架純ちゃんと桃花
部屋の中にもう一人いるのに気づくと、架純ちゃんの顔にハッ!と生気が戻った。
「あら? こんちにちは……妹さん?」
いつものようににっこり笑い、恥ずかしかったのか、口元のごはん粒をそっと外した。
背後を振り向くと、桃花が食い入るようにこちらを見ている。
俺は紹介した。
「妹みたいなものです。勤務先の社長の娘なんだけど、こいつが小学生の時から懐かれてて……」
「河原桃花です」
ぺこりともせずに、なんだか喧嘩腰のネコみたいに桃花がそう言って、
「おねえさん、耕兄の恋人なんですか?」
単刀直入に聞いた。
「違いますよ〜」
ケラケラ笑う架純ちゃん……。
「『アイオク!』で落札された者です」
それは言わないでほしかった!
「あいおく……?」
桃花の整った顔が歪む。
「耕兄、そんなのやってたの?」
何も言えずにオロオロしている俺を、架純ちゃんがフォローしてくれる。
「いかがわしいサイトだって思われてるみたいだけど、そういうんじゃないですよ? 癒やしを求めて愛を買う、みたいなものかなぁ? わたしのほうからはコータさんに愛を提供するけど、彼がわたしを愛するのは禁止なんです」
まぁ……、心の中ではめちゃめちゃ愛してるけどな……。
「ふぅん……」
桃花はわかったのかわからなかったのか、訝しむような顔つきだ。
「えっちなサイトかと思ってた」
俺は慌てて否定した。
「そっ……、そんなんじゃないから!」
「あっ!」架純ちゃんが突然声をあげた。
「えっ?」俺はビクッとしてしまった。
桃花も何事かと身構える。
「あたしも自己紹介しなきゃ」
架純ちゃんがそう言ってケラケラと笑い、名乗る。
「くらたふ……ほんわり架純です」
なんか前よりたっぷり本名言ってくれた!
「コータさんとは『アイオク!』で落札されたというだけの関係です」
二回もそれ言わなくていいから! 傷つく!
「よろしくね、トーカちゃん」
初めて二人がぺこりと挨拶を交わした。
「落札って……愛を落札するなんて……変」
桃花はズバズバと本音を言う。
「耕兄、架純さんのことをいくらで落札したの?」
「え……。はち……まん……」
俺がモゴモゴ言ってると、架純ちゃんが代わりに答えた。
「よく覚えてないけど……確か、87万円ぐらいだったかな」
いやそんなにないない!
自分の価値を高く見せたいのはわかるけど!
「そんなに!?」
桃花はまんまと驚かされている。
架純ちゃんは自分の言葉に自分でくすくす笑うと、
「それにしても……へぇ。いくら妹みたいなものでも、部屋に遊びに来るなんて、相当仲がいいんですね?」
にこっとした。嫉妬はされてないっぽい。
桃花が俺の袖をつまむように掴み、なんだか自慢するように、言った。
「あたし、耕兄のことはよく知ってるから。いいところも悪いところも。……架純さんは耕兄のことどれだけ知ってますか?」
「3日ぶんよ」
うん。確かに……その通りだった。
「なんだ恋人じゃないんじゃん」
桃花が俺の胸に棘を刺すようなことを言う。
「そうだと思った! あー、なんか安心したよ」
クッ……! 架純ちゃんもうまく言ってくれればいいのに。恋人のふりしてくれたっていいじゃないか!
もしかして恋人のふりをしてくれないのは架純ちゃんの規約違反なんじゃないかと思ったが、考えたら架純ちゃんには俺のことを無条件で愛さなければならないという基本ルールしかないので、もしかしたら俺のことを恋人だなんて言ったりしたら、俺が彼女を愛しているということになるので、そっちの方が規約違反なのかもしれなかった。うぅ……ややこしい。
「ところで」
桃花が鼻を動かしながら言った。
「なんかいい匂いしますよね?」
「ああ……。これかなっ?」
架純ちゃんが手に持ったでっかい白いビニール袋を掲げて見せた。
「おこげパスタ作ってきたの」
「わあっ」と桃花が声をあげる。
俺は聞いたこともなかったので、首をひねった。
「おこげパスタ?」
「知らないの、耕兄? 今、流行ってるんだよ?」
そして架純ちゃんに向き直り、愛嬌を振りまく。
「あたしも食べたい! いいですか?」
「あー……。えー……と」
架純ちゃんがなぜか困ったような、ひきつった笑顔になった。
「トーカちゃんは……やめといたほうが……いいかも」




