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第27話 闇夜に紛れる変質者

 今宵は満月の夜。暗闇に紛れて疾走する。街道に灯る光。それを避けるように駆ける影を追ってオレは足を進める。


「見失ったか。本当に厄介な相手だな」


 ハンターギルドもオレに最近はたくさん難しい仕事をまわしすぎじゃないか? オレはギルドから渡された資料に目を通し、ため息を吐く。


 ───連続婦女子暴行殺人の凶悪犯。生き残った者の証言では黒いマントを羽織った背の高い男。さらに追加の情報として、彼には鋭い牙がある模様。


 これだけの特徴があるからハンターギルドに依頼がきたのはわかる。でもさ、だからと言って高ランクのオレをその証言だけのために1週間も現場で張り込みさせるのはどうかと思うんだよな。


「悲鳴!?」


 オレは女性の声に反応して後ろを振り向く。こんなタイミングで夜の街に女性の絹を裂くような悲鳴か聞こえてきたということは…


「オレを撒いて早速さっそく、女性を襲うとはやるな!!」


 女性の声がした場所をオレは目指して駆ける。既に日は沈んでいるため街を歩く人もほとんどいない。だからだろう。直ぐに目的の場所に着くことができた。


 オレの視界には背が高い黒い髪をした長髪の男が大声で、


「こんにちはお嬢さん? 今夜の月も美しいですね」


 と言って、微笑みながら黒いマントを広げて仁王立ちする姿が見える。オレはしまい忘れて手にしていた奴の資料を再度、読み直してカバンにしまう。


 ───生き残った者の中に奴は衣服の着ていない姿を見せては愉悦に入っていたと証言されている。

 

 奴は資料に記載されている通りで全裸だった。誰がどう見ても変質者。本来ならばハンターが対処する仕事に思えないわ。だが、ひとまずは女性を助けなければならないな。


「イヤ、近寄らないで!!」


「落ち着いてください。美しいお嬢さん、あなたは光栄にも吸血鬼であるこのデミトン・アルフェルムの餌になるのだからね」


 黒い髪の男が若い女性を後ろから羽交い締めにして襲おうとしているようだ。思ったよりも状況はやばいぞ。


「おい、貴様、なにをやっているんだ!!」


 オレは奴の前に現れるなり、蹴りをお見舞いしてやった。しかし、奴は一瞬で赤い霧のようなものになって消える。くそ、逃したか?  いなくなった奴のことを考えても仕方がない。ひとまず、怯えているこの女性をどうにかしないとな。


