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◇ うちのしんゆー

 うちはパソコンと向き合っていた。

 シグレはきっと昔の記憶を思い出している。アバターはシグレの記憶からできているので、それを復元するとなると思い出してしまう。

 シグレは……。シグレは救われない子だった。


 あの事件が収束し、ログアウトボタンが出現したころ。


「シグレ! ログアウトできるようになったー!」


 うちがそういったけれども、シグレは浮かない顔をしていた。


「どしたん?」

「いや……」


 シグレは言葉が詰まっていた。

 うちはログアウトする!っていってすぐにログアウトしようとすると、シグレはうちの体をつかんだ。


「バイバイ」


 そう悲しげにつぶやいたシグレ。

 バイバイとはなんだろう。うちはそのバイバイ、という言葉が気になってログアウトすると、病院にいた。

 うちの体はやせ細ってはいるが、生きているらしい。左手に点滴が繋がれている。


「ミノル!」


 おかーさんがうちを抱きしめる。

 暖かい涙がうちの頬に触れた。普段そっけない弟も無事でよかったと言ってくる。可愛げのないやつだと思ってたけど意外とかわいいところあるじゃん。


「あ、そーだ。おかーさん、シグレってどこにいるの? 何号室?」

「……シグレちゃん?」

「そー。シグレちゃんも入院してるはずだけど!」

「そうなの? シグレちゃんってゲームやってたの?」

「…………」


 嫌な予感がした。

 うちは無理やり立ち上がる。おかーさんたちが止めてくるが止まることができない。うちは病院の下に停まってあるタクシーに乗り込んだ。

 おかーさんもタクシーに乗り込んでくる。


「ミノル! どこいくの!」

 

 うちはおかーさんを無視してタクシーの人にシグレの家の住所をつげて向かってもらう。もしかしてあのバイバイって……。

 あのバイバイって言葉は……。


「シグレ……。嘘だよね」


 タクシーがシグレのアパートの前に停まる。うちは急いで降りて、そのままシグレの部屋の前に。そして、うちはそのまま扉を突き破ろうとしたが、ベランダから回ったほうが早いと気づき、ベランダのほうに移動した。

 律儀にカーテンを閉めており、うちはガラスを突き破ると。嫌な臭いがうちの鼻を刺激する。


「うわ……」


 嗅いだことのない匂いだった。腐っているようで、すっぱいようで。

 中は薄汚く、暗い。うちは玄関のカギを開け、おかーさんたちを入れる。おかーさんはうっと鼻を抑えていた。


「な、なに?」

「んだよこの匂い」

「ここ……。シグレのパソコンとか置いてある部屋……。ここから匂いがする気がする」


 うちは扉に手をかけた。

 だけど、開けたくないという気持ちが生まれる。開けてしまったら、開けてしまったら後悔してしまいそうな気がして。

 だけど……。うちは。


 うちは、迷いながらも開けると。


「シグレ……」


 ベッドに寝そべっているミイラ化したシグレの死体。うちは思わず口に手を当てる。何も食べていないはずなのに、何かが逆流してきて今にも吐きそうだった。

 うちの親友が変わり果てた姿で見つかった。うちはこの事実に気づかずにログアウトしてしまった。


「け、警察!」

「なんだよこの死体! なんでこんなとこで殺人が……」

「殺人なんかじゃない……。シグレは……誰にも……」

「……ヘッドギアをしてるってことはそうか。誰にも気づいてもらえなくて」

「なんてっ、こと……。気づいてあげるべきだった……」


 シグレが死んだ。

 肉体が朽ち果てていて、もうこれ以上生きることはできていない。いつ死んだのだろうか。随分前に死んだ。

 となると、シグレは意識だけがゲーム内に囚われている……。


 そっからの記憶がうちにはなかった。


「……絶対死なせるもんか。うちの一番のしんゆーを」


 うちは弟にエナジードリンクを買いに行かせ、徹夜でシグレのアバター復旧を終わらせた。終わったころには、うちは力尽きてそのまま机の上で眠ってしまうのだった。








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