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第27話 王都デート






 次の日。公爵様と王都を回るために、王城の前で待ち合わせをしたんだけど……。


「公爵様、お待たせしました」

「……ああ、全然待ってない」


 公爵様は待ち合わせ場所で頭を抱えて、気まずそうにしていた。


「大丈夫ですか?」

「あの、昨日、俺が言ったことは……」

「ああ」


 いつもの如く、がっつり記憶が残っちゃってたらしい。彼は後悔に満ちた目で私を見ている。


「私も気にしませんから、公爵様も気にしないで下さい。それより早く行きますよ!」

「わ、分かった」


 過ぎちゃったことは気にしてても仕方ない。後悔してる暇があるなら、今を楽しまなきゃ損だもんね。


 私は意気揚々と目的地に向かって歩き出した。すぐ公爵様が私の横に並んで、話しかけてきた。


「ところで、どこに行くつもりなんだ?」

「料理人さんに美味しいジェラート屋さんを教えてもらったんです。そこに行ってみてもいいですか?」

「もちろん」


 王城から出てすぐの場所には、店が立ち並んでいるレンガ道が広がっていた。道にはたくさんの人が往来していて、賑わっていた。


 しばらくその道を真っ直ぐ歩いて行くと、やがて目的の店が見えてきた。


 店内に入ると、すぐに色とりどりのジェラートが目に飛び込んできた。種類が豊富で色鮮やかなフレーバー達は、見ているだけで楽しい。


「公爵様は何にしますか?」

「俺はショコラミルクにしようかな。ジゼルは?」

「私はマンゴー味にします」


 それぞれが好きな味のジェラートを購入して、店の外のベンチに座る。


 外は青空が広がっていて、太陽の光が優しく降り注いでいる。この気候の中で食べる冷たいジェラートは美味しかろうと思い、外を選んだのだ。


 私は公爵様のジェラートを見て、首を傾げた。


「公爵様はカップに入れてもらったんですね。コーンにしなくてよかったんですか?」

「ああ、スプーンを使う方が食べやすいからな。コーンの方がこぼしやすいし、食べる時に焦るだろう? 逆に、ジゼルはコーンなんだな」

「あはは、たくさん食べられた方が嬉しいので……」


 私の食い意地張ってるところがバレてしまった……。まあ、今に始まったことじゃないよね。


 細かいことは気にせず、さっそくアイスにパクついた。


 アイスはねっとりとした食感をしていて、口に入れた瞬間、マンゴーの爽やかな味が口の中いっぱいに広がった。マンゴーの味が濃厚で、そのまま果実を食べているような感覚に包まれる。


 隣を見ると、公爵様も美味しそうにアイスを食べていた。私はその姿を見て、すかさず聞いてみた。


「公爵様、一口もらってもいいですか?」

「ああ、もちろんいいぞ」

「ありがとうございます!」


 公爵様からスプーンを受け取って、一口だけ食べさせてもらった。


「ん〜、甘くて濃厚で美味しいですね! ……公爵様も私の方一口食べますか?」

「ああ、もらおうかな」

「それじゃあ、スプーンで……」


 「取ってください」と言おうとした時には、公爵様は既に、私が持っているコーンから直接ジェラートを食べていた。公爵様の端正な顔が至近距離まで近づいて、ドキドキする。


「ん、美味しいな」

「……」


 私が顔を赤くしていると、ハッと気づいたように公爵様が慌て始めた。


「……す、すまない。近かったな」

「いえ、大丈夫です!」


 慌てて首を横に振る。びっくりしたけれど、嫌ではなかったのだから。

 しかし、私は赤くなってしまった気まずさから、視線をウロウロとさせる。

 そこで、少し遠くの方で人だかりが出来ているのが目に入った。


 人が集まっている中心には、ハシゴの上で火の玉をお手玉のように投げて回している人の姿があった。……あれは、大道芸だろうか?

