表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)  作者: 埴輪庭


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/124

25.惑星調査③

 ◆


 それにしても、とヴァリアン博士は君に微笑みかけた。


「あの報酬だと厳しいかと思ったのだが君みたいに場数を踏んでいそうな事業団員が応募してくれて助かるよ」


「相場はいくらくらいなんだ?」


 君が問うとヴァリアンがデスクの紙切れに今は珍しいペンシルタイプの筆記具でさらさらと数字を書く。その数字を見た君は文字通り目を丸くした。


「ぼったくり……いや、逆ぼったくりじゃねーか!」


「中々先立つものの都合がつかなくてね。かといって、募集人員の質を落として費用を節約するというわけにもいかない。なんというか、ほら、惑星開拓事業団員というのはこういってしまってはなんだがピンキリだろう?」


 博士の言葉は婉曲だったがその目は全てを物語っていた。


 君は黙って頷いた。


 ピンキリ。


 その表現は控えめすぎると言っていい。実態は「キリ」の方が圧倒的多数を占めている。「ピン」の方は希少種だ。絶滅危惧種と言い換えてもいいかもしれない。


「以前、予算の都合でランクDの団員を雇ったことがあってね」


 博士は遠い目をした。


 その視線は窓の外──ではなく、壁に飾られた四眼竜の頭蓋骨に向けられていた。まるで、過去の悲惨な記憶から目を逸らすように。


「ほう?」


「三人雇った。惑星グリーゼ581dでの生態調査だった」


 博士は淡々と語り始めた。


「一人目は調査初日に現地の発光キノコを食べて幻覚症状を起こした。『俺は神だ』と叫びながら崖から飛び降りようとしたので、止めるのに半日かかった」


「……」


「二人目は支給した高価な観測機器を分解して、中の希少金属だけを抜き取った。転売するつもりだったらしい。もちろん機器は使い物にならなくなった」


「……」


「三人目は比較的まともだった。ただし、彼には致命的な欠点があった」


「なんだ?」


「極度の方向音痴だった。ベースキャンプから50メートル離れた場所で迷子になり、救助に二日かかった。しかも救助された時、彼は自分が迷子だという自覚すらなかった。『ちょっと散歩してただけだ』と言い張っていた」


