再会のち
「あははは。久しぶりの再会で驚いたかい?」
そう言って高笑いするセシル。
一方のイレーナはまだ現実が受け入れられず、後ろに立っているルカへ視線を向けた。
そうすればルカは首を横に振るなり、2人の間に入った。
「セシル様。今日は御友人の方々と食事会だと伺っておりましたが……何かトラブルでも?」
「ん? あぁ。いや、なんでもない。ただイレーナに一目会いたくて食事会の時間をズラして来たんだよ」
一目会いたくて。
その言葉に思わず1歩、イレーナは後ずさってしまった。
こちらの気も知らないで能天気に易々と言葉を紡ぐこの男にイレーナの中で沸々と何かが湧き上がってきた。
「イレーナ。取り敢えず、座ったらどうだい? 僕はこの後ルカが言ったように友人達との食事会があってね。そんなには長く居られないんだ」
「で、でしたら私のことなんて気にしないで早く向かわれた方がよろしいのではないでしょうか…?」
「そんな冷たい事言わないでくれよ。僕が君に会いたくてこうして時間を割いてやって来たんだ。君はそれを有難く思い、受け取って従順に従えばいいだけだよ。ルカ、イレーナを早く座らせて。時間が惜しい」
優しさに溢れた様な声色ではあるが、その内容は優しさには溢れていない。
口調は柔らかいが、言葉の数々が刺々しい。
ルカは申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、イレーナに「座って頂けますか」と告げる。
ルカを困らせてはいけないとイレーナはコクリと頷き、セシルと向かい合うように腰を下ろした。
その様子にセシルはニコリと笑みを浮かべた後、ルカへと告げる。
「イレーナと2人で話がしたい。ルカ。暫く席を外してくれるかい?」
「かしこまりました」
まさかのセシルの言葉に思わずイレーナは目を見開く。
別にこちらは2人きりで話したい事など無い。寧ろルカが居ないと気まずくて仕方ないくらいなのに。
助け舟であった筈のルカの突然の退場にイレーナは項垂れる。
結婚式の招待状に挨拶、そして突然こうやって「一目会いたくて」なんて理由で目の前に現れたセシルの行動の訳が分からない。
あまりの気まずさに早くこの時間が終わることを願う事しかできなかった。
「イレーナ。元気にしてたかな?」
そんな中、話題を切り出したのはセシルだった。
相変わらず笑みを浮かべ、イレーナの心境を知らないでセシルは話を続ける。
「本当はさ、会いに行きたかったんだ。けど、どうしても仕事が忙しくてね。中々足を運べずにいたんだよ」
「…そう」
「それにさ。イレーナが僕との婚約破棄をキッカケに体調を崩して田舎で療養生活って聞いた時には本当に驚いたよ。同時に申し訳なさも感じたさ」
「…そ、そう」
「けど、こうして今日会えて良かった。元気そうで何よりだよ、イレーナ」
そう言ってニコリとまた笑みを浮かべるセシルにイレーナは苦笑しか出来なかった。
結局、一体何の話がしたくてわざわざ足を運んだのだろう。
婚約破棄について謝りたかったから? にしても言動が軽々しく見える。
そしてセシルもまたイレーナが体調不良で療養生活を送っていたと思っているあたり、周囲の人間達は皆この認識でいるのだろう。
___早く終わらないかな、この時間。
そんな事を思っていると
「…ナ……イレ……イレーナ!」
「っ!?」
「大丈夫かい? 何だか顔色が悪い様な気がするが…」
そっと頬に添えられた手。
視界いっぱいに広がるのはセシルの顔。
心配そうな表情を浮かべ、けれどその奥に何かを秘めたような……そんな表情。
イレーナは思わず咄嗟に顔を背けた。
「へ、平気だから。取り敢えず、少し離れて欲しい…」
「あ、すまない。つい…ね」
セシルの気配が遠のいていき、イレーナはホッと安堵する。
距離感が近いのは相変わらずのようだ。
そんな時、クスリと小さく微笑む音が聞こえた。
イレーナが思わず顔を上げれば、セシルは言った。
「……うん。やっぱりイレーナに会えて良かったよ。じゃあ、僕はそろそろお暇させて頂くとするよ」
「え?」
「また後日ゆっくり話そう、イレーナ」
そう言って部屋を後にするセシル。
シーンと一気に静まり返った部屋。
イレーナはソファーにだらりと背を預け、天を仰ぐ。
「本当になんの用事だったんだろう…」




