お料理教室。(司)
畏れ多くも評価を頂きまして、現状で評価していただいたにも関わらず別ルートに入るのはどうなんだろう、
と思いましたので、このままのストーリーで進めたいと思います。
☆ 四月二十三日(月)21:50 ☆
はい、おやすみなさい。そう打って、絵文字と顔文字を付ける。
「送信っと。うぇえ……」
先輩とのメールは神経使う……。何で私、生徒会長とメル友になってるん? 他の男子は気楽でいいんだけどね。てか皆普通に絵文字とか使うのな。男だった頃は途中で飽きて使わなくなったけど、今のとこ5……6人? 全員顔文字絵文字使いまくってるし。……頑張ろ。
他の男子はともかく、生徒会長は気さくで話は面白いし、切るタイミングが見つからないって言うのがまた辛い。嫌じゃないけど、なんかこう、裏切ってる感があるのがしんどい。
「あらあら、司ってばもう彼氏できたの?」
「なわけあるかぁ!」
がばっと体を起こすと、兄さんが顔面蒼白で姉さんは眉間に皺を寄せていた。
どうしてこの人たちには記憶にあるはずの男だったっていう前提がうっすいんでしょう。
「この前お礼っていって色々奢ってくれた生徒会長だよ」
水族館行ったり中華街行ったり、本当に楽しかったよ畜生。
小耳に挟んだ程度だけど、あの人も特待生らしい。見た目良し、頭良し、器量良し。あーいう人にはファンとか多いんだろうし、彼女になる人はなる前もなった後も大変だろうな。ソースは俺。散策中、いくつかの視線を感じました。ええ。因みに直がそこに含まれてないことは偶然確認できたから良かった。
「左沢の奴……ほんとに…………つもり……?」
「え? 姉さん何か言った?」
「ううん。何でもない」
生徒会長、本名が左沢義人だから会長のことを言ったんだと思ったけど、気のせいらしい。
「それはそうと、あんたたち変なことしようとしてるでしょ」
姉さんは比較的真面目な顔をしている。この間の画像程ではないけど、私事を話す時の雰囲気じゃない。
だけど、変なことと言われても思い当たる節がない。解消部のことは(お金とか本来の活動みたいなやばそうなこと以外)話してあるし、複数でなると一つも思いつかなかった。
「変なことって?」
「可愛いく恍けたってダメ。ちゃんと知ってるんだから」
怒りながらなぜ抱きつく。なぜ撫でる。なぜ頬ずりする。そもそも可愛い子ぶったつもりは全くないし、恍けてもいない。
「本当に何のこと?」
「え……本当に知らないの? 土曜の強歩大会、1年で直ちゃんの手作りスイーツ賭けて勝負するんでしょ?」
「え? ああ、智と咲の勝負ね」
1年っていうから、てっきり一年生全員で勝負するのかと思った。
「あれ? 生徒会で聞いた話だと一年全員って話だったけど」
「えー」
拡散早過ぎ。っていうか本人の意向無視して決めんなよな。
「生徒会でも意見が分かれちゃってね」
「止めさせるかどうか?」
確かに、自然を楽しみながら体を鍛えるっていう健全なコンセプトに賭け事は良くない。実際、上位に入賞しても運動部で優遇されるとかいう噂があるくらいで、賞品とかは無いらしい。
「ううん。参加するかどうか」
ちくしょう。真面目な説明が前振りになっちまった。
いや、そこで参加するって即決しないあたり、まだ健全だろう。……健全であって欲しい。
「姉さん。勿論姉さんは止めたよね?」
「だって食べたいし」
「会話をすっ飛ばさないでくれるかな」
参加側かよ姉さん。
「私も直ちゃんの手作り食べたい~」
体をくねくねさせるな気持ち悪い。
「……直なら、頼めば普通に作ってくれると思うよ。料理好きだし」
「いいわ~。料理してる姿もいいわ~」
宙を仰ぐように目を閉じ、涎を垂らす姉さん。残念な美人とはこの人のためにある言葉なんだろう。
「妄想で満足できるならいらないね」
「現実がいい!」
「親友を危ない目にあわせられません! ちょっとは自重しなさい!」
って、どうして俺が注意する側になっているのだろう。これが攻守逆転ってやつか。
「司の意地悪~。でも可愛いから怒れない~」
