第40話 勝手に踊るサイゾウはアラクネのための贄となる
いくら外見が美しくても集まって騒ぐ姿は鬱陶しい。ここが牢であることも含めて考えるとまるで養豚場にいる豚どもが鳴き喚いているようだ。
「魔物と一緒にいるだけで気分が最悪ですわ。わたくしたちは竜人やその配下の魔物によって連れ去られたのよ? それをわかっていますか?」
この雌豚ども黙れと言えたらどれだけ気分がスッキリするだろうなぁ。いかん、いかん、冷静になるんだ。冷静に…
「私の話を聞いていますか?」
そう言って、腰を屈めてオレを覗き込んできたエルフ美女。冷静? 無理、無理! こんな最高の眺めを前に冷静でいられるか!!
「ちょっと、どうしましたの? そんなに鼻息あらくして…」
エルフはまな板だと思ったが屈むと彼女の胸元の肌が大胆に見える。あと少しだ。あと本の少しであの双丘の先端が見えるんじゃないか!?
「って、あなたどこ見ていますの!?」
彼女はオレの視線に気が付いたのだろう。そう言って顔を赤くし、照れるように牢屋生活でぼろくなった服の胸元を手で隠す。ッチ、あと少しだったのに…
「いや、もう、我慢できません。サイゾウは抱きついちゃうぜ!!」
思っていたことが口から出ちゃう? だって、仕方ないだろう。テンションが上がり過ぎちゃったんだもん。
「え!? なに?」
それにさっきのあのポーズはどう考えてもオレを誘っているようにしか見えない。これくらいなら許されるだろう!!
な、なんという。抱き心地。柔らかい。もっと、いろいろな所を堪能したいなぁ。グヘへへ!!
「嘘、イヤ! やめて!!」
誰がやめるか。この柔らかさ。堪らない。よし、次はそのエルフのような尖った耳をペロペロしてやるぜ!! フハハハハハ!!
「う、うう、お願いしますわ。私をこれ以上、虐めないで」
え、水? いや、これは涙だ。ああ、そうか。彼女は無理やり誘拐されてこの牢屋にぶち込まれたんだったな。
そんな女性がどんな目にあっていたのか。想像すればこのクビレに抱きついてあんなことや、そのやわらかな双丘で…
ああ、そんなことまで!? ハー、ハー、すばらしい。すばらしいよ。もっと、もっとだ! って、興奮している場合じゃないだろう!! そう折角、オレがアホな妄想から正気に戻って、彼女から離れようとしたが、
「イヤがっているでしょう! やめなさい。サイゾウ!!」
とアラクネの声が耳に聞こえたと思ったら大地に強制的に接吻させられた。もう最悪だ。
「頭を殴るなよ! バカになったらどうするんだ!!」
おい、おい、アラクネのような怪力に殴られたら、普通の人間なら死ぬだろう! オレは起き上がりざまに彼女を睨みつけてそう文句をいう。
「それ以上にあなたがバカになる訳がないでしょう! この世で最もバカなんだから」
「そうか、そうか。この世で最もバカだからこれ以上悪く…。って、ひどいな! おい!!」
この世で最もバカって、そんな慈愛に満ちた笑顔でサラッと酷いことを言わないでくれよ。あまりにもサラッと言われたから流すところだったぞ!?
「…あの」
「もう、大丈夫よ。このバカも正気に戻ったみたいだしね」
優しげに微笑むアラクネを見てなぜか顔を赤くするエルフの女。
「……」
「ああ、魔物で私が怖いから黙っているのかしら? わかったわ。この見た目ですものね。私はあなた達とは別行動を取るわ。サイゾウにここの道を教えておくから、サイゾウに誘導してもらってね」
どこか寂しそうな声でアラクネはそう言う。
「お姉さま♡」
ところが、アラクネに声を掛けられた女は先ほどまでと違ってその顔に蕩けるような笑みを浮かべている。
「あの、じゃ、行こうか」
オレが彼女に優しげに手を差し伸べると、
「…触るな! このゲス! 汚れるでしょう!!」
と言って、手を振り払った後にオレを突き飛ばした。
「みなさん、落ち着いて!! さっきのことは見たでしょう? やはり、魔物であっても彼女は女性よ。あんな、地べたに這いつくばる変態よりも彼女に案内してもらった方が安心だわ! みんなもそう思わない?」
おまえがオレを突き飛ばしたからこんな状態なんだろう!
「お姉さま! 案内してください」
「…わかったわ。行きましょう」
そう言って、彼女たちはどんどん進んでいった。オレを置いてな。おい、待てよ。
「ホラ、置いていかれたくなかったら早く起き上がってかけてきなさい」
しばらくして、アラクネが遠くからそう声をかけてきた。
「…わかった」
なんか釈然としないぜ。オレはそんな理不尽さを噛み締めながら彼女たちを追いかけた。




