26.惑星調査④
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君は久しぶりに「セコハン・ローズ」へ行ってみる事にした。
セコハン・ローズは、スラム街の外れにひっそりと佇むジャンク屋だ。
看板の文字は半分以上が剥げ落ち、シャッターは錆びついて開閉のたびに断末魔のような悲鳴を上げる。店の前には正体不明のガラクタが山と積まれ、その一部は雨ざらしのまま朽ち果てている。
要するに、この店自体がジャンクなのだ。
皆、この店の老店主の事は「爺さん」としか呼ばない。
彼の名前を知る者はいないし、その素性すら謎に包まれている。アースタイプであることは間違いないが、年齢は不詳だ。七十にも見えるし、百二十にも見える。
下層居住区の情報通として知られており、君もしばしばその知恵を拝借しにいく事がある。
今回君が訪れた理由も当然情報を求めての事だ。
まあたまにジャンク品──もはやアンティークと化した旧式のラジオなどを買ったりすることもあるが、基本的には情報屋として重宝している。
ではなんの情報かといえば、当然ヴァリアン・ブラックウッド博士についての情報だ。
──身柄を攫われて、解体されて……みたいな事もないわけじゃねえからな
君の危惧は考え過ぎとは言わない。
君が生まれ育った下層居住区では、その手の人身売買は日常的にまかり通っている。「調査に同行してくれ」という依頼が、実は臓器売買業者への斡旋だったなどという話は掃いて捨てるほどある。
特に全身サイバネティクス化された君のような個体は、パーツ取りの対象として高値で取引されることもあるのだ。
用心に越したことはない。
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「おい、爺さん、いるか?」
君は声をかけるなりどかどかと店内に入っていった。
店内は相変わらずの混沌だった。
天井からは用途不明のケーブルが蜘蛛の巣のように垂れ下がり、棚という棚には時代も星系も異なるガラクタが無秩序に積み上げられている。
埃っぽい空気が君の嗅覚センサーを刺激した。
すると──
「なんじゃい、うるさいのう……」
そんな、枯れ木を思わせる声が奥から聞こえてくる。
暗がりの中から、ゆっくりと人影が現れた。
老店主だ。
痩せこけた体躯に、くすんだ色のローブを纏っている。顔には深い皺が刻まれ、目は濁った琥珀色をしていた。その瞳孔がゆっくりと収縮するのを見て、君は彼の眼球が義眼であることを思い出した。
旧式の、それこそ骨董品のような義眼だ。
「なあ爺さん、ヴァリアン・ブラックウッドって女の事を知ってるか?」
君は言いながら、店内を物色した。
情報を買う際、何も買わずに帰るのは礼儀に反する。
それがこの店の暗黙のルールだった。
君は棚の上からいくつかのジャンク品を手に取った。
一つ目は、二十世紀の地球で使われていたという「磁気テープ」のケース。中身は空っぽで、ラベルには「Greatest Hits」と書かれている。何のヒット曲かは永遠に謎のままだ。
二つ目は、どこかの惑星の原住民が作ったらしい呪術人形。乾燥した藁と獣の毛で編まれており、目の部分には赤い石が嵌め込まれている。呪いの効果は保証されていない。
三つ目は、何かのリモコンだ。何のリモコンかは君には全く見当もつかない。恐らくはここの店主も知らないだろう。
どれもこれも使い道などない。
だがそれでいいのだ。
この店で売られているものに実用性を求める方が間違っている。
ちなみに君は適当に選んだわけではない。何となく気になる品を選んだ。適当に選べば、それはそれで店主が臍を曲げてしまうのだ。
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「ジャンク・コレクション」という行為について。
銀河文明が高度に発達した現代において、なぜ人々は無価値なガラクタを収集するのか。
心理学者たちはこれを「ノスタルジア依存症」の一種と分類している。
過去の遺物を手元に置くことで、失われた時代への郷愁を満たそうとする行為だ。