「姉さん……もうキャラがぐっちゃぐちゃだよ」
ついでに抱き着いてくるから服も髪もぐっちゃぐちゃだ。
「キャラなんかいらない。司と直ちゃんがいれば、それでいい」
何かの宣伝文句みたいになってるけど、それただの欲望じゃん。
ああ、もうツッコミきれない。兄さんだって無関係じゃないはずなのに、このまえボコボコにされたせいか何も言ってこないし。
「決めた。生徒会主催で、直ちゃん手作りスイーツ争奪強歩大会を開催するわ」
「え、ちょ、そんな決定権が姉さんにあるの!?」
「勿論。左沢はあんまり乗り気じゃなかったけど……そうだ。生徒会限定でいいから、司も景品作らない?」
何を言い出すのかと思ったら。
「嫌だよ。面倒臭い。っていうか料理なんてしたことないし」
最後にやったの、たぶん中学の時の調理実習じゃないかな。ゆで卵と……なんだったっけ。
それがどれだけ決定的なことか分かってる筈なのに、姉さんは怯むどころか満足げな笑顔を浮かべる。
「大丈夫大丈夫♪ 司が作った、ってことが大事なのよ」
そうだろうか。
機械が作ったお菓子と、直が作ったお菓子。味が一緒ならどちらを選ぶか。
勿論直のだ。確かに誰が作ったかっていうのは大事かもしれない。
けれども、だ。
「……そんなん誰が欲しがるの? 罰ゲーム用っていうなら絶対嫌だよ」
面倒臭い上に傷つくとか、なんでそんな自虐的なことをしなきゃいけないんだ。
「私」
「姉さんかよ! じゃあ別に競う必要ないじゃんか!」
兄さんが手を挙げてるのが視界の端に映ったけど、今は無視。ここでちゃんと分かってもらえなきゃ、これから事あるごとに言われそうで怖い。
でも、姉さんは引かない。
「他にも大勢いるよ。そいつらを蹴落とし、羨望の眼差しの中で至高の景品を口にする。……最高じゃない!」
「うん。私が知る限り、最高のドSっぷりだと思うよ」
「でしょう?」
「ここは突っ込んでよ!」
何その器の大きさ!
否定してよ! 体裁だけでもいいから!
と、何を思ったのか、姉さんは頬を朱に染めた。
「突っ込んでなんて……司が望むなら吝かではないわ」
「ごめんなさい。どんな勘違いしてるか言わなくていいから撤回させて下さい」
お姉ちゃん……今日は本当にどうしてしまったんだろう。
返して! 本物の姉さんを返してよ!
と思ったけど、ゴミを見るような目で見られるのもなかなか辛いものがあったから、どっちもどっちだった。心を削られるのはどっちも同じくらいだし。
「ざーんねーんだなー」
「ちっとも残念そうじゃなくて安心したよ……」
「それはそうと」
今までのは本当に冗談だったようで、姉さんは真面目な、それでいて柔らかい微笑を浮かべる。
「本当に作ってみない? 少しは嗜んでおいた方がいいよ」
「……時間があればね」
真面目な助言なら、拒否する理由は無い。婉曲な肯定になっちゃったのは、簡単に頷いてしまっては姉さん思うつぼだ、ってビビったから。
「うん。決定ね」
そんなことは、姉さんには御見通しだったみたいだけど。
☆ 四月二十四日(火)07:49 ☆
「――ってことがあったんだよ」
昨夜家で姉さんから仕入れた情報を伝えた。部室ってほんと便利。前みたいに盗撮される心配もないしね!
結局誰の手に渡ろうが作ることには変わりないせいか、直は怪訝そうな表情をしたものの嫌そうな顔は全くしなかった。
「道具と材料が同じなら、誰だって同じもの作れるのにね」
ここで違うって否定しても直が信じないことはもう分かってる。だけど、姉さんの言葉、今なら言える。
「誰が作ったかっていうのが大事なんだよ」
「なら、司とか、クラスの人の方がいいんじゃない? 皆綺麗で可愛いし」
綺麗(な心)だろ? これ、マジで言ってるんだぜ。
まぁ後半は認める。異論はない。
「それは置いといて、今日の放課後って部室行く?」
「うん。そのつもりだけど、どうかした?」
今日の直はお菓子の入ってそうな袋を持ってなかった。だからその判断が付かなかったんだけど、これで最低条件はクリアだ……!
