幕が上がる。
最終話となります。
遂に結婚式当日を迎えた。
セシルは強ばった表情で待合室で待機していた。
後はエリの用意が整えば、新郎新婦の入場となる。
ソファーに腰をかけ、落ち着かない様子のセシルは使用人に尋ねる。
「エリはいつ用意が終わる?」
「終わり次第メイドが知らせに来ますので、しばしお待ちを。女性の支度は大変時間がかかるのですよ、坊っちゃま」
使用人の言葉にセシルはため息を吐き捨てる。
かれこれもう3時間を経とうとしている。
いくら何でも遅すぎる様な気がしてならない。
そう思った矢先、扉をノックする音が聞こえた。
「セシル様。大変お待たせ致しました。エリ様のご用意が整いましたよ」
「やっとか。待ちくたびれたよ」
セシルはそう言うと、部屋を後にした。
待ちに待った結婚式。
招待状は沢山出した。
溢れんばかりの人々が、今日自分の結婚を祝いにやって来ているのだと思うだけで胸が高鳴った。
結婚式の会場へと続く扉の前までやって来ると、セシルは首を傾げる。
「おい、エリが居ないじゃないか」
まだそこにはエリの姿は無かった。
もう用意は済んだはずでは? と疑問を抱いていると、そんなセシルをトントンと誰かが叩く。
「…!? エ、エリ…!? 居たのなら何か返事を……ってお前その格好は何だ!?」
セシルはエリの服装を見て目を見開いた。
なぜなら彼女は結婚式のドレスでは無く、いつも身に着けているドレス……言わば普段着だったのだから。
今から結婚式を挙げる新婦とは思えないその格好にセシルが唖然としていると、エリは言う。
「その答えは、この先よ」
エリはセシルの手をとり、扉を勢いよく開いた。
その行動にセシルは頭がパニックになる。
本来ならゆっくりと扉が開き、2人が入場。同時に美しい花びらが舞う様な演出が施されるはずだった。
しかし、実際はどうだろう。
入っても何も起きない。
それどころか、会場には人っ子1人居ない。
これには更にセシルは唖然とし、言葉を失った。
日付を間違えた?
いや、さすがにそんな凡ミスはするはずがない。
もしかしたら夢…?
そう思い、頬を抓ってみるが痛みが走るだけ。
夢では無く現実であると、実感した。
「エ、エリ! 一体どういう事だ!? 僕は何も知らないぞ!?」
「知らないなんて当たり前よ。だって、貴方には秘密にしていたのだから」
エリはそう言うと、セシルの手を離す。
その行動にセシルはますます訳が分からなくなった。
「結婚式は無くなったわ。理由は1つ。貴方と私の結婚は破棄されたから」
「結婚が……破棄? な、なぜ…? そんな馬鹿げたことを…」
「……イレーナさんに持ち掛けた話を聞きました。そして貴方は、私がそれを納得すると勝手に判断していた、という事も」
持ち掛けていた話。
それが間違いなく第二夫人の件だとセシルは悟る。
「……私の意見も聞かず、勝手な行動をとった貴方に呆れたのと同時に実感したわ。貴方、本当はイレーナさんのことが好きでしょう?」
エリの言葉にセシルは目を再度見開いた。
好き
その言葉に、ハハッと乾いた笑みが出る。
「な、何を馬鹿なことを言っているんだ。俺が愛しているのはエリだけだ! ただイレーナを第二夫人にしようと思ったのは、アイツに申し訳ない事をしたと……だから僕はただ単に罪滅ぼしをしようと……!」
「そう……。だったら、そんな貴方に伝言よ。イレーナさんからね。『私は村へ帰ります。村で私を待ってくれる皆が居るから。村での生活が私にとっての幸せなの。だから、もう邪魔しないで。さようなら』だそうよ」
エリの言葉にセシルは唖然とした後、ハハハと乾いた笑みをこぼした。
そしてそんなセシルへと更なる追い打ちをかけるように、エリは言った。
