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第19話 結婚式は阿鼻叫喚?

 太陽が眩しく白い砂浜から多少の距離はあるものの、決して深くない浅瀬に半魚人の群れが大挙して集まっていた。


 2本の長い赤い柱をたて、その間に新婦と新郎を座らせる。半魚人の結婚式は実にユニークで式の間に産卵と交尾を行うのだ。だから、夫婦は他の者たちから少し離れた浅瀬で待機させられるようだ。


「本日はお忙しいところ、ワシの娘のために、お越しいただきまして誠に感謝、申し上げるウォ」


 なんで、人間のオレがそんなことを知っているかって? だって、今のオレは新郎の場所で待機させられているところだからね。半魚人と結婚するために全裸で逃げられないように腕と足を縛られている状況だ。もう最悪だ。


「まさにまな板の鯉だぜ!!」


 自虐的にピチピチと口ずさみながらオレは縛られた足を一生懸命に動かしてこの場からの脱出を何度も試みる。しかし、浅瀬のため、いくら海老のように飛び跳ねても思うように進まず、逃げることができない。


 まぁ、縛られていることに関してはオレがここに来るまでに14回の脱走を試みて失敗したのが原因かもしれないけどね。


「新婦も新郎も緊張してなかなか、話しかけられないようだウォ。でも、みんなが来てくれて嬉しいと言っているウォ」


 いや、そんなことを言っていないからね。それどころか、こんな所にできればオレはいたくない。ちくしょう。思ったよりも人数が多いな。オレは浜辺を見渡しながら、ため息を吐く。だって、オレの逃走をゆるさないように浜辺付近には数百くらいの半魚人がいるんだ。

 

 普段だったら、別に半魚人がどれだけ大規模に群れを成そうがどうでもいいことなんだけどさ。今回はここから脱走しないと半魚人との婚姻が成立して人生が詰むことになるからね。人数はできる限り少ない方がありがたかったな。


「新婦から一言。うお美、なんか言ってくれウォ」


「……」


 うお美は父親の言葉を無視し、完全に沈黙を保ち一言も発さない。いや、よく考えたら、うお美もオレのような人間とは結婚したくないんじゃないか? だって、半魚人としては、彼女は美人で気立てが良くてモテモテだったんだろう。だから、もっとイケメン魚面の半魚人男性がパートナーになるのが普通だろ。

 

「皆様、すみませんウォ。うお美はシャイな奴で中々、話さないウォ」


「次は新郎のサイゾウくんが話すウォ」


「……」

 

 話すかよ。そもそも、オレはこの結婚に納得していないんだ。だれが好きこのんで半魚人と結婚したいんだ。顔は魚だし、体は鱗で覆われているんだぞ? ハグをすればオレの体が切れるわ。キスをすれば磯臭い。人間としては良いとこなしだ。


「新郎、話せよ。おい、聞いているかウォ? おい、おまえら、あそこの浅瀬まで行ってヤッテこいウォ!!」


 うお美の父親の指令で縛られているオレのもとまで鮫の顔をした半魚人たちがやってきたようだ。


「くっ、うお美の父親の指令でシャーク顏の半魚人たちがオレをタコ殴りにしに来たがった!! あぶねェ、殴るなよ!!」


 半魚人たちは縛られているオレに向かって拳をそれぞれ振るってきた。オレはそれを飛び跳ねたりしながら華麗に回避する。しばらく、奴らの苛烈な攻撃が続いていたが、


「本当にこいつは人間か?」


 と戦慄した声で驚愕した声が聞こえてきた。それでも攻撃をやめない半魚人たち。


「全裸で手も縛られてなにもできない。だが、絶対にこの結婚式をぶち壊してやる!! オレの幸せのために!! そして、その半魚人のうお美のためにもな!!」


 さらに苛烈になっていく半魚人の攻撃にオレは海老のように飛び回りながら華麗に避けていくのに限界を感じはじめていた。そろそろ、こちらから攻撃しないと多勢に無勢でやられるかもしれない。どうすればいいんだ?