「ならさ、今日、お菓子の作り方、教えてくれないかな」
「いいよ」
直ってばほんとぐう聖。
「でもどうして急に学校で?」
「ちょっとね……」
家では母さんや姉さん、それに兄さんが反応して落ち着かないだろうし、もしかするとお父さんも……って結局家族全員がダメっぽいから、家じゃない場所で作らなきゃいけない。他の人の家で作るのはちょっと敷居が高い気がして、それなら家庭科室借りればいいじゃん、って思った。姉さんはそこまで予想してそうだけど、流石に昨日の今日で作ろうとしてるとは思うまい。
「ふぅん……?」
な、何か、直の視線が痛い気がする。
「……誰かにあげるの?」
成る程。直は勘繰っているわけだ。疑ってる相手は左沢会長ってところかな。普通の目で見ればデートした直後にこれだから、何か良からぬ誤解をしてしまうのも無理はないかもしれない。そう、例えばこの前誘われた時、隣で目を輝かせ始めた朋のように。
家族といい直といい、どうしてそうすぐに初期設定を忘れてしまうかね。
時間が経つにつれ、身体に精神が適応していくなんてこと……話的にありそうだなぁ……。前の身体の記憶を忘れて行って、この身体の記憶が上書きされていくとか。んで、私たち、どうして集まったんだろうね、とか言ってなんとなく集まりが悪くなっちゃって、最後に何かのイベントで撮っておいた写真とかで思い出して部室に集まってハッピーエンド。うん。イイハナシダナー。どっかにありそう。
それはともかく。
「姉さんに言われたんだよ。料理くらいできるようになれって」
あれ、違う気がする。……まぁいいか。それより、そもそも姉さんって料理できるんだろうか。家で料理どころか手伝いすらやってるとこ見たことないんだけど。
……騙された?
「そっか。お姉様が言うなら間違いないね」
「ちょっと待とう直。今ならまだ言い間違いで済むから言い直そうか」
いつの間にか親友が姉の配下に加わっていた。兄さんが言うには、二・三年生の過半数以上の女子が参加している派閥の頂点らしい。食蜂か! ということでまさかとは思うが洗脳されてる疑いがある。
「え? お姉さんが言うなら間違いないね……だっけ?」
「うん。それでいい」
ていうか何? 気付かないうちに浸食されていくの? 本当に能力者なの?
「でも何作る? 家庭科室なら、大抵の道具はあると思うけど」
「うーん……」
考えてる時間がもったいないので、部室から教室に移動しながら考えることにした。
シュークリームは無し。直のと比べられたら悲惨で無残な結果は目に見えてるし。良く考えたら選べるほどの知識が私に有るわけが無かった。
「基本的なのって何?」
「基本的? うーん……やっぱりクッキーかな……?」
クッキー! うん。何ともベタな感じがいいんじゃないだろうか。失敗してもそれもまたベタで、狙ってやったことにもできるしね!
とある無能の男子生徒は言った。
不器用な子が頑張って作った、手作り感こそがなんちゃらかんちゃら!
……まぁちゃんとは覚えてないけどそんなとこだ!
「よし! クッキーでおなしゃす!」
「? うん」
よし、これで後は家庭科室の確保と、材料を買ってくるだけだ。
家庭科室は料理研究部が使ってるはずだから、隅っこを貸してもらえればいい。料理研に入ってる桃花さんもいるし、頼み込めばなんとかなるだろう。きっと。
材料は……部費でなんとかしてみよう。悠に相談して、ダメなら自腹でいいや。
☆ ☆ ☆
「どうしてこうなった」
私の呟きは、家庭科室の喧噪に掻き消されてしまう。
超満員っすよ。家庭科室。先生までいるし。余計な男子までいるし。
いや、最初は朋と梓を誘っただけなんだ。そこまではよかったんだ。でも、部活があるから行けないって咲が騒いだせいで皆にバレて、帰宅部の女子が参加。男子が野次馬になってしまった。
「えー、ちょ、そーいう女子力アピ恥ずかしくね?」
「お菓子作りとか(笑)あざとすぎて引く」
的な反応を恐れていた私の時間を返してください。
「ごめんね、桃花さん」
「いいよ~。それと愛果でいいよ~」
ほわんほわんと微笑む桃花さん改め愛果は、まったく怒ってたり嫌そうには見えない。でも、いつもにこにこしてるから、本当に許してくれてるのか分からなくてちょっと戸惑う。
