結婚式まであと1日①
小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から覗く朝日でイレーナは目を覚ました。
よく眠れたか……と問われれば、首を縦に触れる自信は無い。
別に度々目が覚める…という事は無かった。
けれど、朝から熱をもった頬に手を添えて、イレーナは熱い息を吐く。
「顔、熱...」
別に風邪をひいた訳では無い。
それなのに熱のバクバクと激しく音を立てて鳴る心臓。
その理由はイレーナ自身、とっくに気づいている。そして今からその要因と顔を合わせなければならない。
身支度を整えながら、無意識にいつもより念入りに髪を丁寧に結ってしまう。
また、服装もおかしな所はないか確認してしまう。
時間が過ぎるのがとても長く感じる。
内心、彼がいつ訪れてくるのかソワソワして落ち着かない。
少しでも落ち着きを取り戻そうと、思わず無駄に広い客室をグルグルと歩き回ってしまう。
そんな時、クスリと笑う声が聞こえ、イレーナは弾かれるように声がした方を見た。
するとそこには扉にもたれかかり、優しげに微笑むルカの姿があった。
「ル、ルカくん!?」
「言っておくが、ちゃんとノックはしたぞ? 返事が無いから何かあったんじゃないかと思って見たらぐるぐるずっと歩き回っているから」
「べ、別に深い意味なんてなくて……その」
ルカと目を合わせられず、イレーナは視線を彷徨わせながら弁解する。
そんなイレーナを見てルカは少し眉を下げ、申し訳なさそうに笑った。
「ごめん。困らせるつもりは無かったんだ」
「……っ! あ、謝らないで。ルカくんは悪くないから。ただ私が……」
ルカはイレーナにとって大切な友人だ。
そんなルカが自分を恋愛対象として好意を抱いていたなんて微塵も考えたことが無かった。だからこそ、戸惑った。けれど…。
「嫌じゃなかった。すごく、嬉しかったから。その、だから…。もう少し待ってくれたら嬉しい」
声は僅かに震えていた。
まだ直ぐに答えは出すこと出来ない。
でも、ルカに「好きだ」と伝えられた時、嫌悪感は全くなくて…寧ろ胸の中に芽生えた何かをイレーナはまだ気づいていなかった。
「……そっか。はぁ…良かった」
そう言って力が抜けたのかその場に座りこむルカ。
突然の事にイレーナは驚き、「大丈夫!?」と駆け寄れば、力なくルカが笑みを浮かべる。
「困らせただろうな…って思ってた。イレーナさん、すごく優しいからさ。だから…嬉しいって言って貰えて、俺、すごく嬉しい」
ほんのりと頬染めてはにかむルカに、更にイレーナの心臓が高鳴った。
(そ、その顔はさすがには、反則すぎるでしょ…)
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「イレーナ。考えは改めたかい?」
「……セシル」
3時を知らせる鐘が鳴った時、イレーナの所にセシルが訪れた。
にこやかな笑みを浮かべ、イレーナの断りなしに部屋に入り、そしてソファーに腰をかけた彼は言う。
「いや、なに。僕は君にとって最善の選択をさせているのに君ときたら一向に答えを出さないじゃないか。何をそんなに渋っているんだい? 僕も無理矢理に…というのは好きじゃないからこうして君が承諾するのを待っているというのに」
「最善…。ねぇ、セシル。なぜ貴方は私が貴方と共にいることが最善だと考えているの?」
「ん? そんなの決まっているじゃないか。だってイレーナは僕の事を愛しているだろう?」
本当にこの男は…。と、イレーナは呆れてため息が零れそうになった。
どれだけ自分に自信があるのだろうか。
いや、まぁ…そんな自信に満ち溢れた所に惚れていた時代もあったが…今はあの頃以上に…いや、異常な程までになってしまっている。
イレーナは優雅にくつろぐセシルに、ハッキリと告げた。
「私は…もう、貴方のことなど愛していません」
その言葉にセシルの瞳が大きく見開かれた。
「……イレーナ? 君、そんな冗談は…」
「冗談なんかじゃないわ。確かに私は貴方の事が好きだった。けど、もうそんな感情は無いわ。それと…貴方と共にこれから過ごすことが私にとって最善? 馬鹿な事言わないで。私のことを分かりきった様に言わないで。貴方は私のことを何も分かっていない。私は、村でこれからも生活していきたい。あそこが私にとっての居場所なの。此処じゃない。私の生き方を勝手に決めないで…!」
イレーナは、はぁはぁ…と息を切らしながら、上下に肩を揺らす。
同時あふれる開放感と高揚感にイレーナは拳はグッと握りしめた。
(遂に言った…! 私…!)
一方でセシルは信じられない光景を目にした…そんな表情を浮かべていた。
沈黙が続く中、その沈黙を破ったのは、意外にもイレーナの方だった。
「ねぇ、セシル。貴方、エリさんには話したの? 私を第二夫人したい…っていうことは」
「は、話していない。エリなら分かってくれるだろうと…」
セシルの答えに、イレーナは肩を竦めた。
そんなイレーナの反応に、セシルは勢いよく立ち上がり、怒鳴り声を上げた。
「な、なんだその反応は!?」
「予想通りだったからつい」
そう返せば、今度こそセシルは怒りを露わにした。




