに永久の時を生き続けることは一種の拷問なのでは?」
「電脳アバターだってそうじゃありませんか?」
「電脳アバターはデータを全消去すれば魂の行き先がなくなって死ぬ……はずだし! 試したことないけど……」
さすが開発者。そういうことは考えている。
ミノルはプログラミングとしては割と優秀なほうだ。電脳アバターを独学で作り上げているほどには。
だからこそ、ミノルは議論に参加してるんだろうけど、正直ついていけない。
「魂とか、そういうのに関してはうち専門外だし。そういうのはオカルト!」
「それもそうですね。では、次に電脳アバターの利便性を語りましょうか。こればかりは時雨に聞いたほうが……」
「そういうの考えたことなかった」
「時雨……。あなたって昔は割と努力家でそういうの考えていましたよね?」
「いやぁ、環境が変わると緩くなるもんだよ」
利便性とかそういうのはほとんど考えなくなった。ていうか考える暇がない。ミノルがうるさいから。
「電脳アバターの利便性か。あっていいことなんてあるか?」
「そうだなぁ」
私は考えてみる。
身動きは取れないし、アプリをいじくることしかできないし、っていうか充電とか割と食うし。あれ、いいことねえな。
「ない……かな」
「当の本人がこういうのなら議論終わりますけど」
「時雨ぇ……! だしてよぉおおおおお!」
「うるっせ……。出してって言ってもな」
私はつらつらと不便性を述べていくと、ミノルは少し悲しげな顔になる。
「……まぁ、友だちといつでも一緒にいることができるのはプラスかな」
「……時雨!」
「気恥ずかしいこと言わせんな」
「愛してるーーーーーー!」
何が愛してるだ。
「イチャイチャするのはそこまでにしてほしいっす! 機能面ではたしかに不便かもしれませんが、精神面では救われる人が多そうっすよ!」
「そうだねー。例えば、息子がテロのせいで閉じ込められて病院でも対処してもらえなかった人、とかは救われるだろうねー」
「そういうものか?」
「大事な人にまた会えるってのはいいもんだよ」
多々羅目さんがそう語っていた。経験者のような口ぶりで。
もしかしたら。
「多々羅目さんって親族にそういう人が……」
「いるよ? うちの妹なんだけどね」
「……初耳ですけれど」
「言ってないしー」
多々羅目さんは懐かしむように笑っていた。
「私はね、妹がその、閉じ込められちゃって。でもそれに気づかなかったんだ」
「気づかなかった?」
「妹が親と喧嘩しちゃって飛び出していっちゃって。必死に探したけど見つからなくて……。見つけられたのは六か月後。なんでか知らないけど北海道の適当なアパートでヘッドギアをかぶって見つかってね……」
「…………」
「私は妹のミイラを見て絶望したんだよ。なんで妹が……あの時、意地でも止めてやれば、一緒に言ってあげればなんて後悔が押し寄せてきてさ」
悲しげに目を伏せる。
「私は、すごくすごく落ち込んだんだ。私の唯一の妹だったし、シスコンって言われるぐらいには好きだったから。会えないんだって知って、引きこもって自殺まで考えて……。数か月がたった時、電脳アバターの存在を知ったんだ」
「それで妹さんをゲームから呼び戻したと」
「そ。最初は驚いてたけどねー。画面の中でも妹が生きているのがうれしくて。私は救われたんだ」
「その妹さんは?」
「えーっと、父さんに妹を連れまわしすぎだって怒られて家でゲームしてるよー」
なるほど。そういう心理はあるよな。
大事だからこそもう一度会いたい。ミノルもそういう気持ちだったと聞いている。
「うちも、うちもそうなんです! だから開発したんです! 時雨に会いたくて……」
「大切な人に会いたい、そういう気持ちが救われることもあると思うなー。だから必要だよ」
「そういわれたらな……。精神面も考慮するならばそういう結論にはなるか」
「人間、死んだら終わり、ですものね」
それで納得したようだ。
なんかめんどくさい授業だったな。




