結婚式まであと7日①
「昨日はあまり眠れなかったみたいだな」
翌日。王都へ向かうため、早朝から宿を出て馬車へと乗り込んだ。
そして揺られながら窓の外をボーッと見つめているとルカが突然そう言った。
そのあまりにも突然すぎる発言にイレーナを襲っていた睡魔が一瞬にして飛ぶ。
ぱちぱちと何度も瞬きをしていると、ルカは自身の目元を指して言う。
「クマ。凄いぞ」
その言葉にイレーナは「あははは…」苦笑を浮かべた。
ルカの言う通り、昨晩は殆ど眠れなかった。
理由は勿論セシルの件だ。
突然の再会からのあの言動。かと思えば、これから1週間顔を会わせ続けなければならないという事実。
迫り来る結婚式と代表挨拶。
そして何より……。
「大丈夫」
「え…?」
「何の連絡も来てないよ。それとも……来てた方が良かったか?」
ルカの言葉にイレーナは静かに首を横に振った。
イレーナが何よりも危惧していたこと。
それは家族達との再会だった。
そしてそんなイレーナの思いにルカは気づいてたらしい。
「ううん…寧ろ安心した。だって……合わせる顔がないもの」
そう言って眉を下げて笑うイレーナ。
きっと両親や兄、姉は、イレーナの顔など見たくもないだろう。
家名に泥を塗った恥知らず。
そう彼らは思っているだろう。
現に両親にはハッキリと「不要な子」とも別れの日に告げられた。
兄と姉に至っては「妹なんて居なかった」と存在まで抹消された始末だった。
「私を見たらお父様やお母様、兄様に姉様はなんて言うかな…。よく易々と戻ってこられたな…なんて言うのかな。いや、そもそも見向きもしないだろうなぁ」
もし再会したら……なんて事を考え、皆が言いそうな台詞を考えてみる。
簡単に想像出来るその言動に思わずイレーナは笑みを浮かべた。
そんなイレーナを見てルカは言った。
「無理して笑わなくていい。言ったろ? ありのままで良いって」
「……ルカくんはやっぱり相変わらずだなぁ」
本当は怖くて仕方無かったのだ。
セシルの結婚式。
それには恐らく、兄や姉が参加するだろう。
そうすれば間違いなく顔を合わせる事になる。
その時、彼等がイレーナへと向ける視線や言動は一体どんなものなのか…。
容易く想像は出来るものの、想像と現実は違う。深く更にイレーナの心をズタズタに切り裂き、深い傷を負わせるだろう。
今でも大好きで慕っていた兄と姉に突然突き放された日の事を思い出す。
それを機に家族全員、イレーナへの態度が冷ややかとなり、イレーナは居場所を失った。
何度も何度も夢に見るのだ。
あの時思い知った喪失感とそして何より……不安と孤独感。自分という存在意義を見失いかけたあの日の光景を。
「大丈夫。俺は此処に居る。イレーナさんは1人じゃない。だから……今はゆっくり休んで」
優しい声色。
手に感じる温もり。
窓から差し込む穏やかな陽の光。
気づけばイレーナは夢の中へと誘われていた。
それから時計の短い針がちょうど12時を指した頃、イレーナは王都へ続く門を潜り抜けた。
久々に聞く12時を知らせる鐘の音。
沢山の人々が行き交う通り。
様々な店が並んだ商店街。
色とりどりの美しい街並み。
どれもこれも久しぶりの光景だ。
けれど、知らない建物や店があちこちに見え、この2年で王都も随分変化を遂げたのだと分かった。
窓から自分が知る王都とは随分変わった光景を見ているうちに気付けば伯爵邸へと到着していた。
王都に入った時から既に心臓の鼓動は速くなっていたが、伯爵邸を前にした途端更に激しくなったのが分かる。
「はぁ……よし!」
イレーナは大きく深呼吸をした後、伯爵邸へと足を踏み出した。