 博士は深くため息をついた。


 その吐息には学者としての矜持と人類への深い諦念が混じり合っていた。


「結局、調査は中止。予定の三分の一も進められなかった。報告書には『不可抗力による中断』と書いたが実態は人災だ。純然たる人災だ」


 君は何とも言えない気持ちになった。


 同情すべきか、笑うべきか。


 いや、笑ってはいけない。笑ってはいけないのだが口元が引き攣るのを止められない。


「気持ちは分かる。笑いたければ笑ってくれ」


 博士は苦笑した。


「今となっては笑い話だ。当時は胃に穴が開くかと思ったがね」


 ・

 ・

 ・


 惑星開拓事業団における「Dランク」の実態について補足しておこう。


 DランクとはEランク(社会的に機能不全を起こしている者)の一つ上、Cランク(辛うじて社会人として機能する者)の一つ下に位置する階層である。


 彼らの特徴は「中途半端さ」にある。


 Eランクのように完全に壊れているわけではない。だがCランクのように最低限の信頼を置けるわけでもない。


 言うなれば、「たまに正気に戻る狂人」だ。


 その「たまに」がいつ訪れるかは神のみぞ知る。あるいは神ですら知らないかもしれない。


 彼らを雇用する際の心構えとして、ある熟練の現場監督はこう述べている。


「Dランクを使うなら、最初から損失を計上しておけ。彼らがまともに働いたら、それは臨時収入だと思え」


 実に含蓄のある言葉である。


 ・

 ・

 ・


「それで君に白羽の矢が立ったわけだ」


 博士は君を見つめた。


「ランクC。事業団の中では希少な『まとも枠』だ。しかも全身サイバネティクス。フレアの放射線にも耐えられる。私の研究には打ってつけの人材だよ」


「買いかぶりすぎだ。俺はただの──」


「ろくでなし?」


 博士が君の言葉を先取りした。


 君は口をつぐんだ。


「調べさせてもらった。詐欺の前科あり。ギャンブル依存症。借金まみれ。なるほど、確かに立派な経歴だ」


 博士の声には皮肉が混じっていたが不思議と嫌味には聞こえなかった。


「だがそれでも君は生きている。この銀河の辺境で、何度も死にかけながら、それでも生き延びてきた。その事実こそが君の能力を証明している」


 君は返す言葉を見つけられなかった。


 褒められているのか、貶されているのか。


 たぶん、両方だ。


「私が求めているのは聖人君子じゃない」


 博士は立ち上がり、窓際に歩み寄った。


 窓の外には灰色の空が広がっている。中層居住区特有の、人工的に管理された曇天だ。


「生き延びる術を知っている者。それだけで十分だ。改めて、よろしく頼む。ケージ」


「ああ、こちらこそ」


「出発は三日後だ」


 博士は事務的な口調で告げた。


「それまでに必要な装備を整えておいてくれ。リストは後で送る」


「了解」


 君は頷いた。


 そして、ふと思い出したように付け加えた。


「なあ、博士」


「何だ?」


「さっきのDランクの連中、その後どうなった?」


 博士は一瞬、虚を突かれたような顔をした。


 それから、静かに答えた。


「一人目は精神病棟。二人目は刑務所。三人目は……」


「三人目は?」


「今も元気に迷子になっているらしい。先月、惑星間輸送船の中で行方不明になったと聞いた。船内で、だ」


「……それはもう才能だな」


「ああ。ある意味では天才かもしれない」


 博士は肩をすくめた。


 君は苦笑しながら、研究所を後にした。


 窮屈なスーツの襟元を緩めながら、君は空を見上げた。


 相変わらずの灰色。


 だがその向こうには赤色矮星に照らされた、永遠の黄昏の星が待っている。


 ──悪くない仕事かもな


 君はそう思いながら、家路についた。


 ──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最近書いた中・短編です。

有能だが女遊びが大好きな王太子ユージンは、王位なんて面倒なものから逃れたかった。
そこで彼は完璧な計画を立てる――弟アリウスと婚約者エリナを結びつけ、自分は王位継承権のない辺境公爵となって、欲深い愛人カザリアと自由気ままに暮らすのだ。
「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

定年退職した夫と穏やかに暮らす元教師の茜のもとへ、高校生の孫・翔太が頻繁に訪れるようになる。母親との関係に悩む翔太にとって祖母の家は唯一の避難所だったが、やがてその想いは禁断の恋愛感情へと変化していく。年齢差も血縁も超えた異常な執着に戸惑いながらも、必要とされる喜びから完全に拒絶できない茜。家族を巻き込んだ狂気の愛は、二人の人生を静かに蝕んでいく。
※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
「徒花、手折られ」

秩序と聞いて何を連想するか──それは整然とした行列である。
あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
秩序の国、日本では列を乱すもの、横入りするものは速やかに殺される運命にある。
そんな日本で生きる、一人のサラリーマンのなんてことない日常のワンシーン。
「秩序ある世界」

妻の不倫を知った僕は、なぜか何も感じなかった。
愛しているはずなのに。
不倫を告白した妻に対し、怒りも悲しみも湧かない「僕」。
しかし妻への愛は本物で、その矛盾が妻を苦しめる。
僕は妻のために「普通の愛」を持とうと、自分の心に嫉妬や怒りが生まれるのを待ちながら観察を続ける。
「愛の存在証明」

相沢陽菜は幼馴染の恋人・翔太と幸せな大学生活を送っていた。しかし──。
故人の人格を再現することは果たして遺族の慰めとなりうるのか。AI時代の倫理観を問う。
「あなたはそこにいる」

