21.めんどくさそうな男
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「別にお前をどうこうしようっていう積りはないよ──今のところは」
ローレンはそう言って優雅な仕草で君から離れた。
その「今のところは」という一言が君の精神を逆撫でする。
まるで切れ味の悪いナイフで首筋をゆっくりと削られているような、そんな不快感だ。
君は努めて平静を装いながら答えた。
「そりゃ……まあ、助かりますがねぇ。お偉いさんが俺に何の用件なんです?」
どうせろくな用件ではなかろうと思いつつ君は尋ねた。
声には媚びと警戒が半々に混じっている。
我ながら情けない声だと思ったが相手が相手だ。下手な態度は取れない。
「さっきも言ったけれど、面白そうな奴だと思ってね。軽く挨拶しただけさ」
ローレンはまるで品定めでもするかのように君の全身をじろりと眺めた。
「こういう仕事はお前らしくない気もするけれどたまにはいいか。余り無茶をやってあっさり死なれてもつまらないしね」
まあでも、とローレンは顎に指を当てて何やら思案している様子だ。
「無茶がしたい──って時は僕に声をかけてくれよ」
ローレンはにこりと笑った。
その笑顔は完璧に整っているが、温度は感じられない。
「死人がゴロゴロでる大きい仕事を紹介してあげるから。君、金が欲しいんだろう? 大きく稼ぎたくなったら声をかけてくれ」
「……覚えておきますよ」
君は曖昧に答えた。まあ内心では、危ない仕事じゃなくて面白い仕事がしたいんだけどなぁ、などと考えていたりするのだが。
「そうしてくれ。連絡先は君の端末に送っておくよ、それじゃあね」
ローレンはそう言って君に背を向けた。
その足取りは軽やかでまるでダンスでもしているかのようだった。
彼が去った後君は深くため息をついた。
嵐が過ぎ去ったような気分だ。
だがそれは一時的なものに過ぎない。
あの男はまた現れるだろう。それも……余り良くないタイミングで。
君は自分の勘がそう告げているのを感じた。
だがその勘を信じるかどうかはまた別の話だ。
実のところ、君は自分の勘をあまり信用していない。
◆
「おい、ケージ。大丈夫か?」
一部始終を見ていたバズが心配そうに近づいてきた。
「ああ、今のところはな」
「目をつけられちまったか。気をつけろよ」
「ああ、分かってるさ」
君はそう言って再びフロアの巡回に戻った。
だがその足取りは先ほどよりも少し重かった。
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惑星開拓事業団の組織構造は複雑怪奇である。
表向きは一つの巨大な組織だが、その内部には無数の派閥が存在し常に権力闘争が繰り広げられている。
そんな組織の幹部職員になるということは並大抵のことではない。
能力はもちろんのこと運も必要だし、そして何より冷酷さが必要だ。
その点、ローレン・ナイツという優男には適正があった。
そんな男に目をつけられたということは、君にとって最大の不幸と言えるだろう。
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その後のシフトは平穏無事に終わった。
君はロッカールームで窮屈な制服を脱ぎ捨てた。
これでこの仕事ともおさらばだ。
「よう、ケージ。本当に今日で最後なんだな」
バズが名残惜しそうに言った。
「ああ。世話になったな、バズ」
君は短く答えた。
「お前がいなくなると寂しくなるぜ。また虹の架け橋理論について語り合いたかったのによ」
バズは本気で残念がっているようだった。
君は少しだけ笑った。
そして真実を告げることにした。
「あれはデタラメだぜ。信じるなよ」
「え? マジか?」
バズは目を丸くした。
「ああ、マジだ。全部俺の思いつきさ。お前、騙されやすいから気をつけろよ」
君はそう言ってバズの肩を叩きながら言う。
「じゃあな、バズ。元気でやれよ」
君はそう言ってロッカールームを後にした。
