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【新装版】 畢罪の花 ~ひつざいのはな~  作者: 八刀皿 日音
三章 万花の園に朽花一輪

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第4節 地に還る者、還ったはずの者 Ⅱ


「……おや、珍しいのぅ。

 そんなに急いでどうしたんじゃ?」



 自らの執務室を出たところで、ばったりと出会ったウェスペルスの様子に――。

 碩賢(メイガス)は、見た目はいかにも子供らしく、首を傾げて尋ねる。


 ウェスペルスはよほど何かを思い詰めていたのか、彼には珍しく一瞬驚いた様子を見せたが……。

 すぐさま普段の落ち着きを取り戻し、朝の挨拶がてら一礼して、答える。



「――『霊廟(れいびょう)』へ、行ってみようと思いまして」



 碩賢は、その言葉に目に見えて眉をひそめた。


「……それはまた、お前さんらしくないの。何かあったのか?」


「グレンが……後れを取ったそうです。

 先刻、連絡が入りました」


 ウェスペルスの静かな報告に、碩賢はその大きな瞳をいっぱいに見開く。


「……何と、あのグレンがか?

 ありえんとは言わんが、信じがたいことじゃな……」


「ご存じのように、グレンには僕から一通りのことは話してありますが、カインとの直接の面識はありません。

 ――ですから、万が一を考えて……」


「霊廟へ確認へ行くと?

 安息の場所をみだりに騒がすのは感心できんが……」


 ため息混じりに首を振る碩賢。


 それを真っ直ぐ見下ろしながら、「しかし」とウェスペルスはなおも食い下がった。



「……『永朽花(アスフォデル)』……。

 碩賢は、自らその存在について、言及していらっしゃいましたよね?」



「あれが――そうじゃと言うのか?

 そもそも、永朽花自体が、理論上のものでしか……」



「――あ! ウェスペルス、こんな所にいたのね」



 二人の口論に、唐突に遠間から、少女の澄んだ声が割って入った。



 水を差された形に、お互い口をつぐんだ二人は、声のする方を見やると――。

 お付きの女官サラを従えた春咲姫(フローラ)が、小走りに近付いてくるところだった。



「――それに、先生も。

 あ……もしかしてわたし、お邪魔でしたか?」



 碩賢の存在にも気付いた春咲姫は、口元に手を当て、目を瞬かせながら交互に二人を見比べる。

 それに対し当の二人は、示し合わせたように同時に、首を横に振った。



「朝の挨拶をしていただけだよ。

 ――それで? 僕に何か用があるのかい?」


「……あ、うん、ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだけど……大丈夫かな」



 ……一瞬、答えを躊躇うウェスペルス。

 その背中を、小さな手でバシバシと叩いて――碩賢は快活に笑った。



「いいともいいとも、コキ使ってやれ。

 どうもこやつ、少し弛んでおるようだからのぅ」


 ウェスペルスは一瞬、困ったような視線を碩賢に向けたが……。

 すぐに、それとは分からないほど小さく息を吐いて、春咲姫に笑顔でうなずいて見せた。



「えっと、ホントに大丈夫? 何か用事があったんじゃ……」


「いや――いいんだ。大したことじゃないから」


 渋る少女にもう一度念を押すと、ウェスペルスはちらりと一度碩賢を振り返ってから……春咲姫たちを促して、ともに廊下を歩き去っていく。



 残された碩賢は、その後ろ姿を目で追いながらしばらく黙考していたが……。


 やがてきびすを返して、真剣な面差しで、出てきたばかりの執務室に戻っていった。









     *     *     *



 ――ヨシュアの襲来以降、中央部へと戻る列車の旅は、何の障害もない平穏なものだった。


 ただ、その間カインたち三人の間に、会話らしい会話はまるでなかった。


 初めて目の当たりにした、自分たちと同じ『人』の死について、兄妹がそれぞれに考え、思いを巡らすのを――カインはただ黙って見守っていたからだ。



 明るい雰囲気でないのはもちろんのことながら、しかし重苦しいだけでもない、清廉とした空気の中の静謐な時間。

 線路に揺れる列車のリズムですら、どこかしら柔らかく響く。


 そんな時間に終わりを告げたのは――。

 列車の進行方向を見やっていた、カインの一言だった。



「……そろそろ、駅に着くぞ」



 一見すると、まるで人の言葉など聞こえそうもないほど、物思いに沈んでいるように見えた兄妹だったが……。

 その声への反応はむしろ早く、うなずいて応えるや、すっくと立ち上がった。



 その表情からは、いまだ彼らが、感情と思考を整理し切れていないことが窺える。

 しかしそれでも、当初あったはずの怯えはいくらか和らいでいた。

 恐れは消えなくても、それを受け止めることができたからなのか――。



「すぐにでも動けるように、準備しておけ」



 余計なことは言わず、それだけを二人に告げると……。

 カインは何をする気なのか、周囲に積まれてある貨物の一つ、小さな木箱を開けて中に手を入れる。


 そして、その中に詰められていたのだろう小さな白い花を一輪、取り出した。



「それ……弔いに?」



 そうだ――と、カインは、穏やかな表情で横たわるヨシュアの亡骸に近付き、彼が胸の前で組ませたその手の中に、そっと、白い花を差し入れる。


 そして、わずかな間、(こうべ)を垂れていた。

 ――別れを告げるように。



 そうしろ、と言われたわけではない。



 だが兄妹も自然に、カインに倣い――。

 そっと、静かに、祈りを捧げていた。







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― 新着の感想 ―
[一言] カインが二人に示すもの。 悲しくて。それでいて、穏やかな。 ひとつの境目の者。ヨシュア。 何やら中央での話。これは気になるですね。 それとグレンは、ご夫婦共にかっこいいー☆
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