 私はすぐに公爵様の袖を引っ張った。


「公爵様、見て下さい。あっちの方で何か催しをしてるみたいですよ」

「本当だな。すごい盛り上がってるみたいだな」


 ジェラートを食べながら、遠くの方でやっている大道芸を眺める。

 大道芸人さんは、不安定な足場の上で炎を自在に動かしている。時には口から炎を噴き出すなどをして、観客を盛り上げていた。


「あれ、本当に炎に触れてるんでしょうか? 熱くないんですかね?」

「あれは……魔法で操ってるみたいから、本当に触れてるんだろうな。自分で出した炎は手に触れても、熱くないからな」

「ああ、なるほど」


 公爵様の説明に頷く。

 多くの人が魔法を扱えるこの世界で、炎を出すことだけなら、そんなに難しいことではない。炎を手のひらの上に出現させることも、それを消すことも、簡単に出来る。

 ただ、それの大きさを変えたり、投げたりするなど……操ろうとすると、途端に難易度が上がってしまうんだけどね。


「そういえば、公爵様も火を操ることが出来ましたよね?」

「そうだな。公爵家の教育の一環で、魔法の操り方は一通り習ったからな」


 公爵様は指先に炎を出して、炎を大きくしたり小さくしたりして、自在に操ってみせた。


「おぉー、すごいです!」

「ジゼルも扱えるようになりたいなら、家庭教師を雇うぞ?」

「本当ですか⁈」


 公爵様の提案に目を輝かせる。だって、炎を操れるようになったら……。


「食材を炙るのが、簡単に出来るようになりますねぇ〜」

「最初に思いつく利用方法が料理なんだな。ジゼルらしい」


 公爵様はクスッと笑って、立ち上がった。


「食べ終わったし、そろそろ行くか?」

「そうですね」

「他に行きたいところはあるか?」

「いえ、特にないですね。ほとんどノープランで来ちゃいました」

「それじゃあ、面白い場所があるから、一緒に行こう」


 公爵様は何度か王都に来たことがあるそうで、観光地に詳しいらしい。公爵様に促されて、行った先にあったのは……。


「……真実の口⁇」


 前世のイタリアの観光名所にあった「真実の口」のような物が道の壁に埋め込まれていた。

 丸い石板の真ん中には、人の顔のようなものが彫られており、その口の部分は空洞になっていた。

 何回見ても、前世の「真実の口」にしか見えなかった。


「これは、何ですか?」

「とりあえず、これの口の中に手を入れてみてくれ。面白いことが起きるから」

「わ、分かりました……」


 公爵様に促されて、空洞部分に手を入れてみる。前世の「真実の口」は、“嘘をつく人が手を入れると、噛まれてしまう”という逸話があった。今世のこれは、噛んできたりするのだろうか……。


 私が戦々恐々としていると、突然、ピカッと石板の上の目が光った。そして、口がモゴモゴと動き始めた。


『ジゼル・イーサン‼︎‼︎‼︎』


 し、喋ったーー⁈


 石板から発せられる声は、お爺さんのような、機械的なような、不思議な声色をしていた。

 次は何が起こるんだろうとドキドキしていると……。


『仕事:受難あり。かつての自分を信じよ。

病気:概ね健康。飲み過ぎには注意。

恋愛:重大な分岐点あり。自分の信じた道を行け』


 お、おみくじみたいなことを言ってる……。


 石板が機械的に話し終えると、すぐに目の光が消えて、一切動かなくなった。


 私が驚いていると、公爵様がクスクスと笑っていた。


「こ、これは何ですか?」

「これは、“占いの口”と呼ばれるものだな。手を入れると、今後の占いをしてくれると、王都では有名なんだ」

「な、なるほど……」


 こんなものがあるなんて、まったく知らなかった。

 それにしても、面白い。口に手を入れるだけで、占ってくれるとは。


「よし。俺も手を入れてみようかな」

「はい! そうしてみて下さい!」


 公爵様の占い結果も聞いてみたい。私はワクワクしながら、公爵様が手を入れる様子を眺めた。

 すると、再び「占いの口」の目がピカッと光った。


『アベラルド・イーサン‼︎‼︎‼︎

仕事:概ね順調。これまで通りの道を行け。

病気:概ね健康。風邪に気をつけよ。

恋愛:ライバル現る。注意せよ』

「……」


 おぉー! やっぱり占いだから、人によって言葉が違うんだ!

