結婚式まであと3日
翌日。
今日もまた王都巡りに行こうかと準備をし、向かおうとしていると
「イレーナ。今日もまたルカと外出か?」
突然聞こえた声に思わずイレーナは足を止める。
そして同じくルカもまた足を止めた。
「随分探したんだぞ? 部屋はもぬけの殻だし、メイドに聞いたらルカと出かけたと言うし。全く昨日と同じ展開で驚いたよ」
「探した? 私に何か用があるの?」
「あぁ。大事な話さ」
てっきりもうセシルは結婚式に向けての準備で忙しくしているとばかり思っていた。だからこそ、こうして自分に【用事】があると声を掛けてきたことに驚きを隠せない。
もしかしたら…友人代表挨拶の件だろうか。
「今からいいかな?」
「分かった」
承諾すればセシルは良かった、と微笑んだ。
「あ、ルカ。君はメイド達と合流してほしい。きっと人手がほしいだろうからね」
「……かしこまりました」
ルカは使用人であり、主の命令は絶対だ。
断れるはずも無く、渋々と仕事へと向かった。
「そう警戒しなくていい。さぁ。こっちへ。イレーナ」
「……分かった」
イレーナはセシルに案内され、促されるまま部屋へと入る。
そして…そこに広がる光景に目を見張った。
「イレーナ! 久しぶりだな。元気にしていたか?」
「けど、ちょっと痩せたんじゃない? しっかりご飯は食べているの?」
「お父様…それにお母様も。なぜ此処に!?」
「何だ? セシル様からまだ聞いていなかったのか?」
「な、なんの話?」
何も知らないのはどうやらイレーナだけの様だ。
それに何より嫌な予感を覚えた。
自分の事を心底嫌い「我が家の恥」「産まなければよかった」と散々罵倒を浴びせ、自分を突き放し続けたあの両親がわざわざ足を運び、自分と面会している。しかも「痩せた? しっかりご飯食べてる?」なんて心配の言葉を並べてくるなんて…。
それに昨日のエマの言葉からずっと引っ掛かっていた。
「お帰りなさい」という言葉もエマから声を掛けてきた事も…。
その嫌な予感はたしかに当たっていたのだと分かる。
そしてその嫌な予感の正体も…何となくだが、想像出来た。
「伝えるのが遅くなったが……イレーナ。君には僕の第二夫人になってもらう事になった」
「良かったな、イレーナ! セシル様に感謝するんだぞ!」
「あぁ、本当に。セシル様ありがとうございます! ほら! イレーナも早くお礼を言いなさい!」
イレーナはギュッと拳を握りしめる。
(なぜお礼を言わなければいけないの? 私は…そんな事、望んでない)
何より腹立たしくて仕方なかった。
そちらの都合で婚約破棄しておいて、かと思えば第二夫人になれだんて…。しかも喜べなんて。何様だろうか。
そう聞けばセシルならば「セシル様だ!」なんて言ってきそうでイレーナは口を閉じた。
「嬉しくて言葉も出ないか! まぁ、そうだろうな。いや、実はな? 本当はずっと申し訳無さを感じていたんだ。お前に婚約破棄した事を。あの時の悲しさに満ち溢れたお前の顔を思い出す度に胸がギュッと……苦しくなった」
「だから私を第ニ夫人にする…と?」
「あぁ。それに特定の男も居ないんだろう? なら問題ないじゃないか。それにイレーナは僕のことが好きだろう? 尚更問題は無いしな」
開いた口が塞がらない。
何をこう自信満々に言っているのだ、この男は。
それに両親もまた両親だ。
「本当になんてセシル様は心優しい方なのかしら」
「イレーナ。お前が村で畑仕事なんかで生計を立てていることを知り、セシル様は酷く心を打たれたらしい。そして同時にそんな苦労をさせてしまったことを大変心苦しく思ったらしい」
「それでこうして再び迎え入れてくれるなんて…! イレーナ、早く御礼を!」
セシルの言葉に歓喜し、母親に至っては涙まで流している。
イレーナはグッと拳を握り締めた後、はぁ……と息を吐く。
そしてゆっくり告げた。
「第二夫人の件、丁重にお断りさせて頂きます。お話はそれだけですか? でしたら私はこれで失礼致します。この後、ルカくんとの約束があるので」
「ちょっと、イレーナ!? 貴方、何をして…!」
「何って…。断ったまでです。私は、村での生活に満足しています。苦なんて感じた事などありません。だからお断りしたんです。では、失礼します」
そう告げて部屋を後にすれば、両親がイレーナの名を必死に呼ぶのが聞こえてくる。
そんな声を無視し、イレーナは急いだ。
「……ルカくん、何処」
早く、帰りたい。
早く、村に。
私の居場所に。
私の大切な人たちの元へ。