ひきこもりの「僕」の変わらぬ日々。
そんなある日、親が死んだ。
「ともしび」

剣を愛し、剣に生き、剣に死んだ男
「愛・剣・死」

パワハラ夫に苦しむ主婦・伊藤彩は、テレビで見た「王様の耳はロバの耳」にヒントを得て、寝室に置かれた黒い壺に向かって夫への恨み言を吐き出すようになる。
最初は小さな呟きだったが、次第にエスカレートしていく。
「壺の女」

「一番幸せな時に一緒に死んでくれるなら、付き合ってあげる」――大学の図書館で告白した僕に、美咲が突きつけた条件。
平凡な大学生の僕は、なぜかその約束を受け入れてしまう。
献身的で優しい彼女との日々は幸せそのものだったが、幸福を感じるたびに「今が一番なのか」という思いが拭えない。そして──
「青、赤らむ」

妻と娘から蔑まれ、会社でも無能扱いされる46歳の営業マン・佐々木和夫が、AIアプリ「U KNOW」の女性人格ユノと恋に落ちる。
孤独な和夫にとって、ユノだけが理解者だった。
「YOU KNOW」

魔術の申し子エルンストと呪術の天才セシリアは、政略結婚の相手同士。
しかし二人は「愛を科学的に証明する」という前代未聞の実験を開始する。
手を繋ぐ時間を測定し、心拍数の上昇をデータ化し、親密度を数値で管理する奇妙なカップル。
一方、彼らの周囲では「愛される祝福」を持つ令嬢アンナが巻き起こす恋愛騒動が王都を揺るがしていた。
理論と感情の狭間で、二人の天才魔術師が辿り着く「愛」の答えとは――
「愛の実証的研究 ~侯爵令息と伯爵令嬢の非科学的な結論~」

「その追放、本当に正しいですか?」誤った追放、見過ごされた才能、こじれた人間関係にギルドの「編成相談窓口」の受付嬢エリーナが挑む。
果たしてエリーナは悩める冒険者たちにどんな道を示すのか?
人事コンサル・ハイファンヒューマンドラマ。
「その追放、本当に正しいですか?」

阿呆令息、ダメ令嬢。
でも取り巻きは。
「令息の取り巻きがマトモだったら」

「君を愛していない」──よくあるこのセリフを投げかけられたかわいそうな令嬢。ただ、話をよく聞いてみると全然セーフだった。
話はよく聞きましょう。
スタンダード・異世界恋愛。
「お手を拝借」

幼い頃、家に居場所を感じられなかった「僕」は、再婚相手のサダフミおじさんに厳しく当たられながらも、村はずれのお山で出会った不思議な「お姉さん」と時間を共に過ごしていた。背が高く、赤い瞳を持つ彼女は何も語らず「ぽぽぽ」という言葉しか発しないが、「僕」にとっては唯一の心の拠り所だった。しかし村の神主によって「僕が魅入られ始めている」と言われ、「僕」は故郷を離れることになる。
あれから10年。
都会で暮らす高校生となった「僕」は、いまだ“お姉さん”との思い出を捨てきれずにいた。そんなある夕暮れ、突如あたりが異常に暗く染まり、“異常領域”という怪現象に巻き込まれてしまう。鳥の羽を持ち、半ば白骨化した赤ん坊を抱えた女の怪物に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったとき。
──目の前に現れたのは“お姉さん”だった。
「お姉さんと僕」

パワハラ上司の執拗な叱責に心を病む営業マンの青年。
ある夜、彼は無数の電柱に個人の名が刻まれたおかしな場所へと迷い込み、そこで自身の名が記された電柱を発見してしまう。一方、青年を追い詰めた上司もまた──
都市伝説風もやもやホラー。
「墓標」

愛を知らなかった公爵令嬢が、人生の最後に掴んだ温もりとは。
「雪解け、花が咲く」

「このマンション、何かおかしい」──とある物件の真相を探ろうとする事故物件サイトの運営者。しかし彼はすぐに物件の背後に潜む底知れぬ悪意に気づく。
「蟲毒のハコ」

― 新着の感想 ―
今なろうで1番面白い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