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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
本編
23/32

23.沢庵と不倫とジレンマと



 結局一週間で偽のヨリが戻った。

 こうなると周りも「やれやれ、なんだよ人騒がせだな」という空気を隠そうともしない。


「周りが呆れた目で見てくる……」


「俺も……痴話喧嘩なら周りに言うなって怒られた……」


 教室の前の廊下でふたり揃ってしょんぼりしていた。


「でもこんなこと繰り返したら本当にちゃんと別れた時に信じてもらえなくなるかもしれない……。気を付けなきゃな……俺は構わないけど……それだと尚が彼氏作れないし……」


「それはそこまで気にしないけど……女子がこわい」


 ぬか喜びさせるんじゃないってはっきり言って来た子もいる。もう最近は同学年にはミーハーな子はだいぶいなくなった。いや、いるにはいるんだろうけれど大人しく見てるだけだ。残ってるのは濃度というか、やたらとキャラの濃い精鋭ばかりだ。


「俺も女子がこわい……」


 瑛太の方も何かキレ気味に怒られたらしい。ふたりで少し反省して黙り込む。


 それから瑛太が顔を上げて、唐突にわたしの頭に手を伸ばし、何か熱心に撫で付け始めた。


「瑛太なにやってんの」


「これ寝癖……? なおらない」


「後で自分で見るから戦わなくていいよ……」


「これくらいならすぐ直る……ほら」


「ほらって、直ったの?」


「うん」


「じゃあ今は何やってるの?」


「尚の髪の感触が気持ちいい……」


 通りかかったクラスメイトが呆れた声をあげる。


「お前ら……ヨリ戻してから前にも増してイチャついてんなー」


「反動だ……。ほっとけ」


「藤倉君、庶民の子と別れたんですって?」


 高らかな声が聞こえて、見ると以前絡んで来た二年の……今は三年の女先輩が立っていた。確かこの先輩は、社長の娘で家がお金持ちなのが売りのお嬢様だ。


「あなたもようやく将来を見据える気になったのね! パパに話したら就職もちゃーんとお世話するって言ってたわ! あなたは私と付き合えば我が東堂院漬物株式会社の、たくあん部門のトップの座が約束されるわよ!」


 お漬物の会社なのも驚いたけれど、その若さで親のコネクションを使って堂々とそちら方面から行こうとする姿勢は、いっそ感心する。


「すいません……ヨリ戻りました……」


「は? ど、どういうこと? 別れたんでしょう?」


 どうも学年が違う分情報伝達度に誤差があったようだ。それに、破局にくらべると復縁は周りもさほど興味がないのか噂の回りが遅い。


「それが……一週間で仲直りしまして……ほら、尚も謝って」


「え、あ、すいませんでした……」


 ふたりで頭を下げる。元はと言えば瑛太が言い出したことなのに……何故わたしまで……。


 たくあん先輩が拳を握って小さくワナワナと震えだす。


「こ、このままだと私、西宮漬物食品の息子と政略結婚させられてしまうわ! 今すぐ別れて!」


「それ、嫌なやつなんすか?」


「すごい歳の離れたおじさんとか?」


「三つ上で、昔から私に意地悪ばっかり言うのよ! 嫌よ! あんなやつ!」


 なにその恋物語。楽しそうじゃないか。


 そのままたくあん先輩のお説教と身の上話を聞かされているうちに予鈴が鳴った。


「おいお前らー、チャイム鳴ったぞ。東堂院、なんでこのフロアにいるんだ。戻れ」


 パタパタと足音をさせて三輪先生が来た。たくあん先輩がいなくなってわたしと瑛太に言う。


「お前ら、すぐ仲直りするくらいならしばらく周りに言わずに寝かせとけよ……いちいち周りが騒ぐだろうが」


「す、すいません……」


 一週間別れていただけなのに……何故こんなにも周りに謝罪してまわらなければならないのか……。ていうか寝かせておく別れってなに……。





 それでもそこからまた数日経ったのちには、以前のペースを取り戻してのほほんとやれるようにはなって来た。


「そういえば最近、別れてヨリを戻したせいなのかさー」


「うん?」


「浮気相手でもいいって来たやつがいて……」


「へぇ……揺らいだ?」


「嫌だよ! “あたし、二番でも……いいよ……”とか言って目ぇ潤ませてんだぞ! あれ絶対自分に酔ってるんだよ……面倒くせえ予感しかしない!」


 面倒くさいというよりその子、将来妻帯者と不倫とかしないか心配になる。会ったことないけど。


「前にもひとりいたんだよな……」


 瑛太がしかめ面で言う。そんなのいたなんて初耳だ。


「そっちはどんな子だったの?」


「別方面に酔ってた……。あれは“奔放で身体だけの付き合いを出来ちゃう私、大人”って思ってる!」


「で、でも湿度というか怨念度は低そうだね……」


「前髪かきあげながらオトナの付き合いしようよ……フフ……とか怪しげに笑ってたんだぞ! 無理! 無理無理! 俺とは世界観が合わない」


「世界観まで気にしてたら友達出来ないよ……」


 しかしこの女性不信感……夢見がちな陽兄ともちがうし、さりとて優兄のように割り切れているわけでもない。


「瑛太ってつくづく女の子嫌いだよね……」


「女体は普通に好きだし興味あるけど……ああいうやつらは嫌いだね」


 瑛太は横目でわたしを睨んでふん、と鼻を鳴らす。


「だいたいさ、俺は偽の付き合いだけど……そんな風に自分の欲望と都合の為に男誘惑しに来て彼女が可哀想だと思わねえのかな。俺、恋愛なんかの為にそうやって平気で人を傷付けたり、出し抜いたりしようとする奴ほんと嫌い」


