婚姻を結んでいてもロマンスはあるそうです
「フローレンスは元々あまり立場のある王女じゃなかった。そこで私は、彼女に契約結婚を持ちかけたのだ」
そんな言葉から始まったウィリアム王子の惚気に、今度は私が空虚な瞳を向ける番だった。
彼は全てを打ち明ける決意を込めて、私に向き直る。
「国王になる気もない私の“形だけの王子妃“になってもらう代わりに、私は彼女をあの国から逃した。最初は本当にただの契約のつもりだった……」
わかっています。
それでも恋をしてしまったんですよね。
「私はフローレンスを……ただ王位継承者を産む道具になんてしたくない」
結局こうである。
婚姻していてもロマンスはあるらしい。
ウィリアムは契約結婚したフローレンスに恋をしてしまったが、今更それ以上踏み込むことも王位争いに戻ることもしたくない、ただの臆病者だった。
「ウィリアム王子、貴方は間違っています」
私は彼に真っ直ぐ向き直る。
これは公私が利に適っただけの話だ。
「フローレンス様を『道具』にしたくないのならば、貴方がこの国を変えるべきなのです」
ウィリアムは私の言葉に大きく目を見開いた。
セレスティナ。こういうことだろう?
♦︎ ♦︎ ♦︎
ウィリアム王子をけしかけた。
結果はまだわからない。
しかしセレスティナはとてもご機嫌だった。
夜会の準備が進む中、日毎にウィリアムとフローレンスが契約の関係を超えて距離を縮めていく様を特等席で鑑賞できるのだ。
肩を抱かれたフローレンスよりも、それを見ているセレスティナの頬の方が赤い。
フローレンスの愛らしい表情に熱い視線を向けるウィリアムよりも、セレスティナの二人を見る視線の方が熱が篭っていた。
うん──
もう囲い込んでしまおう。
形式上の婚約者の立場で進展がないならば、形式上でも構わない。先に婚姻を結んでしまい長期戦に持ち込もう。
そう私は胸に決意を灯した。
静かに、そして着実にウィリアムの王位争い復帰の準備が進んでいく。
水面下でコンラッド王子も取り込んだ。
元々ウィリアムの王位を望んでいた彼は、快く応じ協力を申し出た。
「兄上が国王を望むなら、協力は惜しまない」
これまでの消極的な姿勢とは違う、決意の籠った瞳。コンラッド王子はあの狩猟大会から少し変わったらしい。
そんな彼に、夜会直前にお茶会を開くよう依頼する。
お茶会はフローレンスをはじめ、中立派の貴族や第三王子派の貴族も含め広く招待させた。
こんな時期にお茶会? とコンラッド王子は訝しげな顔をしていたが、当然意味がある。
この時期にお茶会を開く目的。
それは第四王子が王位争いから降り、今後復帰する第一王子を補佐するという意思を夜会に先んじて貴族達に示すことだ。
忙しいウィリアムは必要ない。
その上でできる最善手。
彼の代わりに出席したフローレンスをロレッタが立てることで、第四王子は完全に第一王子についたのだと、全貴族に示していく。
私とチェスターが得意とする効率と効果を重視した政治上の駆け引きである。
コンラッド王子の意思を尊重することを示すため、勿論カランセベシュ家を背負う私も参加した。
ウィリアムはこのお茶会の裏で、復帰のための地盤固めに奔走してもらう。
手駒としてエイブラハムとネイト、そして辺境伯領から引っ張り出したサイラスを彼に送り込んでおいた。
ウィリアムならば彼らをうまく使うだろう。
お茶会当日──
私の隣には、この計画と同時進行で私の婚姻相手として囲い込まれようとしているセレスティナがいる。
もちろん彼女は気づいていない。
彼女はコンラッド王子とロレッタの仲睦まじい姿を見るためだけに、このお茶会に参加した。
王宮で開かれた華やかなお茶会の場。
貴族達は王位継承争いの勢力図がいつのまにか塗り替えられていたことに静かに驚き、戸惑っていた。
第一王子につくべきではないかという空気が、静かにその場を満たしていく。
思った通りの結果だった。
彼が突然現れるまでは。
「コンラッド、楽しい事をしているな」
そこに乱入したのは――第三王子。
招待もされていないお茶会に堂々と登場する不届者。
お茶会のマナーなど、彼の持つ強権と良識の前では無意味だったようだ。
彼はプラチナブロンドの髪を風に靡かせアメジストのように深い紫色の瞳をコンラッドに向けて楽しげに細めた。
