第26話 老いた父とその娘
高大な山々が綺麗に見渡せる草原を進と、ふるびた小屋が一軒あった。その小屋の窓を覗き込むとそこには複数の牛人がいた。よく見ると寝台の上で寝かされている老いた牛人を囲むように牛人たちが立っている。
そんな小屋に女の若い牛人が慌てたように扉から入ってきた。
「本当に来てくれたのか」
「さぁ、そんなところに立ってないで、すぐにこちらに来てください」
その女性が入ると牛人たちが我先にと彼女を新台に横たわる老いた牛人のもとまで誘導する
「何をしに来たのだ。他の部族の族長殿」
横たわる老いた牛人は寝台の上で起きあがり、睨みつけた後にそう言った。
「ふん、無理矢理、連れてこられただけだ」
顔を背けてぶっきらぼうにそう言う女性。
「親爺さんも死ぬ前に娘と会えて感謝しているよ。な?」
そう言って困った顔をした牛人が二人の間に入った。
「そんな訳あるかい。再度、問うがいったいここに何をしに来たのだ。他の部族の族長殿?」
「同じことを聞くとは耄碌したな。フン、どうやら、ついにくたばるらしいな」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら女性がそう言う。
「もう、二人とも頑固なんだから」
そう言って二人の間にいる牛人は苦笑する。
「フン、貴様などに最後を見られとうなかった。族長の仕事の方が重要だ。さっさと帰れ」
そう言って老いた牛人は寝台で再び横になった。
「……」
しばらくの沈黙の後に、
「…カゲール、娘は帰ったか?」
と老いた牛人は先ほど、女性と自身の間に入っていた牛人が呼ばれる。
「親爺さん? まさかもう見えていないので?」
「ああ、娘を少し見ていたら徐々にな」
親爺さんと呼ばれた老いた牛人は苦笑いしながら、そう言う。
「そうですか。ええ、部族をさらに拡張するために帰ったようですよ。親爺さん」
「そうか。ワシは碌な親父ではなかった。それでも娘が立派に育ってくれて嬉しいわい」
老いた牛人はそれでも最後に何かを伝えたいと口を動かして、話を続ける。
「もう長くないな。しかし、立派になった。ワシとは違う部族を新たに作り、それを率いる為に親なども歯牙にかけぬ。誠に牛人として立派に育った。」
自身の死期を悟っているのだろう。どこか達観した表情を浮かべた後に娘の成長を喜ぶ言葉が口から出ていた。それは実際の娘に放った言葉からは想像ができないような内容だった。
「カゲール、ワシらの部族も娘の部族に負けぬようにきっちりと仕事をしろよ。あとは頼んだ」
老いた牛人は自らがいなくなった後のことをカゲールと言われた牛人に伝える。
「サイフォン。ワシの娘。本当に立派に成長した」
言葉は続く。けど、どこか徐々に弱々しくなって聞き取れなくなってきている。
「その姿を最後に見た後にいくのも悪くない。ああ、本当に悪くない」
ますます、声は聞こえ辛いものになっていく。
「悪くない牛人の生であった…」
そして、そう言った後に老いた牛人は動かなくなった。
「父さん!? お父さん!!」
そう言って駆け寄る老いた牛人の娘。それを窓から覗き込むオレたち。
「思ったよりも良い話ね」
窓から覗いていたアラクネがそう言って目頭をおさえる。
「そうだろ。オレのお陰だぞ。かなり頑張ったんだ。まず、自分の現状を隠したいあの老いた牛人の最後のプライドを思って何も伝えないで連れてきたんだから」
「その仕事ってあなたじゃなくてもよかったんじゃないの?」
こちらの言葉にそうアラクネは返すがオレは首を振る。
「あの迷宮はS級ハンターであるオレでも割と苦戦するから、別の部族の牛人が向かっても攻略できないで、追い返されていたらしいぞ。王都にいる冒険者もお手上げの案件だったようだな」
オレは主張したい。この依頼はオレ以外に達成できないものであったことを。
「そんな難易度の高い依頼をクリアできるのはオレ以外に誰もいなかったんだ。すごいだろ?」
「最後に邪なことをしようとしなければね」
それを言われるとオレとしてはお手上げだ。まぁ、今は縛られているので物理的に手は上げられないけどね。
「でも、あなたはなんで嘘を言って連れてこなかったの? 適当な理由をつければ彼女はついて来そうだけど?」
「そんな簡単に嘘がつけるなら彼女の一人くらいいただろうな」
美女の前ではどうしても素直になってしまうのだ。こればかりは何歳になっても変わらない。
「あなたは不器用なのね」
オレの反応を確認した彼女が何故か微笑む。
「でも誠実ね」
彼女の笑みは眩しすぎる。オレは別に誠実な訳じゃない。ただ、女性に嘘をつくのが苦手なだけだ。でも、彼女の態度はどこかオレの尺に触るので、おどけるようにオレはこう言った。
「そうでしょ? そうでしょ? アラクネさん、なので、そろそろ解いていただけませんか?」
「どうせ、親が亡くなって弱っている美人は放っておけない。夜までついていく。そして、妻にしてやるって言うのでしょ?」
苦笑したようにそう言う彼女。
「私、あなたの性格はとてもよくわかっているわ」
だから、ダメっと言って微笑む。
「そんな悪いこと言う子にはこうするしかないかしら」
そう言って彼女は蜘蛛の長い足でオレを持ち上げる。おい、おい、やめろよ。これではまるで女の子が憧れるお姫様だっこのようではないか。
「何か不満そうね? 私にお姫様抱っこされて帰るのは嫌?」
「流石に嫌だ。恥ずかしいのでおろしてくれ」
そんなに可愛らしい顔で言われても嫌なものは嫌だ。誰かに見られたらどうするんだ。
「ダメよ。いつも私ばかりが恥ずかしさで顔を真っ赤にしているのよ。不公平だわ」
そう言ってオレをおろそうとはしない。理不尽だ。
「私もたまにはあなたが顔を真っ赤にした姿を見たいわ」
「勘弁しください」
オレの言葉を無視して、彼女はそのまま依頼達成の報告を伝えにハンターギルドがある町に入っていた。もちろん、オレが奇異の視線に晒されたのは言うまでもない。