バズはしばらくの間君の背中を見送っていたが、やがてため息をついて自分のロッカーに向かった。
◆
セレスティアル・ガーデンを後にした君は一路惑星C66へと向かった。
ハイ・クラスから見下ろす惑星C66は青と緑の美しい星だ。
だがその美しさの裏には醜い現実が隠されている。
君はそのことをよく知っている。
君が帰還したのは中層居住区にあるアパートメントだった。
以前住んでいた下層居住区のボロホテルとは比べ物にならないほど立派な建物だ。
『お帰りなさい、ケージ』
玄関を開けると、聞き慣れた声が響いた。
見るとそこには丸いボディのガイドボットが浮かんでいた。
ミラだ。
「ただいま、ミラ。留守番ご苦労さん。変わりはなかったか?」
『特に問題はありません。ケージが不在の間も私は情報収集を続けていました』
ミラはそう言って壁にホログラムを投影した。
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「なんだこりゃ?」
君は首を傾げた。
『惑星開拓事業団の団員たちが利用している非公式の電子掲示板です』
そこには古臭いテキストベースのインターフェースが表示されている。
背景は黒く文字は緑色。
いかにもアングラな雰囲気が漂っていた。
事業団員たちの生の声が書き込まれる掃き溜めのような場所である。電子版の下層居住区といったところか。
君は興味本位でその中の一つを覗いてみることにした。
◆
惑星開拓事業団員専用スレ Part11451
1 名前:名無しの開拓者
今日も一日死なないように。
次スレは>>950が立てること。無理なら安価。
2 名前:名無しの開拓者
>>1 乙。
もう死んでる奴もいるだろうけどなw
3 名前:名無しの開拓者
朝から縁起でもねえこと言うなよ。
俺は今日から惑星J42の生態系調査だ。ランクBだから楽勝だろ。
4 名前:名無しの開拓者
>>3 ランクB詐欺乙。
あそこ、先遣隊が適当こいてるからな。実際はDかEだぞ。
5 名前:名無しの開拓者
>>4 マジかよ……。
推奨装備は自衛可能なものって書いてあったけど、そんなにヤバいのか?
6 名前:名無しの開拓者
>>5 ヤバいなんてもんじゃねえ。
あそこの原生生物、全部肉食だぞ。しかも酸を吐いてくる。
俺のダチはそれで顔半分溶かされた。
7 名前:名無しの開拓者
>>6 ヒエッ……
まあ、俺は運がいいから大丈夫だろ。
8 名前:名無しの開拓者
>>7 綺麗な死亡フラグだな。冥福を祈る。
9 名前:名無しの開拓者
そういえば、ランクEの奴がまたやらかしたらしいな。
デブリ回収の仕事で、宇宙服のヘルメット閉め忘れてそのまま宇宙空間に飛び出したとか。
10 名前:名無しの開拓者
>>9 ああ、聞いた聞いた。
「俺は自由だ!」って叫んでたらしいぞw
11 名前:名無しの開拓者
>>10 自由(物理)。馬鹿の極みだな。
まあ、あいつら元々ヤク中か重犯罪者だからな。まともな奴はいねえよ。
12 名前:名無しの開拓者
お前らだって似たようなもんだろ。
俺も含めてな。
13 名前:名無しの開拓者
【悲報】ワイ将、支給された防護服が既に穴あき。
14 名前:名無しの開拓者
>>13 あるある。
俺なんて最初から片腕がなかったぞ。返品不可だってよ。
15 名前:名無しの開拓者
>>14 それはもう服じゃねえだろw 欠陥品だろw
16 名前:名無しの開拓者
事業団の装備管理はどうなってんだよ。
経費削減も大概にしろ。俺たちの命は幾らなんだ。
17 名前:名無しの開拓者
>>16 100クレジットライター以下だろ。
幹部連中は安全な場所で美味いワイン飲んでるんだろうな。
18 名前:名無しの開拓者
惑星Pの光るキノコ、食えるって言ったやつ誰だよ。
腹の中で発光してんだけど。助けて。
19 名前:名無しの開拓者
>>18 お前天才かよw
これで夜間作業の照明代わりになるな。エコだぜ。
20 名前:名無しの開拓者
>>18 腹減ってたのか?
