結婚式まであと1日②
「……そもそも、お前のような女はこちらから願い下げだっ! 地味で芋臭い! 品の欠片も感じられない様な女などっ! ずっと我慢していたんだ! この際だから本当の事を話そうじゃないかっ!」
セシルは奥歯をグッと噛み締めた後、心の内に秘めていた思いを次々に現していった。
「お前との婚約が決まった時は、本当に落ち込んださっ! この僕が何故こんな落ちこぼれの女なんかと婚約を結ばなければならないのだと思った! ずっとずっと不満しか無かった! けどお前は僕をキラキラとした目で見てきて、後を追ってきた。話し掛けて幸せそうに笑っていた。僕の気も知らずにな! だから婚約破棄した時の解放感は今でも忘れられないさ!」
セシルは大きく上下に肩を揺らす。
息を切らし、目を見開いてイレーナを見つめるその様は、憤怒に満ちている。
けれどイレーナが動揺し、一瞬傷ついた様な表情を浮かべた。
その瞬間、セシルの喉がひゅっと…鳴った。
イレーナ。
そう名を呼んで、手を伸ばす。
けれど、その声も手もルカによって遮られた。
「セシル様」
そう名を呼ばれ、セシルはビクリと肩を動かした。
そして恐る恐る…そんな様子でルカへと視線を向ける。
ルカは首を横に振った。
「それ以上はもうお止め下さい。貴方がイレーナさんに伝えたかった言葉は……本当にそれで正しかったのですか?」
「な、何を言っている…? ぼ、僕は…!」
セシルの声が酷く震えている。
今度はイレーナへと視線を向ける。
そして一瞬口を開きかけ、何かを紡ごうとするが言葉が出なかった。
だから拳をギュッと強く握り締めた後、セシルは逃げる様にして部屋から立ち去った。
静まり返った部屋。
イレーナはソファーへと身を投げる。
ソファーに背を預け、天井を仰ぐ。
「……昔の私だったなら泣いていたかも」
「イレーナさん…」
ずっと愛していた人が、本当は自分のことを疎ましく思っていた。
そんな事実を学生時代に知らずに良かった…とイレーナは心底思った。
あの時のイレーナはセシルが全てだったから、もし突き放されていたらどれだけ絶望のどん底に叩き込まれたか分からない。
まぁ……婚約破棄でも十分心に深い傷を負った訳だが…。
「ルカくんもありがとう。助けてくれて」
「……本当は部外者だから黙って見ていた方がいいのかなと思ってた。けど、どうしても我慢できなかった。それと、別に助ける様な事は何も…」
「ううん。傍に居てくれただけでとても心強かったから。だから……ありがとう」
イレーナは微笑むと、よし…! と拳を強く握る。
そして…。
「もう隠れなくても大丈夫ですよ」
部屋の奥にある浴室へと繋がる扉にイレーナはそう声を掛ける。
そうすれば扉がゆっくりと開いた。
扉の奥には、エリの姿があった。




