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第1話 公爵様がそれを言ったら、聖女の力で浄化すると思う。

こちらはWEB版です。web版2.5章は書籍版ではまったく別の話となっておりますので、こちらはweb版として楽しんでいただけたら幸いです!



「今日でドミナス地方は回り終わりました。過剰収穫ということもなく、問題は特にないようです」

「ああ、分かった。明日からは別の地域に行ってもらうことになるが、いくつか候補地があって……」


 夕方。領地の仕事が終わって公爵邸に帰ってきたので、私は公爵様に今日の仕事の報告をしていた。

 これは瘴気の問題解決のために動いていた時からの習慣である。報告の後は、次の日の動きを軽く確認する。明日からは新しい地域を回るので、少し長めの打ち合わせになった。


「……ということで、明日から大丈夫か?」

「はい。分かりました。任せて下さい」

「ああ、頼んだ。それじゃあ、お疲れ様」

「お疲れ様でした」


 というわけで、本日の業務が無事に終わって、私は公爵様の執務室から出ていった。




「なーんか、ジゼル様と公爵様って仕事の話ばっかりですよね」

「え?」


 自室に戻るまでの道のりでリーリエから、そう声をかけられた。私は首を傾げる。


「そうかな? 次の晩酌で出す予定のおつまみについて話すこともあるよ」

「そういうことじゃないんですよ! もっと恋人らしい会話というか、甘いひと時というか……。公爵様から“愛してるぜ、ハニー”“今日も美しいね”的なことを言われたりとかないんですか⁈」

「それを公爵様から言われたら、普通に困るな」


 というか、公爵様が何かに取り憑かれちゃったんじゃないかと疑う。めちゃくちゃ疑う。それは多分公爵様じゃないし、聖女の力で浄化しようとすると思う。


「リーリエ姉さん。お二人にはお二人の関係があるんですから、あんまり口出しすることじゃないですよ」


 偶然通りかかったレンドール君がリーリエを注意する。それに対して、リーリエは頬を膨らませた。


「でも、せっかく両思いになったのに、仕事か晩酌の話ばっかりじゃないですか! もっと恋人らしく過ごせばいいのに!」


 彼女の言う通り、晴れて両思いになった私たちは特に変わらない関係性でいた。いつものように仕事して、週末は晩酌をする。仕事の時は上司と部下として話すし、晩酌の時は飲み友達として軽口を言い合う。その関係に変わりはない。

 強いて言うなら、休日に一緒に過ごすことが少しだけ増えたかな?ってくらい。その時も一緒に食事をするばっかりである。元々婚姻関係を結んでいることもあって、恋人同士の甘い期間というものがないのだ。


 そして、両思いになったのに今までと変わらない関係でいられる理由には、少しだけ心当たりがあって……。


「多分だけど、それは私に合わせてくれてるんだと思う」

「合わせてる⁇」

「うん」


 リーリエに聞き返されて、頷く。


 私は恋愛事に慣れている方ではない。前世の社畜時代はもちろん恋愛には縁がなかったし、今世に関しては生まれてからずっと教会畜だったから……。正直、私はそっち方面には疎い方だと思う。


「今まで仕事と晩酌のことばっかりで私が恋愛事に慣れてないから、公爵様が合わせてくれてるんじゃないかなって。公爵様は優しいから」

「それって公爵様がただのヘタ……」

「シッ、言っちゃダメ!」


 リーリエが慌ててレンドール君の口を押さえる。


「え、どうしたの?」

「いえ、なんでもありません。気にしないで下さい。公爵様が優しいのは、同意します」


 レンドール君は早口で答える。なんだったんだ……。


「とにかく両思いになったんですから、もっと特別なことをしたいとか思わないんですか? いつもの晩酌だけじゃなくて!」

「うーん。どうだろう……」


 リーリエに言われて考えてみる。

 正直、今の関係が居心地よくて気に入っているんだよね。でも、このままずっと変わらくていいのかって聞かれると、ちょっと分からない。恋人らしくなりたいという気持ちもなくはないし。うーん。


「じゃあ、アベラルドと一緒に旅行にでも行ってきたらいいんじゃないかな」

「え?」

「やっほ~、ジゼルちゃん」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこにはイアンさんがいた。公爵様の友人である彼は陽気に手を振っている。


 ちょっと前に、自宅に戻ったはずのイアンさんが公爵邸に来たということは……。


「えっと、また彼女さんに追い出されたんですか……?」

「違うよ⁈ 今日はちゃんと用事があっただけで、追い出されたわけじゃないよ! そんなにしょっちゅう追い出されるわけじゃないからね⁈」

「あ、そうだったんですね。てっきりまた彼女さんを怒らせたのかと」

「ジゼルちゃん辛辣じゃない⁈ アベラルドの影響かな⁈」


 彼はゴホンと咳払いをする。


「えっと、そうだ。旅行だよ。二人でのんびり旅でもすれば、何か変わることもあるんじゃないかな」

「旅行ですか?」

「うん。環境を変えれば、二人の関係が進展するしれないし。もちろん、何も変わらなくてもいいしさ。そこはジゼルちゃんたちのペースで」

「な、なるほど」

「いいじゃないですか! 私は賛成ですよ!」

 

 リーリエが顔を輝かせる。


「さっすがリーリエちゃん、話が分かるね。旅行に行くなら、港町のティドゴとかオススメだよ」

「港町ですか?」

「栄えてるし、距離的にもちょうどいいんじゃないかな。海の幸が新鮮で美味しいよ」


 海の幸。すごく心が惹かれる……。


「あと、これは勝手な俺のお願いなんだけど……実は、ジゼルちゃんに行って欲しい店があるんだよね。うちの商会が支援してる店なんだけど、ちょっとジゼルちゃんの意見を聞きたくてさ」

「私の意見を? どうしてですか?」

「新商品を提供し始めたんだけど、伸び悩んでてね。ジゼルちゃんはポテトチップスとか米とか、新しい物を生み出したり目を付けたりするのが上手だからさ。もちろん俺からの頼みだから、旅費も出すよ」

「……」


 彼からの提案を受けて、考えてみる。


 彼は私を過大評価してくれるけど、ぜんぶ前世の知識から得たものだから、申し訳なくなってしまう。

 でも、これまでイアンさんにはすごくお世話になったし、前世の知識があるからこそ何か役に立てるかもしれない。それに何より……、海の幸を食べたいよね……っ!


「分かりました。公爵様がいいと言ったら、一緒に行ってみます」

「ありがと。じゃあ、アベラルドには俺から話しておくから」


 その後、公爵様からもOKが出たということで、私と公爵様は休日を使って港町ティエゴへ行くことになった。


 港町。そういえば、ずっと前に公爵様と旅行しようと話したことがあった。あれは確か、瘴気の問題が解決したばっかりの頃だったかな。あれから孤児院に行ったり米探しをしたりで、日々があっという間に過ぎてしまっていた。


 果たして、この旅行で公爵様と恋人らしい関係性を築けるのだろうか。




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