だが別の解釈もある。
ジャンクとは、かつて誰かにとって大切だったものの成れの果てだ。
それを拾い上げ、手元に置くことは、忘れ去られた記憶に対する一種の弔いとも言える。
あるいは単に、「安いから」という身も蓋もない理由かもしれないが。
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君はそれらのガラクタを抱えてレジへと向かった。
老店主はカウンターの向こう側で、古びた椅子に腰掛けていた。
君が端末を読み取り機にかざすと、老店主はやや思案してから口を開いた。
「知っとるがね、ヴァリアンの何をどれくらい知りたいんじゃ?」
「俺にとって危険かどうか」
君は即答する。
回りくどい言い方は性に合わない。
老店主は「ふん……」と鼻を鳴らし、レジを打った。
読み取り機が光り、まあそれなり──中層居住区でそこそこ良い食事ができるくらいの額のクレジットが君の口座から引き落とされた。
情報料込みの値段だ。
ガラクタ三点の本来の価値を考えれば、べらぼうな上乗せである。
だが君は文句を言わなかった。
この爺さんの情報は、それだけの価値がある。
「ヴァリアン・ブラックウッドねえ……」
老店主は顎髭を撫でながら、遠くを見るような目をした。
「あの女は、まあ、変わり者じゃな。だが危険かと聞かれりゃ、そうでもない」
「どういう意味だ?」
「字面通りの意味じゃよ。あの女は学者馬鹿じゃ。研究以外のことには興味がない。政治にも、金儲けにも、人身売買にもな」
老店主はそこで一度言葉を切り、君をじろりと見た。
「お前さん、自分が解体されるかもしれんと心配しとるんじゃろ?」
「……まあな」
「杞憂じゃ。ヴァリアンはそういうタイプじゃない。あの女が欲しいのは、未知の生命体のサンプルであって、サイバネパーツじゃないわい」
老店主は乾いた笑い声を上げた。
「むしろ心配すべきは別のことじゃな」
「別のこと?」
「あの女の研究への執念じゃよ。ヴァリアンは目的のためなら、自分自身すら危険に晒すタイプじゃ。護衛を雇うのも、自分を守るためというよりは、研究を中断させないためじゃろうて」
老店主の言葉に、君は眉をひそめた。
「つまり、俺が危険な目に遭う可能性は高いと?」
「そりゃ当然じゃろ。お前さんが行く先は、ペルセポネ・プライムじゃろ? あそこは地獄の一丁目じゃ。フレアは降り注ぐわ、気候は狂っとるわ、何が棲んどるかも分からん。まともな神経の持ち主なら、近づこうとも思わん場所じゃ」
老店主は肩をすくめた。
「じゃが、ヴァリアンはまともじゃないからのう。あの女は本気であそこに行く気じゃ。そしてお前さんは、その狂気に付き合わされるわけじゃ」
君は黙って聞いていた。
老店主の言葉は、予想の範囲内だった。
危険な仕事であることは最初から分かっている。
問題は、その危険が「想定内」で済むかどうかだ。
「他に何か知っていることは?」
君が尋ねると、老店主は少し考え込んだ。
「そうじゃな……一つだけ、気になる噂がある」
「噂?」
「ヴァリアンの過去についてじゃ。あの女、若い頃に一度、調査中の事故で仲間を全員失っとる」
君の眉がぴくりと動いた。
「詳しく聞かせてくれ」
「詳しいことは儂も知らん。ただ、惑星ケプラー442bでの調査中に何かがあったらしい。生き残ったのはヴァリアン一人だけじゃった」
老店主の声が低くなった。
「公式には『不可抗力による事故』とされとる。だが、一部では別の噂も流れとった。ヴァリアンが仲間を見捨てたんじゃないか、とな」
「見捨てた?」
「研究を優先して、な。まあ、噂に過ぎんがの。真相は誰にも分からん」
老店主はそこで話を切り上げるように、手を振った。
「儂が知っとるのはこれくらいじゃ。あとは自分の目で確かめるんじゃな」
君は頷いた。
そしてガラクタの入った袋を受け取り、店を出ようとした。
その背中に、老店主の声がかかった。
「なんだ?」
「死ぬなよ」
その言葉は、この老人にしては珍しく、感情がこもっているように聞こえた。
君は振り返らずに答えた。
「努力はするさ」




