恋するソルジャーと伝言ゲーム
離れた駐車場にクルマを停め、歩いてアパートへ行くと、部屋の電気が点いている。
いいもんだな……。
先に誰かがいてくれるのって。
部屋に入ると、架純ちゃんは畳の上に寝転がってスマートフォンを見ていた。俺が入って来ても振り向きもしない。まるで古女房が腐って酸化して液化して畳にへばりついたようだ。
「さあ、オープンカーに乗って高級ステーキを食べに行こう!」
俺が言うと、
「今日は晩ごはん抜きにしましょう」
背中でそう言った。
「……せっかく店のクルマを借りて来たのに?」
「お腹空かないんです、あたし」
そう言ってゲップをする。どうやら食べて来たようだ。
「俺のこと愛してるんなら、俺にお腹空かさせちゃいけないんじゃない?」
「そうですね。わかりました」
急にこちらを振り向き、バッグから何かを取り出した。
「これ食べてください。赤いお米、美味しいですよ」
「ああ。ネズミを殺すやつね。殺鼠剤だっけ」
人間でも殺せるかもしれないやつだ。
「食べてください」
「一緒に食べてよ。愛してくれてるなら」
乱暴な動作でネズミライスを取り下げると、にこにこ笑顔で言う。
「こんなことして楽しいんですか? 愛してますけどコータさんって変態なんですか? ドM? 離れない変態クソ客がいるとは聞いてましたけど、まさかあたし、それに当たっちゃったのかな? 愛してますけどね」
まったくだった。
こんなにトゲトゲしくなった架純ちゃんを、どうして俺は手放さないのだろう。
決まってる。
愛してしまったからだ。
それに、たまに見せる架純ちゃんの申し訳なさそうな表情に、希望を見ているからだ。
いや、ごめん。本当のこと言うね。
最初の三日間の感動が忘れられないからだ!
あの優しくて可愛かった架純ちゃんにもう一度会いたい!
でも……。無理なのかな。ネットによくある情報にある通り、あれはまやかしなのかな。
早く次の出品をしたいから、俺の嫌がることをし続けるだけなのかな。
だったら……
目の前で、架純ちゃんがごろんと仰向けになった。
だらしない。スカートがめくれている。青いパンツのお尻が丸見えだ。
理性を失った俺に襲わせて、強制わいせつ罪にしようとしているのだろうが、あまりのだらしなさにそんな気にもならない。
俺は言った。
「帰ってくれ」
架純ちゃんがガバッと起き上がり、嬉しそうに振り返った。
「じゃ、返品ですか?」
もう、自由にしてあげよう。
そう思ったのに、俺の口が勝手に言った。
「明日も18時で」
架純ちゃんはキッと睨みつけると、引っ掴むように自分のバッグを取り、早足で出て行った。
ハァ……と溜め息を吐きながら、ちゃぶ台の上に置かれた部屋の鍵を見つめていると、玄関の扉がすぐにまたバン!と勢いよく開いた。
架純ちゃんが戻って来たのだ。
なぜか手を繋がれて、桃花もいた。
「桃花ちゃん! お兄ちゃんに言ってやってください!」
架純ちゃんがそうけしかけると、桃花は一瞬オロオロしたが、すぐに口を開き、
「耕兄のこと、架純さんが、愛してないって。すごくキモいって思ってるんだって。……そう伝えてくれって」
なんだかノリノリでそう言った。
なるほど。自分の口から『愛してない』と言うのは規約違反になるから、桃花の口から言わせたか……。
それなら俺も桃花に言わせてやる。
俺は桃花を側に呼ぶと、耳打ちした。
「『俺は本気で君を愛してしまった。結婚を前提に、是非付き合ってほしい』と、架純ちゃんに伝えてくれ」
俺は恋するソルジャーだ。
当たって砕けろ。この伝言ゲームで断られたら、俺もさすがに諦めることが出来るだろう。
しかし桃花は首をふるふると横に振った。
とても悲しそうな目で俺を見ながら、伝言を口にするのを嫌がっている。なぜだ。
架純ちゃんが、詰るように俺に聞く。
「返事は!?」
俺はなぜか泣き出した桃花を宥めながら、厳然とした口調で答えた。
「明日も、18時!」
ばんっ! と大きな音を立てて玄関の扉が閉まり、怒り狂ったような足音とともに、架純ちゃんが帰って行った。