「もう、安心ですよ。お嬢さん」


 彼女が怯えないようにオレは紳士の笑みを作りながら手を差し伸べるが、


「ありがとうございます。って、また全裸男が現れたわ!!」


 と言ってその女性はオレの手を握るなり、パニックになったように顔を恐怖で歪める。


「なに? どこにそんな変態が!!」


 怯える女性の前で全裸になるとはトンデモない変態がいたものだ。懲らしめてやる。そう思って、恐れている彼女の視線の先をたどると…


「え!? まさか!!」


 彼女はオレを見て言っていないか? なにかの間違いだよな!? オレは彼女の視線に不安になり、自らの体にあるはずのハンターギルド正装服の感触を確かめようと体を弄る。


「嘘だろ! オレの服がない!!」


「いや、怖い! 変態!」


 オレが叫ぶなり、襲われていた女性は恐怖に顔を引きつらせて暗闇の街に疾走して消えていった。


「フッ、我が血の霧は衣服を溶かす」


「って、おまえのせいかよ! なんで服をワザワザ溶かすんだよ!!」


 逃げたと思っていた奴が現れて、己の所業だと暴露してきた。


「服など無粋なものは不要だ。生まれた時、すべてのモノは裸! これは神が望まれた姿なのだ!!」


 そう言って、マントをめくり自らの細くも筋肉質なボディを外界に晒す。


「そのことは君もわかっているはずだ。そう恥ずかしがるものではない。寧ろ、晒すべきだ。いや、晒さねばならぬ」


 急に現れるなり、デミトンは細マッチョの体にポージングを取りながら、オレにそう力説する。


「さぁ、君も真の己を晒してさらなる高みに行こうじゃないか!! 偉大なる神の所に共に! ハッハハハ」


「オレは男の裸に興味はない!!」


 オレは絶対に譲れない魂からの主張を全裸の男にする。


「フフフ、なるほどね。だが、オレにかかればおまえも女になるぞ!! こんな風にな」


 そう言って、自らの体を変化させる。目の前で男から女へと徐々に変身していく変態。


「うるせぇ!! おまえが女に返信しようともオレは、オレは…」


 前世から含めて童貞です。目が離せません。そんなオレの気持ちなんて知ったことではないのだろう。奴はオレの反応を無視して胸を張ってまた話しかけてきた。


「見て、このボディ。堪らないでしょう?」


 変身が終わった姿を再度、確認すると、真っ白な肌に魅惑的な赤い唇。目は鋭いが長い睫毛にパッチリとした二重。そして、なによりも…


「ああ、確かにすごいモノです。童貞のオレにはそれ以上の表現ができそうにない。それどころか、もう我慢ができないかも…」


 眼福だ。まさにこの世のモノとは思えない。しかも一糸まとわぬ生まれたままの姿だと? まぁ、実際は暗闇でほとんど見えないけどそこは男の妄想力で保管するぜ。


「う、うう、妄想が止まらない。見える。見えるぞ。そう思うと我慢ができない! ああ、そこのかわい子ちゃん!!」


 オレは相手がはじめに男の姿を取っていたことも忘れて、そのたおやかな肉体めがけて飛び込んだ。そう、いつもの空中平泳ジャンプのルパンダイブだ! だが、オレが掴む前に奴は再度、霧となって消えやがった。ガッテム!!


「フフフ、悪戯はダメよ」


 そう言って、両腕で自らたわわに実った果実を弄ぶように動かす姿をオレに見せつけて、


「あなたも女になればたくさん触り放題よ? 私と目眩くる夜の世界を楽しみましょう?」


 と言って、妖艶に微笑む。うーん、どうにかして触れないものだろうか。


「オレはかわいいモンスターと楽しみたいんだ。誰が自ら性転換して喜ぶんだよ! かわいいモンスターのだから楽しんだよ。だから、触らせろ!」


 オレの本能のおもむくままの発言を聞いた奴は、


「残念だわ、サイゾウ。あなたなら私を理解してくれると思ったのに。自らを曝け出す楽しみを行える敬虔な信者になると期待していたのだけど…」


 と悲しげに顔を伏せてそう言うとまた霧となり、男の姿に戻る。


「勝手にいっしょにするな!! バカ野郎!!」


 なんで、男に戻るんだよ。ちくしょう! だれが男の洗礼された肉体を見たいんだよ!! お呼びでないぞ。


「貴様らか! 女性を襲った変態は!」


「ッチ、警察が駆けつけてきたな」


 そう言って、奴は警察を確認するなり、霧となって消えていった。くそ、取り逃がした。しかし、あの女性姿の肉体はたまらなかったなぁ。


 って、今はそんなことを考えている場合ではないだろ。姿を自由自在に変えられる化け物の吸血鬼がいたのだ。警察にこの街に吸血鬼が現れたことを伝えないと。


 吸血鬼なんて人類の敵もいい所だよ。最上級のモンスターだ。あいつは変態だったけどさ。奴らは基本的に吸血行動で仲間をどんどん増やして人類をオモチャにする化け物だからな。本当にすごい危険なモンスターだ。


「警察官の人、オレはあなたたちに伝えたいことがある」


「わかった。言い訳は署で聞くから。少し、署まで来てもらおうか」


 なんで、オレが警察署に行かなければならないんだよ。


「って、オレ、全裸じゃん!! なんで服がないんだ!!」


 ああ、あの吸血鬼の野郎!! オレの衣服を消して、そのまま逃げやがったな!!


「もう、そんな惚けなくていいからな。ストレスが溜まっていたんだよな? わかる。わかるよ。さぁ、署まで行こう」


 警察官の生暖かい目を向けられながら、オレは理不尽さを噛みしめる。くそ、くそ、こんなことで犯罪者になりたくない。今までの清廉潔白な経歴が汚れる。


「こんな所で犯罪歴を作れるかよ!!」


「コラ、待ちなさい!! 逃亡の犯罪も増えるぞ!!」


 ちくしょう、警察をぶん殴ったら、それだけでさらに重罪になる。さらに現行犯以外でも捕まるようになるな。そんな愚かな行為は慎むべきだ。ひとまず、ここは逃げるしかない。


「ちくしょう、逃げ切ってやる。世の中は理不尽だ!!」


 暗闇の中、全裸で疾走するオレの叫び声は夜の街に虚しく響き渡るのだった。

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