レーションあるだろ。
21 名前:名無しの開拓者
>>20 あのクソ不味い合成プロテインの塊を食うくらいならキノコ食った方がマシだろ。
「ビーフ味」って書いてあるのに、どう考えても虫の味しかしない。
22 名前:名無しの開拓者
>>21 それ、本当に虫が入ってるんじゃねえの? w
コスト削減でタンパク源変えたって噂だぞ。
23 名前:名無しの開拓者
お前ら贅沢言うなよ。
食えるだけマシだろ。文句言うなら辞めちまえ。
24 名前:名無しの開拓者
辞められるならとっくに辞めてるわ。
借金がなけりゃな。
25 名前:名無しの開拓者
そういえば、K指定の惑星に行った奴いる?
K999とか。
26 名前:名無しの開拓者
>>25 ああ、あの「肉の惑星」か。
あれマジでヤバいぞ。有機物なら何でも溶かす酸の海。足を踏み入れたら最後。
27 名前:名無しの開拓者
>>26 お前生きてたんか。
28 名前:名無しの開拓者
>>27 なんとかな。
だが一緒に行ったチームは全滅した。俺一人だけだ。
29 名前:名無しの開拓者
うわぁ……。
やっぱりK指定は魔境だな。金はいいが、命あっての物種だわ。
30 名前:名無しの開拓者
なあ、誰か惑星V-22行ったことある?
31 名前:名無しの開拓者
>>30 俺行った。景色は綺麗だけど、精神的に来るぞ。
32 名前:名無しの開拓者
どう来るんだ?
33 名前:名無しの開拓者
砂嵐の音がマジで女の悲鳴に聞こえるんだよ。精神安定剤持って行った方がいいぞ
34 名前:名無しの開拓者
>>33 オカルトじゃねえか。怖すぎだろ。
35 名前:名無しの開拓者
遮音装置を貫通してくるの笑えるよな
36 名前:名無しの開拓者
死ぬわけじゃないけど病むんだよな
37 名前:名無しの開拓者
今度惑星U101行くんだけどなんか情報ある?
38 名前:名無しの開拓者
>>37 俺、行ったぜ。
景色は最高だったが、仕事は最悪だった。
39 名前:名無しの開拓者
どう最悪だったんだ?
40 名前:名無しの開拓者
空から鮫が降ってくるんだよ。マジで。
しかも、でかい。小型船くらいあるやつがバンバン落ちてくる。
41 名前:名無しの開拓者
鮫!? なんで空から鮫が? 意味わからん。
42 名前:名無しの開拓者
知らん。あの星は重力異常があるからな。
水柱と一緒に巻き上げられて、そのまま落ちてくるんだろ
43 名前:名無しの開拓者
怖すぎだろ……。行きたくねえ。
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「なあミラ、これ俺も書き込めないのか?」
君はまるでタバコの火を借りるような気軽さで尋ねた。
『あまりお勧めはしません』
ミラの返答は素早くそして冷徹だった。
その声には一切の感情が籠もっていない。
「なんでだよ。面白そうじゃねえか」
『この掲示板を利用しているのは基本的に犯罪者かそれに類する者たちです。彼らは独自のネットワークを持っており些細な情報から個人を特定することに長けています』
ミラは淡々と説明した。
『もし特定でもされたら面倒なことになりますよ』
「大丈夫さ。俺はそんなヘマはしねえよ。昔から口は堅い方だ」
君は自信満々に言った。
勿論それは嘘だ。
君の口はザルよりも穴だらけである。
『それに』
ミラは君の言葉を無視して続けた。
そして君の致命的な欠陥を的確に指摘したのだ。
『ケージは調子に乗りやすいですから』
ミラは淡々と言った。
『最初は匿名性を保っていたとしても、すぐに余計な事を書き込んでしまい特定されかねません』
ぐうの音も出ないとはこのことだ。君は反論しようとしたが言葉が出てこなかった。
ミラの指摘は寸分の狂いもなく真実を射抜いていたからだ。
脳裏に過去の失敗が次々と蘇る。
調子に乗って口を滑らせたせいで詐欺がバレたりヤクザに追い回されたりしたこと。
女の前で格好をつけて大金をスッたこと。
そして何よりギャンブルで身を滅ぼしたこと。
全部自分の脇の甘さが原因だ。
──畜生。
君は内心で毒づいた。
だが反論できない以上黙っているしかない。
「……分かったよ。やめとく」
君は不貞腐れたように言って端末を閉じた。




