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そして辿り着いた先はヘレンの家だった。
もう両手では足りない程訪れたこの家。
気づけば居心地が良くて、まるで我が家の様に安心する場所にまでなっていた。
イレーナはヘレンに通され、彼女の部屋へと足を踏み入れる。
……つもりだったが、足の踏み場のない床にイレーナは溜め息をつく。
「この間片付けたばかりだよ?」
「ご、ごめんって…。だってアイデアが次々に浮かんできてさ」
ヘレンの言葉にイレーナは再度溜め息を吐く。
床に散乱する紙達。
イレーナは一枚一枚拾いながら、その紙に描かれている美しい洋服のデザインに目を通す。
その表情はとても穏やかである。
「本当にヘレンがデザインするお洋服は素敵だね」
そう言ってイレーナが微笑む。
ヘレンはデザイナー志望だ。
何でも幼い頃王都へ遊びに行った時、ショーウィンドウに飾られた美しい洋服の数々、そして行き交う綺麗な女性達が身に着ける洋服が、まるで宝石の様に輝いて見えたと言う。
それ以来、ヘレンはデザイナーを志すようになったらしい。
「でも……」
イレーナは頬を少し赤く染め、視線を紙から逸らしながら言う。
「全部私をモデルにしなくてもいいんじゃない…かな?」
「えー、嫌」
「即答!?」
ヘレンがデザインした洋服達を身に包むのは、赤い髪と蜂蜜色の瞳を持つ少女。
それは正しくイレーナであった。
「は、恥ずかしいと言うか…。私、こんな綺麗じゃないし」
「そんな事ないよ。イレーナは私が今まで出会って来た人の中で1番綺麗! 初めて会った時、言葉が出なかった!」
そう言ってヘレンはイレーナの手を引く。
気づけばあれだけ紙が散乱していた床が片付いていた。
どうやらイレーナがデザインに夢中になっている間にヘレンが1人で片付けてしまったらしい。
そして鏡の前に座るように促され、イレーナは椅子に腰を下ろす。
「せっかく行くんだからさ。見返してやろうよ。あんたが捨てた女はあんたには勿体ない程のいい女だって!」
クシで乱れた赤い髪がとかれていく。
昔はよくヘアアレンジをしたものだ。
全てはセシルに「可愛い」とか「綺麗」だとか思って欲しくて…。
「前髪結構伸びたね。切ってもいい?」
「…うん。お願い」
目にかかる程に伸びた前髪が切られていく。
婚約破棄をされて以来、更に自分に自信が持てなくなった。
イレーナには兄と姉がいる。
そしてどちらもどの点においても優秀な人間であった。
その為、成績、人間性、容姿。
こと細かく様々な事を比較されては、「お兄さんは出来るのに」「お姉さんならこうしたいはず」と皆口々にそうイレーナに言った。
兄と姉が優秀な人間だったからこそ、イレーナへの周囲の期待は大きかった。
けれど、イレーナはその期待に応える事が出来なかった。その結果、【落ちこぼれ】のレッテルを貼られる事となった。
『お前には何も期待していない』
そう冷たい言葉をこれまで何度も向けられてきた。
けれど慣れとは怖いもので、最初は苦しくて仕方なかったものを、全て受け入れてしまえば、もうその苦しみを感じる事は無かった。
「はーい。目瞑ってー」
「う、うん」
イレーナは言われた通りに目を瞑れば、頬や瞼に柔らかい感触が当たる。
一体今何が施され、そして自分がどのように姿を変えていくのか…。
心臓がドキドキと鳴りっぱなしである。
家を追い出されて以来、自身を着飾った事なんて無かった。だから余計に緊張したし、セシルに相応しい女性になりたくて使用人達に頼み、化粧を施して貰っていた事を思い出した。
「はい、出来たよ。目、開けてみて」
ヘレンに促され、目を開ける。
そうすれば鏡に映る自分の姿を捉えた。
長かった前髪が短くなり、丸い瞳がハッキリと姿を現している。
乱れた長い腰までの髪も綺麗に整えられ、サイドには編み込みがされている。
それだけでも見違えた様に思えるのに、ヘレンによって施された化粧によって、更にイレーナは大変身を遂げていた。
元々白く透き通った肌色をしているため、ほんのりと赤いチークやリップがとても栄えた。
「実はずーっとイレーナに化粧してみたいと思ってたから嬉しい。ほんと、凄く綺麗。自信持ちなって」
そう言ってポンと背中を叩くヘレン。
自信。
その言葉にグッと拳を握りしめた時だった。
コンコン
扉の叩く音が聞こえた。
「はーい」と返事をヘレンが返せば、扉が開きヘレンの母親が顔を覗かせた。
その表情は酷く不安げである。
「イレーナ。貴方にお客様が来てるわよ。その……何かあったの?」




