結婚式まであと5日①
翌朝。
日頃の癖でつい早起きをしてしまうイレーナは、ベッドの上でボーッと天井を見つめていた。
本来ならば直ぐにでもベッドから出て、顔を洗い、支度を済ませたら仕事へ向かうのだが…。
「することが無い…」
生憎今は王都。
朝からせっせっと農作業を行う必要は無い。
かと言ってだらけて昼までベッドの上で過ごすのも如何なものかと思い、イレーナは支度を始めた。
そして全ての支度が整い、さてどうするかと頭を抱えていると
「イレーナさん」
ノックと同時に聞こえた声にイレーナはすぐ様扉を開ける。
「おはよう、ルカくん。随分早いね……ってあれ? 今日は燕尾服じゃないんだ」
イレーナはルカの服装を見て思わず尋ねる。
なにせ、ルカが身を包んでいるのは燕尾服では無く、ゆるっとしたシャツとズボンなのだから。
「おはよう。朝早くにごめんな。実は今日は休暇でさ」
「なるほど」
イレーナはふむ、と頷く。
学生時代でもまた制服もしくは実技服の姿しか見たことが無かった為、ルカの私服はとても新鮮に感じた。
「それでよければ何だけど、朝食を一緒にどうかなって。最近出来た店の朝食セットがこれまた絶品でさ」
「ルカくんからのお誘いなら大歓迎だよ」
「よし。じゃあ決まりだな。イレーナさんは表から出て。俺は使用人用の出入り口から出るから。門から少し離れた所にある大きな木の下で待ち合わせしよう」
「うん、分かった」
イレーナの返事を聞き、ルカは頬を綻ばせた後、急ぎ足で行ってしまった。
自分も急がなければ……とお財布と鞄を手に取る。
そして鏡に映った自身を見つめ、うーんと頭を抱える。
「じ、地味かな…?」
ただでさえ煌びやかな王都を歩くのだ。
こんな地味なワンピースで出歩いていいのだろうか。
そして何より……
「ルカくんの隣を歩くんだもんなぁ…」
ルカの隣を歩く女性にしてはあまりにもイモ臭い。
しかし、残念ながら上等なワンピースなど持ち合わせていない。
ならばと、ヘレンに教えてもらった誰でも簡単に出来る編み込み方法を利用してみる。少し髪型を変えるだけでも、雰囲気は全然変わった。
「よし…!」
イレーナはそう呟くと、部屋を後にした。
それからルカに言われた通り、門から出て少し歩いた先にある大きな木の下でルカを待った。
屋敷から出る時、メイド達に「こんな朝早くからお出かけですか?」と何度も声を掛けられた。「朝食を食べてくる」と答えれば、皆顔を見合わせて何か納得した様に頷き合い、ほんのりと頬を染めて「いってらっしゃいませ。どうぞ、楽しい一時を」と笑顔で見送られた。
少しメイド達の対応は気になる所だが…まぁ、裏でコソコソと陰口言われるよりかは余っ程マシだ。
「ごめん、イレーナさん。遅くなって」
「私も今来た所から大丈夫……ルカくん? 大丈夫? 何だか疲れているような…」
「ん? あぁ……少し使用人仲間に絡まれてだな」
「も、もしかして外出される事に怒られたりとか!?」
「あー、いやそうじゃなくて…」
ルカはジーッとイレーナを見つめる。
その後、少し照れたように
「からかわれた……と言うか」
「からかわれた?」
予想外の言葉にイレーナは思わず首を傾げる。
そうすればルカがふいっとイレーナから視線を逸らした。
ほんのりと赤く染った耳には、イレーナは気づかない。
「髪型」
「…え?」
「凄く似合ってるな」
「え、あ……ありがとう」
突然のルカの言葉にイレーナは驚くと同時に気恥しさを覚える。
だから思わずイレーナもルカから視線を逸らしてしまった。
「イレーナさん」
優しい声色でそう名を呼ばれた。
「は、はい…」
恐る恐る……とルカの方へと視線を向ける。
その赤く染った表情を見て、ルカは……心の奥底に秘めていた感情達が一気に暴れだしそうになるのを感じた。
「えっと……ルカくん?」
「……何でもない。行こう。朝食セット人気だから完売するかも」
_______駄目だ。
そう強く言い聞かせ、ルカは心の底にある感情を再度眠らせた。
これまでのように。




