第31話 吸血鬼デミトン・アルフェルムの猛攻
街灯もない暗闇の中、息を切らして町を疾走する。そんな、走っているオレの耳に突如として破砕音が聞こえてきた。その音に反応して振り返ると、
「もう追いつかれたか。あの吸血鬼が木箱を叩き割ったのか!!」
オレが先ほどまでいた位置にあった木箱が砕け、中にあったと思われる果物などが飛び散っていた。オレの大好きなオレンジ系のパレーンシアじゃん。勿体ないと焦っているにも関わらず、そんなことを思ってしまうのはオレが貧乏性だからだろうな。
「外したか。おいおい、サイゾウ、先ほどは実に愉快なことを言ってくれたよな? それがただ逃げるだけか? 期待外れだな」
デミトンは余裕ぶった態度を取っているが言葉を聞く限り、相当に頭にきているんだろうな。まぁ、あえて怒らせたんだけどね!!
「期待していたの? 人間のオレを? 愚かな吸血鬼って本当にいたんだな! 今は、戦ってすらいないよな。だって、オレは簡単におまえの攻撃を避けられているからね」
「戯言を!!」
この吸血鬼、煽り耐性が本当にないな。きっと、今までに相手にしてきたのは自分よりも格下ばかりなんだろうな。なら、戦いようがある。もっと煽ってオレに注意を向けないとな。
「吸血鬼って本当に大したことないよな。ただの人間を捕まえるのにどれだけの時間が必要なんだろうな?」
「黙れよ! サイゾウ、黙れ!!」
先ほどよりも表情に余裕がないように見える。いい調子だ。
「お前ごとき人間にこれが避けられるか!」
デミトンはそう言うなり、オレとの間合いを一気に詰め、手刀を振るう。オレは奴の腕の動きに合わせて半身を逸らすことで攻撃を回避しようと試みたが…
「やばい、明らかにさっきよりも早い! くそ、杖が!!」
吸血鬼は人間を超えた素早さを持っている。オレは辛うじて奴の爪の攻撃を丈で受け止めた。しかし、吸血鬼からの攻撃の衝撃に耐え切れずに持っていた杖を落としまった。道に丈が落ちて辺りに音が響く。その落ちた鋼鉄の杖を見てデミトンは微笑む。
「武器すら持たぬ。人間などゴミと同じだな!!」
そう言う吸血鬼デミトン・アルフェルムの強靭な肉体から放たれる攻撃。回避が遅れて、オレのこめかみに僅かに奴の硬い爪がかすめる。
「痛い!? くそ、やっちまった」
怒り狂ったように怒鳴り散らすデミトンの攻撃を顔面に少し食らったオレは痛みで動きが止まってしまった。
デミトンはその隙を逃すような甘い吸血鬼ではなかった。奴は攻撃の手を止めることなく、そのまま手刀をオレの頭に叩き込む。
吸血鬼の攻撃によって頭から道路に叩きつけられたオレの意識は一瞬ほど飛んだ。そして、なんとかすぐに意識を取り戻したオレは痛みで道路に横たわったまま、起き上がることができない。
「ああ、痛い。煽るだけ、煽ってこのザマかよ。本当に情けないな」
アラクネとシルメリアに協力してもらって、コイツの対策を用意した場所まで到達できないとはな。
「フフフ、早いだけが取り柄の虫ケラをようやく踏み潰せるな」
オレが痛みで大地に伏せているのを見て、デミトンはご満悦のようだ。そして、大地に伏せているオレのもとまで来たかと思うと頭をこれ見よがしに踏みつけてきた。
「痛い、痛い!? や、やめろ!!」
「フフフ、人間は本当に脆弱だ。ああ、少し本気になるとすぐにこれだ。でも、この程度では絶対にゆるさないからな。もっと、ボロボロになるまで遊んでやる!!」
起き上がって、ここから逃げないと殺される。いつも万事休すとか言っていたが本当に今回はダメかもしれない。ああ、結婚したかったな。でも、その前に彼女が欲しかったな…
「サイゾウ様!!」
オレが死を覚悟した時、オレを呼ぶ声がどこからか聞こえてきた。これはシルメリアの声? 彼女は気絶していなかったか。目覚めてわざわざオレを追いかけてきたのだろうか。だが、今はそんなことはどうでもいい。
「シルメリア!? 来るな!!」
来てはダメだ。おまえでは吸血鬼に殺されるだけだ。
「サイゾウ様から足をどけなさい! えい!!」
オレが来るなと言っているにも関わらず、シルメリアはモップをデミトンに向かって振り下ろす。モップはダイレクトにデミトンに直撃。
「これは実に良いタイミングだ。人間は目の前で仲間を失うと絶望するからな! その時のサイゾウの表情を想像すると堪らない」
奴にはシルメリアの攻撃などまったく効いていないのだろう。モップで殴られたにも関わらず、まるで何事もなかったかのようにオレを見て邪悪な笑みを浮かべる。
「シルメリア、逃げてくれ!!」
「これは我を侮辱した君へのささやかな意趣返しだよ」
そう言って、素早くシルメリアを捕まえる。
「え!? は、離してください!!」
デミトンに後ろから羽交い締めにされたシルメリアは一生懸命に暴れるが吸血鬼に力が弱い彼女が勝てるはずもなく…
「君は私の眷属となる。光栄に思うと良い」
そう言ってデミトンは口を開け、その鋭い牙を白く細いシルメリアの首筋に…
「や、やめろ! シルメリアから離れろ!!」
オレは痛みを堪えて起き上がり、シルメリアを助けるために吸血鬼デミトン・アルフェルムに向かって拳を放つ。吸血鬼にシルメリアの血が吸われる前に間に合ってくれと願いながら…




