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ルカとイレーナ


将来は、祖父母から始まった薬屋を継ぐ。そうルカは思っていた。


やりたい事なんて特にない。

興味のある物も無い。

ただ、それなりに生きて行ければいい。

そうずっと思っていた。



薬師としての免許を得るために、何となく王都の学園を受けた。学費も安かったし、何より特待生になれば免除ときた。

そして何より両親が薦めた。

ここの設備も教師も良い。きっと何処の学校よりも素晴らしい授業を受けることが出来るだろう、と。



そして合格した。

両親も祖父母も妹もルカの合格を喜んだ。

ルカも勿論嬉しかったが、想像していた学園ライフというものは実際は無かった。


身分なんて関係ない。

そう学園は掲げているものの、結局は平民・貴族という壁があった。


陰口、自慢話。それから嫌がらせは後を絶たない。

聞きたくも無い言葉が次々に並べられ、嫌になって逃げた先は図書館だった。

そして図書館で過ごす時間が増え、次第に成績は更に上がって行った。

興味なんて全く無かった歴史や地理にも気づけば夢中になっていた。


図書館で過ごす時間はルカにとって幸せな一時だった。

邪魔する奴らも居ない。

静かに自分の時間を過ごせる。

そして何より



「ルカくん。今日もお勉強? はい、これ。頼まれていた歴史の本」



そう言って微笑み、本を差し出すイレーナ。

ルカはそれを受け取り、言う。



「いつもありがとう。あぁ、今日も勉強だ。イレーナさんも一緒にどうだ?」


「委員会の仕事も終わったし今日もお願いしようかな。実はルカくんに教えて欲しいところがあって……」



そう言って前の席に座るイレーナ。



ルカが知る貴族の中で、イレーナだけは違った。

平民である自分に対しても全く態度を変えず、寧ろこうして話しかけてもくれる。


勉強を教えれば



「教えてくれてありがとう。ルカくん。そう言えば、この間の試験の結果凄かった。まさか3位だなんて。ルカくんの努力の賜物だね」



と笑顔で感謝の言葉を述べ、ルカの努力を認めてくれた。

他の生徒は「平民のくせに」「たまたま」「きっと汚い手を使っている」などなど……誰もルカの努力、実力を認めようとする者は居なかった。


ここの生徒の殆どには欠けているものを、イレーナはしっかり持っていた。



そんな所にも勿論惹かれたし、何よりルカの心をつき動かしたのは…。



「あ、セシルだ。今日も勉強頑張ってるなぁ…」



窓から見える教室を眺め、イレーナが呟く。

その視線の先に居るのは、セシルであり、真剣に板書されていく文字を書き写している様だった。



そんなセシルをとても愛おしそうに見つめるイレーナ。



…………その視線が、その想いが自分に向けばいいのに。

そう思ったのは幾度もある。


しかし、自分にはそんな事を考える権利は無いのだと何度も自分に言い聞かせた。


なぜならルカは平民であり、イレーナは貴族だ。決して結ばれる事の出来ない関係なのだから。



共に過ごしていく時間が増えていく中で、気づけばイレーナに心惹かれていた。



けれど、イレーナにとってルカはただの友人に過ぎない。

ルカもそれ以上は決して望んでいなかった。

ただ隣に居ることが出来れば、それで良かったのだ。




……しかし、別れというものは突然現れるものだった。



「イレーナさんが急病を患い、療養の為に学園を退学しました」



ホームルームで担任がそう報告した途端、教室にはどよめきが起きた。

それもそうだ。遂この間まで元気に過ごしていたイレーナが急病。しかも療養の為に退学ときた。


戸惑いと動揺を隠せない生徒達。

ルカもその1人だった。



元々1人で過ごす筈だった学園生活。

けれど、イレーナとの出会いで、灰色だった世界に彩りが与えられた様な……それ程に学園生活は変化を起こした。


けれど、イレーナが居なくなった学園生活は、再び退屈なものへと変わった。

友人が居なくなった学園生活とはここまで退屈で、且つ寂しいものであるという事を初めてルカは知った。



何度もお見舞いに行こうとイレーナの家を訪れた。

けれど、平民であること。イレーナの友人であることを知ると、門前払いされてしまい、結局イレーナの状況も知る事も出来ずにいた。


セシルにも何度も話を聞こうと思った。

けれどセシルは「僕も詳しくは知らないんだよ。済まないな」と言うばかりであった。




だから、ルカは決めたのだ。



伯爵家に仕えようと。

イレーナと会えるのなら、もうそこしかない。

そうルカは思ったのだ。



幸いに両親もルカの選んだ道を許してくれた。寧ろルカが自分で道を選んだことに感動していた程だ。




とは言っても、結局は……イレーナと再会する事は出来なかった訳だが……。



けれど、人生とは何が起こるか分からないものだとルカはつくづく思った。



セシルの結婚式の招待客の一覧にイレーナの名を見た時、ルカは目を見張った。

確認した所、間違いなくイレーナ本人であり……何よりも安堵を覚えた。


急病だと聞き、療養のために学園を退学。命に関わるような重い病……もしくは、自分の知らないうちに既にイレーナは……。


そう考えるだけでゾッとする日々だった。



結果、イレーナは元気そうで……何なら村での生活を満喫している様子だった。

村の生活、そして人とすっかり溶け込んでいる様子を見て、ルカは思った。

何よりも幸せそうに笑う姿を見た時は、自然と頬が綻んだ。


学生時代は、いつも何かに怯えて息を潜めてイレーナは暮らしている様だった。けれど、村でのイレーナはとても生き生きとしていて、心から村での生活を楽しみ、幸せを得たのだと分かり、ルカも嬉しくなった。




再会出来た事が嬉しくて、また学生時代の様に茶化し合ったり……何気ない会話が出来るた事がただただ嬉しかった。

出来れば、ずっとこんな時間が続けばいいのに……と心の底から願った。



けれど、そんな時間はもう終わりに近付いている。

イレーナは結婚式が終われば村に帰る訳で……。かと思えば、セシルが第二夫人として迎え入れる……なんて話をし始めた。



あの時は、イレーナの心はセシルにあった。

だから諦めはついていたものの、今は違う。


そして何より……一度失った大切な存在と再会を果たせたのだ。



もう二度と失いたくない。

そう強く思ってしまった。





「これで伝わったか? 俺の気持ち」




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