「招待は送っていないはずですが? ブラッドフォード王子」
コンラッドは立ち上がり彼に冷たい目線を向ける。私も彼をいつでも擁護できるよう席から立ち、臨戦体制を取った。
「いえ、こちらに親愛なるベオグラード家のご令嬢が招待されていたので彼女を迎えに来たのです」
彼の言葉に、遠くの席に座るマーガレットが嬉しげに頬を赤く染めた。
――やられた。
今をときめくベオグラード家の第二夫人の娘、マーガレット。彼女との婚約をこの場で発表し、第一王子と第四王子の勢力に彼は宣戦布告を仕掛けるつもりだ。
これで有力貴族の一つであるベオグラード家を中立の立場に置くつもりなのだろう。
……ベオグラード家に与する下級貴族達が、第一王子派と第三王子派に分かれてしまう。
マーガレットは席を立ち上がり、勝ち誇った笑みを浮かべブラッドフォードへと歩みを進めた。
誰もが息を呑んだ。
しかし、ブラッドフォードはマーガレットなど視界に入らないとでもいうように彼女を通り過ぎる。
彼は真っ直ぐ私の前に歩みを進め、その手を――セレスティナに差し出した。
「セレスティナ・ベオグラード。私の第一夫人になってくれ」
なん……だと?
「ふざけるのも大概にしていただきたいブラッドフォード王子。彼女は私の婚約者だ」
セレスティナに差し出された彼の手首を私は掴んだ。
心と目の奥が焼けるように熱い。
そんな私を、彼は声を上げて笑い飛ばす。
「婚約者?何を言っているのだアークレイ公爵。セレスティナは貴方がその強権を使い、一方的に成立させただけの形式上の婚約者でしょう?」
周囲の貴族達が一瞬にしてざわめく。
――しまった。
利用された!!!!
「彼女との婚約は形式上だけの物。権力を拡大するために貴方は彼女を利用しているのだ。婚約はサイラス辺境伯やウィリアム王子に近づく為に行ったに過ぎない」
そんな訳あるか。
ただその想いだけで私は彼を睨みつけ、セレスティナに笑みを向けた。
「そんな事はない。セレスティナと私は《《愛し合っている》》。勿論婚姻も行うつもりだ。そうだろう? セレスティナ?」
ロマンスを餌にして婚姻を結ぶ予定だったが仕方がない。
セレスティナは第三王子を嫌悪していた。
その上、今の彼の求婚に心などないことは彼女にも分かっているはずだ。
だから彼女はロマンスの同志である私の手を取る。
――そのはずだった。
彼女は感情を全て消し去ったような空虚な瞳を私に向け、ただ自分を守るように胸の前で手を握りしめていた。
「答えが出ましたね」
ブラッドフォードは勝利を確信した顔でセレスティナの胸の前にあった手を強引に取る。
そして私と貴族達に見せつけるように高く持ち上げた。
「彼女は私の物だ」
彼と繋がれた手。
セレスティナの顔からは、何の感情も読み取れない。
「ここに集まる貴族達に宣言しよう」
セレスティナの手を掴んだまま、彼は貴族達に向き直り高らかに声を上げる。
「私の治世では、他国の後宮制度を取り入れるつもりだ」
突然宣言されたブラッドフォード王子の言葉に、貴族達は一瞬にしてざわめいた。
後宮制度? と彼らは口々に言いながら互いの顔を見合わせる。
「後宮。それはどのような身分の令嬢だったとしても、そこに入った時点で等しく私の妻になる。そして、その子供が国王に選ばれれば身分を問われる事なく皇太后だ……」
その言葉は、先ほど起こった全ての出来事を貴族達の意識から消し去った。
どのような身分の令嬢でも皇太后になる可能性。それが彼らの脳を侵食していく。
「これは優秀な王位継承者を一人でも多く生み出すための新しい制度。私の治世では全ての者に平等なチャンスを約束しよう」
歓声はあがらない。しかし下級貴族達の目と、この場の空気が一瞬にしてブラットフォード王子に塗り替えられる。
「セレスティナは私の後宮で彼女達をまとめ上げる名誉ある第一夫人に任命しよう」
そう言って彼女の手の甲に、彼はキスを落とした。
セレスティナは――
ただ感情を失ったまま、その場に佇んでいるだけだった。
他人の恋をこよなく愛する推し活令嬢。
大ピンチです。
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