 久しぶりに瑛太のアレルギーとも言える反応を見て言葉を失ってしまった。本人に嘘をついて周りを出し抜いたわたしには、身に覚えがあり過ぎて心臓が縮み上がる思いだ。


「女に限んねえけどさ……」


「うん……」


「そういうやつらは恋愛の為ならなんだってやるよ。平気で嘘ついたり、人格偽ったり、友達や恋人を裏切ったり……他人の迷惑考えなかったり……ほんと見境ない」


 彼は実際に、物を盗まれたり個人情報が流れたり、勝手に写真を撮られたり、友達を失ったり、色んな嫌な目にあって来ている。その部分には同情するし、だから言いたくなるのは分かる。でも……。


「尚が浮気してるって嘘言って来たやつもいたよ」


「そうなの?」


「俺からすれば偽の付き合いなんだから、そんなことするわけないって分かってんのに……馬鹿だよな」


「そりゃ、まぁ……それやってたら訳わかんないよね」


 普通に考えてそんな相手がいるなら瑛太に言って関係を解消すればいいだけだ。偽なんだから。


「それに、そもそも尚はそういう奴じゃないって俺は知ってるから」


「そういうって?」


「恋愛恋愛って、そんなことばかりしたがって、やたらと男だとか女だとか気にして、好きな相手を追いかけまわす為に嘘ついたりするようなやつらとはちがうだろ」


「……」


「俺正直、尚くらいしか女信用できない」


「……」


「恋愛なんて計算ずくで嘘ついてまでやるもんじゃないのに……その前に人間なのに。俺そういうやつは本当嫌い」


「でもさ……もし、普通に行ったら叶わなくて、それでも好きだったら、瑛太ならどうするの?」


「そんなん素直に諦めるよ。本人がいらないものを押し付けてどうすんだよ。そんなのするやつは結局自分が可愛いだけで、相手のこと考えてない」


「そうだよね……」


 だけどわたしは“二番目でもいい”と言ったその子を、瑛太ほどは酔っていると一蹴出来ない。もしかしたら、なんとか繋がりを作ろうと、必死だったのかもしれない。

 その必死さは皮肉にも彼が嫌うものだ。

 だけど、やってはいけないと思うこと、しないことのラインはちがうけれど、わたしだって同じくらい必死だった。


 瑛太の言っていることは潔癖なまでに正論だ。


 もしもみんながその通りに出来たなら、平和だろうと思う。







 自宅に入ると優兄の部屋から話し声が聞こえて来た。

 中を覗くと、うなだれた陽兄の前に頬杖をついた優兄が座っている。中に入って何事か聞くと陽兄の恋の作戦会議だった。


「陽兄好きな人できたの? 珍しいって言うか……久しぶりだね!」


 明るく言ったけれど、陽兄は相変わらずうなだれているし、優兄は難しい顔をしている。


「で、なんで……え、まさかもう振られたの?」


 その質問には優兄が答えた。


「それがさ、こいつ彼氏の恋愛相談されてるうちに好きになっちゃったんだって」


「あぁー」


 彼氏持ちか……。なんというか。いかにもではある。陽兄ちゃんがモテないのは、相手選びの時点で失敗していることが多い気もする。


「陽の駄目なところはさ、一途な子に弱いとこなんだよ」


「なんでそれが駄目なの」


「多分きっと、彼氏に対して一途に悩んでいるところを見て好きになったんだろうけれど……他の人に一途な子を落としたところで、本当に一途って言える? そこで冷めちゃうんじゃないの」


 ジレンマだ。モテない男のジレンマ。


 ずっと床を見て固まっていた陽兄ちゃんが口を開いた。


「でも俺気持ち言いたい……」


「それ、いま伝えたら関係壊れるよね……もう少し待ちなよ。別れるかもしれないし」


 優兄はあくまで冷静だ。

 確かに相談相手から好きと言われたら、もう相談はできないだろう。気持ちを知ってて同じように相談し続けるのは少し鬼畜な感じがする。いま築いている友達関係まで無くなることになる。


「でも俺は、好きな奴にはちゃんと好きだと言いたい。嘘ついて一緒にいるのは辛くなる」


 陽兄の言葉にドキッとした。


 陽兄の話自体は決着しなかったけれど、わたしの頭に残った。


 わたしは、このままでいいんだろうか。


 騙すことに、嘘をつくことにすっかり慣れて来てしまっている。


 そこまで長期的に考えてはいなかったから、ここまで、この状態が続くとは思っていなかった。


 この関係が終わる時、彼とわたしは一体どこにいるんだろう。どんな顔をしているんだろう。

 その想像はあまり楽しいものではなくて、小さな恐怖を伴うものでしかなかった。





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