「でも、男子はちょっと邪魔かな~」
そりゃそうだ。何もする気ないくせに食い物に有り付こうなんて、なんてふてぶてしい。
「作らない人は出てってね~」
なんとも緊張感のない注意である。案の定、これで積極的に出て行こうという奴はいない。本気かどうか判別がつかなくて、出て行った方がいいかもしれないけど皆出て行かないしな~、っていう優柔不断な奴が数人いるくらい。まぁ、エプロン姿の美女美少女だらけだから、目の保養目的でいる男子もいるかもしれない。
「ほら。男子は出てった出てった。気が散ると危ないからな」
流石に見かねた先生が男子を追っ払ってくれた。権力はこういう風に使うべきだよね。それでも男子には不満があったようだけど、
「片付けやってくれる奴にはご褒美くれてやるから」
という鶴の一声で見事に退散した。家庭科を担当している具下場先生は美人なんだけど、その飾らない性格から男子よりも女子に人気があるらしい。ただ、本人は独身であることを気にしているという情報もある。何のために料理を勉強したんだか、とぼやいている所を目撃されたとか何とか。
「しっかし、お前ら揃いも揃っておしかけやがって。バレンタインだって全然先じゃないか」
苦笑ですら下手な男よりカッコいいんじゃないだろうか。
「マフィンの練習だったっけ?」
「はい」
クッキーは生地を寝かせなければならなくて時間がかかるから、人が増えたのでそういった手間がないらしいマフィンになった。
材料は皆で金を出し合って買ったおかげで、一人あたりの負担が減って安く大量に仕入れることができた。買ったスーパーとしてはいきなりたくさん減って困ったかもしれないけど、そんな日もあるよね。
「白水。お前が教えるのか?」
先生はたぶん、実力どうのこうのではなく、単純に教える人数の心配をしているんだと思う。伊達に教師をやってない。
「その予定だったんですが……先生やお料理研の方にご教授頂いけたら幸いです」
「……か、固いなお前は。子供なんだから、もっと子供らしくしておけ」
あ、まずい。
そういうことを言われると、最近の直はその通りに合わせようとするんだ。女子限定なあたり、きっとそうすることがその人のためになるとか思っちゃってるのかもしれない。
「ありがとうございます、先生。じゃあ、お言葉に甘えちゃっていいですか?」
「……あ、ああ」
はい堕ちた。しかも二人の醸し出す空気に、皆目が釘付け。
先生ってば頬を赤くしちゃって、可愛いところもあるんだね。しつこいけど、マジでなんなんですかねあの子。魅了スキル持ちなの? 吸血鬼なの? あと数年で夜しか会えなくなるかもなー。
「じゃあ、何かわからないことがあったら私か料理研の奴に聞け。手取り足取り教えてやる」
「「はーい」」
と、戦闘開始。
皆でわいわい、楽しい時間が過ぎていく。
ここまで人が増えた最大の要因、クラス外最大派閥の女子トップ・迎田さんのグループも四苦八苦しながらなんやかんやと賑やかに調理している。
私や直と同じテーブルで対面するように作業している梓や朋も、お互いの生地を見せ合ったりして楽しそう。梓は私と同じプレーンで、朋はちょっと経験があるらしく、ブルーベリーを牛乳とかと生地に混ぜたブルーベリーマフィンに挑戦してる。
「どうなるかと思ったけど、なんとかなりそうかな」
「そうだね。……ふふ。粉、ついてるよ司」
頬に触れた時に付いてしまったらしい粉を直が拭ってくれる。そんなことはないと分かっていても、子供扱いされているようでなんとも恥ずかしい。
が、それ以上に恥ずかしそうにしていたのが、梓たちだった。
「あなたたち……少しは場所を選んだら?」
「ダ、ダメだよ梓ちゃん、邪魔しちゃ」
「うん、二人にはいつかちゃんと誤解を解いてもらうからね」
今のが変な光景に見えるなら、彼女たちの固定観念は相当に強固だろう。こちらも相応の覚悟が必要になること請け合いだ。
それはともかく。
隣で調理してくれてる直を見ると、皆とは違ったものを作ってるみたいだった。そういえば、スーパーで何か別の物買ってた気がする。
「直、何作ってんの?」
「えへへ~。秘密♪」
可愛いなちくしょう。料理してるところをちゃんと見たことなかったけど、いつもこんなテンションなんだろうか。だとしたら智くんが危ない。智くん逃げてぇ!