「……」


「なんだ、海蛇のようなこの動き!? 飛び跳ねた後に蹴りがくるぞ 」


 武器もないオレは全裸で腰をくねらせる。そして、半魚人たちに縛られた両足で応戦することにしたのだ。ようやくコツが掴めてきた。


 オレはクネクネクネって音がなりそうなほどにしなやかな腰さばきを使って半魚人たちと戦う。いや、客観的には無様以外の何者でもない状況だけどね。こちらはおお真面目なんだよな。全裸で縛られている訳だしさ。


「おお、新郎は激しく求愛のクネクネダンスを踊っておりますウォ。うお美はあんな素晴らしいダンスができる相手と結婚できて幸せだウォな? それでは盛り上がってきましたが、そろそろ来賓の紹介を行いたいウォ」


 と言って、来賓の紹介を始めるようだ。なんだよ。クネクネダンスってそんな気色悪い名前のダンスが半魚人にはあるか!?


 って、向こうに気を取られている場合ではないな。こっちは全裸でぶるぶるしながら、半魚人とリアルに死闘中だからな。まぁ、確かに見た目はバカっぽいけどさ。これはかなり難易度が高いからな。


「今回はなんと我らマーフォークの長の娘であるジャ・バリュラーン・チィーチュ・ライラ姫が参られておられるウォ、是非とも祝いの言葉を述べて頂きたいウォ」


 うお美の父親の言葉に反応してオレがマーフォークの長の娘であるジャ・バリュラーン・チィーチュ・ライラ姫を探す。だって、姫だぜ!


「どこに、どこに姫がいるんだ? あれか?」


 彼女を見つけたオレは歓喜に震える。例えるならば、砂漠で水がない時に見つけたオアシス。そう、姫と呼ばれた人魚には、そびえるは白い貝殻で隠しきれない二つの双丘があった。他の半魚人みたいに魚に足だけがある形状とは大違いだ。最初から人魚タイプの半魚人だったら受け入れられたのに。いや、むしろ、こちらからお願いをしたいくらいだ!


「オレはあんなべっぴんさんとお近づきになりたいんだ!!」


 オレがそう叫ぶと腕を縛っていた縄が切れていた。あれだけ、駆けまわれば貝殻とかにあたって縄が切れたのかもしれない。だが、きっとこれはあの美しいマーフォークの姫に導かれた結果に違いない。


 オレは半魚人どもの攻撃を避けながら、足の縄をほどき、束縛から解放される。そして、その解放された足をもって、無意識に駆け出していた。 


 もう、オレの目にはあの貝殻から溢れ出た2つの宝以外に見えない。


「ライラ姫ちゃん〜!!」


 そして、気がついたらオレはその白い真珠のような双丘がある場所に飛び込んでいた。


「イヤ〜!? なにをするんですか!!」


 悲鳴をあげる姫にルパンダイブを決めて、嬉しさに涙を流すオレ。


「貴様、ライラ姫様にうらやま…。けしからん!! それに貴様の奥方はあそこにいるうお美であろう!!」


 口々に半魚人共はそう言って、オレを取り囲む。この人数を相手にさすがのオレも無理だ。さよなら、オレの人生。ああ、ここで死ぬならライラ姫ちゃんを最後に抱きしめようかな。


「きゃー、やめて!! 触らないで!!」


「貴様!! 姫から離れろ!!」


 まさにこの世の阿鼻叫喚と言わんばかりな状態ができあがる。ああ、実に騒がしくなってしまった。でも、オレの最後にふさわしいな。


「ふふふ、このサイゾウ、最後まで男になれなかったが、人魚に抱きついて死ねるのならば本望なり!! そうまさに…」


 そんなことを口走っていたら、オレの声をかき消すかのように女性の甲高い声が突然に聞こえてきた。


「みんな、静かにして欲しいギョ」


 唐突な、うお美の力強い声に反応して視線が彼女に集まる。


「とても、大切な話があるギョ」


 今までずっと沈黙を保ってきたうお美が突然にそんなことを言ったお陰で、半魚人共はオレのことを忘れて彼女の言葉に耳を傾ける。


「今更だけどウチの話を聞いてほしいギョ」


 もちろん、オレも彼女の話が気になった。いったい、彼女はどんなことを言うのだろうかと……

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