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20/24

結婚式まであと2日



「はぁ……」


「大きなため息だな。まぁ、無理もないか」



太陽が眩しく輝く正午。

イレーナは机に向かい、頭を抱えていた。



昨日の一件後、直ぐに村へと帰ろうと決めた。

けれど、それをセシルは許してはくれなかった。

ルカに馬車を出して貰おうとも思ったが、立場上主に逆らえば、最悪クビにされる可能性だってある。

では、自分で馬車を掴まえて帰ろう。そう思ったが…。



『帰ろうなどと馬鹿な事は考えていないだろうな?まぁ、もしそんな事をしたとしても連れ戻すまでだ』


『それでも懲りないと言うのならば、村が出荷している野菜を仕入れないように掛けあってもいいぞ?』



なんて言われてしまえば、もうイレーナは屋敷に留まる事しか出来なかった。


村の皆には沢山助けられた。

1番辛くて、今にも消えてしまいそうな……そんな時を彼等は支えてくれた。


だからこそ、イレーナの個人の問題で村に迷惑は掛けたくなかった。



「そもそも、何で今更私を第二夫人にしたい……なんて言い出したんだろう。あの日突然宿に来たのといい、本当に訳が分からない」



机に突っ伏し、イレーナは盛大なため息を再び吐く。


そんなイレーナを見つめながらルカは言う。



「イレーナさんは、第二夫人の件。嬉しくなかったのか?」


「嬉しい訳ないよ」


「セシル様のことはもう好きじゃないのか?」


「好きな訳ないよ! あんな自分勝手な男! ルカくんは見てなかったから知らないだろうけど、本当に酷かったんだから。そして何より失礼過ぎる。思い出すだけで腹立たしい」



自分勝手な言動。

そして何より特定の異性との交流は無いことを前提に話すあの様。

極めつけは、『イレーナの心はセシルにある』と思っていること。

全てにおいて腹立たしかった。



「でも、突然どうしたの? そんな事聞いてきて」


「……あ、いやー。学生時代の頃はさ。放課後図書館でよく会ってただろ? あの時、いつも窓から見える3年生の授業を見ては頬を緩ませてたから。本当に好きなんだろうな……って思ってた」


「そ、その時はまぁ…」



確かにイレーナは不純な動機で放課後、よく図書館に通っていたのは認める。


2年生は3年生より一コマ早く授業が終わる。そして図書館から見える教室で3年生が授業を受けている為、イレーナは授業を受けているセシルの姿を見に、図書館へと通っていたのだ。



「セシル様との話もしてくれてただろ? パーティーでの話やプレゼントを貰った話。イレーナさんは本当にセシル様の事が好きなんだって…凄く伝わってきた。だからこそ、イレーナさんとセシル様の婚約が破棄されていた事を知った時、驚いた。同時に凄く心配してたんだが……再会して分かった。もう、すっかり断ち切っていたんだって」



酷く冷たい家族に対してセシルはイレーナに対してとても寛容だった。


パーティーではいつも隣に居てくれたし、突然遊びに来ては『出かけるぞ、イレーナ!』と外へと連れ出してくれた。

居心地の悪い家も、パーティーも……セシルが居たから耐える事が出来た。


イレーナが好きだったセシルは、イレーナの弱さを汲み取り、空いた穴を塞いでくれていたセシルだった。



けれど、イレーナは成長し、強くなった。

幼い頃には空いていた『弱さ』の穴は、もうすっかりと塞がった。

セシルの力が無くとも、もう前を見て進めるようになった。不安も孤独も何もかも無くなった。


だからだろう。

セシルへの恋心が消え去ったのは。



「そうだね。もうセシルへの恋心は無いかな。本当は此処に来るまではね。私、まだセシルへの想いを引きずってるんだと思ってた。でも、実際蓋を開けてみたら違った。ただ私、苦い思い出しか無いこの場所に帰る事が嫌だっただけなんだと思う。今の暮らしが幸せすぎて、辛くて息苦しかった前の生活を前にしたら……この2年間が夢だったんじゃないかって不安になるから。だから嫌だったんだって気づいたの」



村での生活、出会いはイレーナの中の全てを変えた。

同時にイレーナに足りなかったところを埋め、強さを与えた。

その結果、こうしてイレーナは自らの過去を断ち切り、強く逞しくなれたのだ。




「でもね、ルカくん。私、王都に帰ってきて良かったって思ってるよ」


「こんな仕打ちを受けてるのにか?」



有り得ない、とでも言うようにルカが言う。

だからイレーナはニコッと笑って言った。



「だってルカくんと会えた。さようならも言えないままだったの、凄く気にしてたんだ」



学生時代。エリと仲睦まじく過ごすセシルを見て、胸が何度も締め付けられた。

その度にルカは何も言わずに傍に居てくれた。『おすすめの本はないか』『勉強を教えて欲しい』なんて言って、イレーナとの用事を作っては、孤独な時間を埋めてくれた。



「ルカくんには沢山お世話になったし、何よりとても大切なお友達だから」



そう言って微笑むイレーナに、ルカも笑う。しかし、その笑みはどこか悲しげにも見えた。



「よーし。こうなったら、何が何でもセシルを説得して出て行ってやる! 振り回されっぱなしなんて絶対に嫌」


「その意気だな」


「大体、特定の相手は居ないんだろう?……なんて失礼だと思わない? 思い返すだけで腹が立つ。1度ギャフンと言わせないとあれは懲りないと思う」


「………特定の相手が居るのか?」


「……い、居ないけど」



イレーナは盛大なため息を吐く。

そして同時に落胆していく。

実際、セシルの言う通りなのだ。

特定の相手なんてイレーナには居ない。


けれど、独り身だって幸せだと、村のお婆さんは言っていた。

そうだ。結婚とかお付き合いだとか……そんなものは別に必ずしなければいけないものでは無いのだ。


それにまだまだこの先は長い。

どんな出会いがイレーナを待っているのかまだ分からない。

もしかしたら明日、素敵な紳士と出会うかもしれない。



「じゃあ、俺はどうだ?」


「…か、からかってるの?」


「俺がこんなからかいをする様な奴じゃないって事くらい、イレーナさんが1番よく知ってるんじゃないか?」



そう言ってイレーナの顔を覗き込むルカ。


確かにルカはイレーナをよくからかう。

けれど、イレーナの気持ちを弄ぶような……そんなからかいをする様な人間では無い。



「イレーナさん、俺は本気だ。俺は……イレーナさんの事が好きだ」


「す、好き…!? けど、まだ再会してそんな日数なんて経ってないし…!」


「再会するずっと前から好きだったんだ」



そうルカは告げると、静かに昔話を始めた。





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