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第37話 泥を啜っても生き延びたい理由はあの山にたどり着かんため

 地上の光が届かないため、常に蝋燭の灯りで照らされている薄暗い地下牢。オレは所々が錆びた鉄格子の中に重石が付いた鎖で自由を奪われ拘束されていた。


「…いったいここに閉じ込められて何日目になったのだろうか」


 このような過酷な状況下では徐々に理性を失うことを知っているオレは自我を保つために敢えて独り言を呟く。


「このメシを食べたい。いや、ダメだ!!」


 ここに来て初日で口に入れた奴は、豚の餌よりも劣悪なものだった。いや、オレにはそれを食べ物と呼べなかった。だって、腐った生ゴミの様な素敵な香りと泥のようなお味だったからな。


 そんな酷いモノでも、最初は体力を失わないためと自らに言い聞かせて嫌でも食べていたオレ。もちろん、そんなゲテモノなど体が受け付けるはずもなく胃からのリターンの欲求と戦うことになった。


 その結果は全戦全敗のまさに惨敗だけどね。出された残飯を見た後に撒き散らされた吐瀉物のあとに視線を移す。


「飢えで体力を失わないためだと言い聞かせて1週間くらいは食ったな。吐き気を我慢して無理矢理に喉を通したんだ。本当に最悪だった。土、いや、ヘドロのような味だったからな」


 口にゲロマズ飯を入れた後なんども腹を下し、糞尿を垂れ流すことになっちまったことは思い出したくない。


 そんな状況だったから、最近は出された食事と泥水に手を付けずに数日を過ごした。だが、そろそろ限界かもしれない。


「も、もう我慢ができない。腹が減ったし、喉がカラカラでキツイ」


 自分でもわかる己の体の限界。耐え難い飢えと渇き。このままでいたら発狂してしまいそうだ。


「体が水分を欲しているのがわかるし、なにかを口に入れろと脳が命じているのもわかる。わかるけどさぁ! もうまじで限界、限界だよ!!」


 牢内に無数にある屍。その所為で、腐臭が狭い牢の中に充満している。

 いくら、ハンター生活が長いオレでもここまで劣悪な環境に長時間いたことなどない。


「せ、せめて水を…」


 水と言われて置かれた皿の中に視線を移動させる。薄暗い牢の中でも、わかるぐらいに皿の中に泥が溜まっている。


「どう見ても、泥水だよな? でも、喉が乾いた! 死にそうだ。泥水だけど飲みたい!! いや、ダメだ。それではダメだ。また、腹を壊して体力を余計に使ってしまう」


 オレは両頬を力強く叩いて自らを戒める。

 

「…チャンスはある。絶対にだ。ここから脱出できる。だから、ここは耐えるんだ!!」


 こんな食事は疎か水分すらロクに取れない状況で気が狂わないわけがない。だけど、絶対に耐えてここから脱出してやる。


「そして、オレをこんな目にあわせた竜人が泣き叫ぶまで、奴の山脈で遊んでやる!!」


 オレは自らの欲望を支えにし、なんとか意識を繋ぎ止める。


「出せよ。ここから出せよと鉄格子を掴んで叫びまくりたいが…」


 そんなことをやっても無駄に体力を使うだけだしな。


「フ、落ち着けオレ。って、うん?」


 足音が聞こえてきた。誰だろうか…


「なんだ? また、メシを食べてないのか? まぁ、罪人にメシを出すもの勿体ないからそろそろ持ってくるのはやめたいとは思っていたからな…」


 残飯を片手に現れたのは、ここに来る前にまな板の竜人たちと呼んだ片割れだな。メシの配給に来たのか。だが、そんな生ゴミの残飯よりも、こいつを捌いて竜人の肉を食べたいぜ。ああ、こいつはうまそうだな。我ながら素晴らしいアイディアだ。竜人の焼肉、ドラゴンの焼肉にしよう!!


「虚ろな目で見られてもな。って、よく見るとヨダレ!? オラは美味しくないだよ!!」


 いや、絶対に美味しいよな? ドラゴンだぞ! たまらないだろう。ホラホラ、よく見ると本当に引き締まった体。ああ、堪らない。むしゃぶりつきたい。


 …うん? って、大きな蜘蛛の足があっちの方に見えなかったか!? 


「なんだ。急に喜んだよう顔をして? 気でも違えたのか?」


 ああ、手を俺に振って笑顔をこちらに向けている。うん、間違いない。これは…


「気を違えているのはあなたの方よ? ねぐらにいて油断しているわね。竜人さん!」


 うっと言って崩れ落ちるまな板の竜人。


「美しい花には毒があるのよ?」


 確かに美しいけどさ。君は花じゃなくて蜘蛛だよね。ああ、それにしても毒牙は怖いな。


「遅くなって、ごめんなさい。思ったよりもここの警備は厳重だったの」


 彼女はそう申し訳なさそうに言ってきた。そんな彼女を責められるか? 無理、無理。確かに、ここで耐え忍ぶ地獄の苦しみは辛かった。だが、こんな悲しげな女性を責められる奴がいるだろうか? いや、いない!!


「いや、ありがとう。それよりもここから早く出して欲しい!」


「そうね。すぐに出してあげるわ」


 そう言うと彼女は複数ある足を使って力尽くで、鉄格子をへし折り、開ける。


 ああ、やっとここから出られる。オレは笑顔を浮かべたまま、アラクネに抱きつく。


「ちょっと、臭い。サイゾウ、臭うわよ! まったく…」


 抱きついたオレにもう仕方ないわねと言って微笑むアラクネ。そんなアラクネの柔らかさを味わうようにオレは彼女の豊満な胸に顔を埋めて幸せをかみしめるのであった。

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