嫌われ大作戦が始まった
二人で黙ってカップラーメンを食べ終えると、架純ちゃんが大あくびをした。
「睡眠不足?」
「つまんないだけです」
「一緒にゲームで対戦しよっか!」
俺は笑顔でコントローラーを持った。
「スマホでネットでも見よ」
架純ちゃんはだらしなく畳の上に寝転び、スマートフォンをいじりはじめた。
スカートから覗く綺麗な生足が俺の前に投げ出された。
罠だ。これに触れたら俺は強制わいせつ罪で訴えられるのだろう。
見るだけで我慢していると、がばっと架純ちゃんが起き上がり、俺に笑顔を向けて来た。
思わず俺も笑顔を返すと、俺の隣に寄り添うように彼女がやって来て、スマートフォンの画面を見せてくれた。
「この記事、面白いですよ。読んでみてください」
見ると、それは『アイオク!』に関する記事だった。
『アイオクに本物の愛を求めるバカな落札者が後を絶たない。出品者の愛はまやかしであり、幻想に過ぎないことがわからないのだろうか? 最初の3日間に出品者は、返金リクエストをされてしまわないよう、必死でまやかしの愛を売る。その3日間の甘い記憶は麻薬のようなものだ。4日目になってもその快感が忘れられず、落札者は必死でまたそれを求めようとする。しかし、忠告しておこう。その麻薬のような日々は絶対に戻っては来ない。出品者は早く次のオークションを出品したいから、嫌われることを頑張るだけだ。愛を売るのをやめることは規約違反になるゆえ、出品者が逃げ出すことは出来ない。落札者が手放すしかないのだ。相手を思う気持ちがあるのなら、一刻も早く相手を自由にしてあげたほうがいい。それがお互いのためなのだ』
俺が読み終えると、もう一件、短い記事を見せて来た。
『愛された三日間の事が忘れられず 中毒症状を引き起こすのです
ご利用はほどほどに
ハマらないようお気を付けください』
泣きそうになった。
何も信じられなくなりそうだった。
愛って形だけのものなのかな……。
そう思ってしまう。
彼女の愛は3日間だけの、形だけのものだったのに、こんなにも心に染みて、
俺の愛は心からのものなのに、彼女にはちっとも伝わっていない。
俺の愛はこんなにも膨れ上がっているのに、形として彼女に伝える術がない。
伝えた瞬間、俺は規約違反者となるのだ。
伝えられない愛など、ないも同じだ。
俺が何も言わず、ただ泣きそうになっていると、架純ちゃんはムッとした顔になり、次々と俺の嫌な記事を見せつけて来た。
落札者がストーカー化した話、なかなか手放してくれない落札者に対する出品者による悪口の書き込み──
手作りのクリームシチューを食べさせようとしてくるキモい落札者の話──
「俺のこと……」
泣いてしまいそうになりながら、俺は聞いた。
「愛してくれてないの?」
「愛してますよ」
架純ちゃんはにっこり笑い、すぐにそれを消した。
「愛してますから、もういいでしょう?」
もう……いいか。
彼女を自由にしてあげるのも愛なのかな。
そう、俺は彼女のことを、心から愛してしまっている。
だからこそ、彼女の嫌がることはしたくない。
彼女を愛するからこそ──
でも、愛した彼女は、まやかしだったのかな……。
あまりにもあの3日間は強烈だった。忘れられるはずがない。
初めて見た架純ちゃんの輝くような姿。
初めて手を繋いで(俺から繋ぐのはNGだったが)歩いた公園の青空。
初めてキスしてくれた彼女の感触──
キス……
そうだ。
なぜ、彼女は、俺にキスをしてくれたんだ?
愛された思い出が俺を強くする。
彼女に冷たくされればされるほど、彼女のほんとうの気持ちを知りたくなった。
「架純ちゃん……!」
俺は居住まいを正し、彼女に向き合った。
「架純ちゃんはなぜ、俺にキスをしてくれたの?」
「は? え?」
架純ちゃんの目が泳いだ。
「なっ……。その……」
「俺……凄く嬉しかった」
押すならここだと思った。
「俺、たった3日間で、心から、架純ちゃんのこと……!」
「ちょっと待ってください」
架純ちゃんが後ろを向き、スマートフォンを取り、何か操作すると、にっこりと笑った。
「はい、どうぞ?」
録音アプリを立ち上げたのが見え見えだった。
俺に「愛してる」と言わせ、それを録音し、それを証拠に俺を規約違反でバッサリ斬るつもりだ。
規約により俺の方から愛してるということはできない。
しかし、逆に考えろ。
彼女のほうから俺を愛してないということもできないのだ!
なんだか俺は意地になりはじめていた。
こうなったら意地でも離さないぞ。
今まで気づかなかったが、自分はドMかもしれない。
俺は彼女とのこんな抗争を、楽しいと思いはじめていた。