 私が感動していると、公爵様は何やら項垂れていた。


「それは知ってる……。知ってるが、やっぱりそうなのか……」

「どうしたんですか?」

「いや、こっちの話だ。それより、次に行こうか」


 続いて公爵様に連れられて行ったのは、奥まった場所にあるお店だった。看板には、「魔法撮影所」と書かれていた。


「ここは何ですか?」

「撮影機という魔法道具があって、その場にあるものを特殊な紙に写し出してくれるんだ。高価なものだし、量産するのが難しくて、まだあまり広まってないんだがな」


 それは前世のカメラと同じじゃないだろうか⁈


「俺たちの姿を残してもらえれば、記念になると思うんだが、どうだ?」

「ぜひ、やりたいです!」

「じゃあ、決まりだな」


 私達はそのお店に入って行った。


 お店の中に入ると、すぐに大量の衣装が目に入ってきた。その奥には撮影スペースがあり、そこにはカメラに似ているアンティーク調の魔法道具が置いてあった。


 私達の入店に気づいた店主が、頭を下げる。


「いらっしゃいませ。撮影されていきますか?」

「ああ、二枚頼む」

「衣装は借りられますか?」


 店主の言葉に、公爵様がこちらを振り返った。


「ジゼル、どうしたい?」

「私は今日の思い出に、このままの服装で撮りたいです」

「分かった」


 公爵様が店主と話している中、ふと店内に飾られているアクセサリー達が目に入った。吸い寄せられるように、アクセサリーが飾られているショーケースに近寄って行く。


 ショーケースの中には、ティアラやイヤリング、ネックレスなどが飾られていた。これらを身につけて、撮影することも可能なのだろう。


 ショーケースの中でも、特に私の目を引いたのは、一つのネックレスだった。水色の花が控えめに揺れていて、とても素敵なのだ。


「可愛い……」

「付けたいのか?」


 いつの間にか、後ろに公爵様が立っていた。


「今からでも、衣装を着る方に変更するか?」

「いえ、今日はこのままがいいです。こういうアクセサリーも憧れるんですけどね」

「そうなのか」


 公爵様が意外そうに目を見開く。


「てっきりジゼルは、こういうのには興味ないのかと思っていた」

「私が一番好きなのはお酒と料理なので、お給料で買うことはないんですけど……。ちょっと憧れはありますよね」


 これでも女の子だし、可愛いものは好きなのだ。まあ、いつだってお酒と料理の食材にお金が飛んでいくから、本当に買うことはないんだけど。


 私達が話していると、店主さんがこちらにやって来た。


「準備が整いました。こちらへどうぞ」


 店主さんに促されて、私達は撮影スペースの中に入った。私達は並びたって、撮影機の方を向く。そして、「三、二、一」の掛け声と共に、シャッターが切られた。




⭐︎⭐︎⭐︎



 私達の手元には、私達の姿が写された写真が残っている。写真を眺めて、感嘆したように公爵様が呟いた。


「本当にそのままの姿が映されるんだな」

「すごいですよね。こうやって手元に残ると、思い出になります。公爵様、ありがとうございます」

「俺も記念に手元に残しておきたかったからな」


 公爵様と笑い合って、私は写真を太陽にかざした。


 あっという間に時間は過ぎ去って、太陽はすっかり傾いている。今日は公爵様と一緒に過ごせて、本当に楽しかった。


 いよいよ隣国の国王夫妻を迎える日は近づいてきたけれど、明日からもまた頑張れそうだ。


「よし。絶対に歓迎の料理、成功させますよ!」

「ああ、頑張れ。……俺も相手に負けないように頑張らなきゃいけないしな」

「どういうことですか?」

「いや、何でもない。こっちの話だ」


 公爵様は、そう言って眉を下げた。

 そうして、公爵様との王都での一日が終わりを迎えたのだった。

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