「ルカが辞めたそうよ。いえ、そもそも貴方が辞めるようにとルカに言い付けていた……という方が正しいかしら? 主に対する不敬な態度。使用人として有るまじき態度だと」
確かにセシルは昨日の晩、ルカを書斎に呼び出し、そして警告した。
自分に対する不敬な態度。
使用人として有るまじき行為であり、改めなければ解雇処分をする、と。
そう告げれば、ルカはこう言った。
『イレーナさんが受けた心の傷に比べたらそれぐらい安いものですね』
その言葉にセシルはカッとし、気づけば拳を向けていた。
昨日はイライラしっぱなしで、セシル自身も自分が今、何をしようとしているのか気づいた時には、遅かった。
自分の方が先に出したはずの右手。
けれどその拳は軽々と避けられ、代わりに自身の左頬に喰らうストレート。
その衝撃はあまりにも強く、勢いよく尻もちを搗いたのも記憶に新しい。
痛みに頬を摩っていれば、視界に映ったルカの足元。
たったそれだけなのに、圧倒的な恐怖感。威圧感を……セシルは感じた。
『……イレーナさんはそんな痛みの倍以上を背負っていたんだぞ。打撃の痛みは一瞬。もしくは数分で治る。じゃあ心の傷はどうだ? 中々癒えることも無く、ずっとずっと残り続けることだってある。あんたの自分勝手な考えでイレーナさんを縛り付けるのはもう止めろ。彼女はもう前に進んでいるんだ。漸く治った心の傷を再度開く様な……そんな無粋な真似はもう止めろ。…………なぁ、お前は本当は何がしたいんだ?』
そう問い掛けられた時、セシルは何も答える事が出来なかった。
本当にただただ答えが出なかったのだ。
けれど……まるでパズルのピースがハマったように……解けなかった暗号が解けたように。
セシルは気づいた。
気づいてしまった。
膝から崩れ落ち、セシルは静かに涙を零す。
「……僕は、本当はイレーナの事がずっと好きだったんだ」
失って初めて気づいたのだ。
本当はイレーナを愛していた、という事に。
妹の様な……そんな存在だと。
親友……そんな存在だと。
そう思っていた。
けれど、実際は違ったのだ。
妹。それは家族。
まるでイレーナを家族の様に―――心から愛していたのだと。
親友。それは一番の友。
まるでイレーナを親友の様に―――心から気を許していたのだと。
結婚式の友人代表挨拶にイレーナを選んだのも、エリとの関係を見せつけて、傷つくイレーナに優しく寄り添い、第二夫人の話を持ちかけようと思っていたからだ。
きっとイレーナの思いは変わることは無い。
ずっとずっと自分だけを彼女は愛しているだろうと……そう思っていたから。
▢◇◇▢▢◇◇▢▢
結婚式が執り行われる筈だった日の翌日。
畑で作業をしていたヘレンが微かに聞こえた音に反応した。
地を蹴り、駆ける馬の足の音。
地を回る車輪の音。
手に持っていた芋を放り、ヘレンは駆け出した。
村長を始めとした村の人々が何事だと目を向ける。そして皆が馬車を視界に捉えた瞬間、一斉に駆け出した。
「イレーナが帰ってきたぞっ!」
「イレーナちゃんっ!」
村の前に1台の馬車が止まる。
そして馬車から降りてきた人物の姿を捉えるなり、ヘレンは更に駆け出し、勢いよく飛び付いた。
強く抱きしめ合う2人。
無事帰ってきてくれて良かった……とヘレンが安堵する一方で、もう1つ馬車から現れた姿にヘレンは目を見張った。
そんなヘレンの様子に気づき、イレーナは頬を少し赤らめながら言った。
「えっと……改めて紹介するね。彼はルカくん。私の学生時代の友人なの。それと…」
チラリとルカへと視線を向けるイレーナ。
2人の視線が混じり合うその様子を見てヘレンは気づく。
そしてそれはどうやら村の人達も同じだったらしい。
「歓迎するよ、ルカ。そして……おかえり、イレーナっ!」
「うん、ただいま!」
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