ロマンスは今ここに
「アークレイ、久しぶりだな。公爵の君が王宮の夜会補佐とは珍しい。チェスターに何か弱みでも握られたのか?」
昔と変わりない態度でウィリアム第一王子は私たちを出迎えた。
お前のせいだと言いたくなる気持ちをグッと抑え「そのようなものです」と握手を交わす。
「こちらが、今回共に補佐を行う婚約者のセレスティナです」
「よろしく頼むセレスティナ嬢。こちらは妻のフローレンスだ」
紹介されたセレスティナとフローレンスは互いに挨拶を交わし合った。
そう──
手紙を受け取ったセレスティナは嬉々として、夜会の補佐を請け負った。
この夜会の主催者は、あくまで国王。
華々しいことなど何一つない裏方の仕事の上、共に行う相手は第一王子の妻フローレンス。
フローレンスが大きな派閥を仕切る王子妃ならまだしも、彼女の派閥などそもそも存在しない。
侯爵令嬢としてはこの仕事に何一つ利などなかった。
むしろ……私は心から構わないのだが、この仕事を請け負ったことで、彼女は私の公的な業務も手伝う“婚約者“として王宮に認知されることとなる。
私以外に嫁ぐ場所を失うことになるのだが、それをセレスティナは分かっているのだろうか。
『アークレイ様の婚約者で良かった、と心から喜びを噛み締めています』
そんな一文が添えられた他意のない手紙に、白目を剥きそうになったのは言うまでもない。
これは喜んでいいのか?
本当にこのまま彼女の逃げ場をなくして、囲ってしまいたくなる。
そして、今回大喜びで請け負ったセレスティナにはもう一つ謎があった。
誰と誰のロマンスを目的に来ているのかが分からないのだ。
王位争いを降りたウィリアムではあるが、妻であるフローレンスとの仲は良いように見える。
王宮に勤める他の貴族か?
第一王子の執務室には、すでに婚姻している者ばかりだぞ?
……分からない。
全く想像もできない。
私はその謎の解明を投げた。
今回の私の仕事はウィリアム王子の真意を探り、彼を王位争いの場に戻すことだ。
フローレンスに王子妃としての不足があるならば、それこそ第二夫人を娶るという手もある。
ただ、そちらについての必要は全くなかった。
他国の王族から嫁いできたフローレンスについて、これまで直接情報を得る機会がなかったが素晴らしい仕事ぶりだったのである。
この国の貴族や文化についての見識も明るく、出席者リストの作成や派閥の調整についても澱みがない。
本当に……何故ウィリアムが王位争いから離脱したのかが理解できなかった。
そして何も分からないまま時は過ぎ、着々と夜会の準備が進んでいく。
いつ彼に真意を問うのかは、もう決まっていた。
その時を見計らって、セレスティナとフローレンスに会場内の装飾や花の選定を頼む。
「わかりました。そちらはお任せください。行きましょうセレスティナ様」
フローレンスは快く請け負い、セレスティナに声をかけて席を立つ。
セレスティナも彼女に続こうと立ち上がった。
そのまま退室するかと思いきや、彼女はふわりと私の所に足を進め、内緒話でもするように耳元へ顔を寄せた。
「アークレイ様」
肌が触れそうなほど近い距離。
かすかな吐息に心臓が大きく跳ねた。
私の全意識が、次の言葉を紡ごうとするその唇に集約される。
「頑張ってくださいね」
……何を???
咄嗟に彼女を見た。
すると、セレスティナは「言わなくても分かっていますよね?」とでも言いたげな、全幅の信頼を寄せた眼差しを私に向け微笑んだ。
まさか……私は勘違いをしていたのだろうか。
彼女の行動原理は『他人の美しい恋』にのみ注がれるものだと決めつけていた。
だが、ロマンスという死線を共に潜り抜けてきた私の献身は、ついに彼女の心を動かしたのではないだろうか。
そうでなければ、ロマンスの欠片もない公務に同行を望むはずがない。
そうだ。そうに違いない。
今回、セレスティナは『ロマンス』のためでなく、国のために尽くす私のために、共に来てくれたのだ。
喜びで心が満たされる。
私はついに……セレスティナの愛を得たのだ。
「アークレイ……どうした? 何がそんなに面白い?」
ウィリアムの声で我に帰った。
どうやら表情に出てしまっていたようだ。
「いえ、何でもありません。そろそろこちらを決めましょうかウィリアム王子」
彼女の期待に応えよう。
第一王子ウィリアムを王位に押し上げ、国に真の安寧を齎す。
立ち上がった私は執務机の前に歩みを進め、ウィリアム王子の前に一枚の紙を差し出した。
「王子の入場に関してです」
「順番としては第四王子、第三王子、第二王子の順でいいのではないか? ああ、第三王子に今は婚約者はいなかったか……ならば第二王子と入れ替える方が良いか?」
「ウィリアム王子、貴方は何故出ないのですか」
私の一言が執務室の空気を切り裂いた。
部屋にいた貴族達の目が一斉にウィリアムに注がれる。
先ほどまでの穏やかな空気は姿を消し「よくも言ってくれたな」とばかりにウィリアムは私を睨みつけた。
「アークレイに話すことがある。しばし全員退出せよ」
彼が命じると、貴族達は蜘蛛の子を散らすように早足で退室した。
ウィリアムは空を仰ぐように首を傾け、盛大なため息を漏らす。
私に向き直った時、その瞳には嫌悪の色が浮かんでいた。
「アークレイは、私を王位に押し上げたいと思っているのか」
「ええ。ブラッドフォード王子を王座に座らせるわけにはいきません。第二王子も王位争いを降りた今、ウィリアム王子には王位争いに戻ってもらわなくてはならないと考えています」
「コンラッド王子がいる」
「彼がそのような器でないことはご存知でしょう? 王妃にしても、フローレンス様とロレッタ侯爵令嬢では質が違いすぎる」
私は淡々と彼に詰め寄った。
王位継承権を持つ王族として、代わりになるものがいない以上逃げることは許さない。
「私は……国王になどなりたくない」
ウィリアムは小さくそう漏らし、顔を緩めた。
「アークレイ。君は分かっているだろうが、国王なんてものは、家畜と変わりないのだ」
自分の身を憐れむように、彼は自虐的な笑みを浮かべる。
「国王という立場は大きな権力を持っているかもしれないが、正直なところアークレイやチェスターのような優秀な者が国を動かしている」
「そのようなことはありません!」
握った拳の中で、爪が掌に食い込んだ。
自身の優秀さは自負していた。
チェスターも勿論、仕事上においてはこれ以上にないほど優秀な人物だ。
ただ、私達だけで国が回るとは思っていない。
今の国王が至らないだけだ。
そのせいで、国に幾つもの派閥ができ王位継承争いが激化してるとも言っていい。
国を一つにまとめ上げる国王さえいれば、この国はもっと発展する。
そう信じているからこそ、私はここにいるのだ。
私の必死の訴えに、ウィリアムはゆっくりと首を振る。
嫌悪の色は全てを諦めたような空虚な色に移り変わっていた。
「では、国王の一番大切な仕事は何だと思う? 優秀な世継ぎを作ることだ。それこそ家畜のようにな」
国王を家畜と呼んだ彼の言葉に心臓が跳ねた。
それは、大きな権力の代償とも言っていい。
国王は、貴族達のバランスを考えて妻を娶る。
愛するものを作ることも、大切にすることも許されない。それが……今のこの国の国王だ。
「そんなモノに私はなりたくない」
セレスティナという愛する女性ができた今だからこそ、彼の気持ちは痛いほど理解できた。
国王という強権に惑わされる者がほとんどだが、彼はそうじゃない。
物事の本質を、幼い時から捉えている。
国王の椅子をここまで嫌悪するウィリアムに、これ以上何を言えるだろう。
言葉が……出てこなかった。
ウィリアムは私の顔を見て、最後の一押しだというように口を開く。
「だから……私はフローレンスを娶る時に契約結婚を持ちかけたのだ。王位から遠のくようにな」
ちょっと待て。
……セレスティナの大好きなロマンスだ!!!