「ほう……手つきが良いな、白水」
気づけば、具下場先生が後ろから感心した様子で覗いていた。
「あ、ありがとうございます。でも、先生に見られるとちょっと恥ずかしいです」
「そんなことは無いよ。私なんかよりよっぽど上手だ」
髪を撫でる手つきが妙に艶めかしい。それに目つきも艶っぽいのは気のせいだろうか。気のせいであって欲しい。女性からの頼みなら十中八九直は断れないはずだから、変な道に引き込まれないか心配だ。先生も先生で、男がダメだから女の子に走るなんていけないんだぞ。
「せんせー」
遠くで助けを呼ぶ声がした。
「(ちっ)」
舌打ち!? 今ほとんど音にしなかったけど舌打ちしたぞあの人!
マジか……。姉さんに加えて、こんなところにも直の危険が潜んでいたなんて……! 私はなんて早まったことを仕出かしてしまったんだろう。はやくなんとかしないと……!
皆でそれぞれの焼き上がりを待つ間、先に直が焼きに入っていた生地が焼きあがり、話しながらその手順を見守った。やっぱり慣れているせいか所作に淀みが無く、いつのまにか皆無言で見惚れるようにお菓子の完成を見つめていた。
「これでよし……っと」
「エクレアだー!」
興奮したのか、堪らず誰かが叫ぶ。
バットに並べられたのは、見事なエクレアだった。
そして、皆のマフィンも完成。生地にムラがあったのか、焼きが不十分だったり形が不均一だったりするのもあったけど、それが醍醐味みたいなもんなんだとか。確かに楽しかった。少し加熱したりして、改めて皆完成。プレーンにブルーベリー。チョコレートマフィンがあったりして、すごい光景だった。
「エクレアだったんだ」
「うん。卵を少な目にしてるけど、これも基本はシュークリームと同じ生地だから。復習も兼ねてね。食べる?」
「食べる!」
諸手を上げて思わず叫んでしまった私の声に反応して、皆が直のエクレアに殺到する。
片付けをしてくれる男子を呼んで、皆でマフィンに舌鼓を打つ。たまに変なものもあったけど、それだって楽しい時間が続く話のタネにしかならない。
結局全部半分にすることで公平に分配することになったエクレアは、男子にその存在を知らせることなく私たちの胃袋に消えてたりする。
「司、今日はありがとう」
「へ?」
何故か、皆から感謝された。
「あたしたち強歩大会で勝てるわけないしさ」
「それに楽しかったよ~」
まずいことに、かなり勘違いされてる。私はそんなに利他的じゃないし、楽しかったのは皆が自分から参加してくれたからだ。
「わ、私は何もしてないよ」
「照れてる~可愛い~」
「むぐぅっ!?」
愛果の豊満すぎる胸に抱きしめられ、呼吸も満足にできず反論できなかった。
結局誤解を解くことはできず、取り残された私と直は部室に向かうことにした。
「やっぱり司はすごいね」
何故か直は満足そうな笑みを浮かべている。
「勘違いなのに……」
良い人なんて勘違い、ハードル高くなるだけじゃんか。
「そういえば最後、具下場先生と何か話してなかった?」
「うん。頼めばもっと本格的なもの教えてくれるって」
ああ、才能に惚れ込んだ、みたいなやつかな。健全だし、直のレパートリーが増えるし、いいことづくめだ。止める必要はなさそうかな。
「先生の自宅、どんな感じなのかな」
「自宅!?」
駄目だそれ。行っちゃ駄目なパターンのやつや。
先生、逃げちゃ駄目だ。年収とか変な条件さえ付けなければ、あなたならきっと大丈夫。いつ婚活するの。暇でしょ! 暇なわけないか。
「直、先生婚活で忙しいだろうし、ちょっと様子みようか」
「え? そうなの? ……あんなに綺麗で性格まで良いのに。男って本当に見る目無いよね……死ねばいいのに」
ブラック直。ああ、直はやっぱり直なんだなって不思議と安心してしまう今日この頃。
種の保存ってことで行為自体を否定しないあたり、ぐっちゃぐちゃだなぁ、とは思うけど。ブラック白水なら黒なんだか白なんだか分からなくて、よりそれっぽいかも。
「あの二人も作りにくれば良かったのにね」
光彩を取り戻した直の視線は、たぶん部室に向けられている。
「彼方は有りかもしれないけど、悠は駄目でしょ」
「そう?」
直は、悠から向けられる視線の変化に気づいてないらしい。敵意みたいな視線。あれが、私の中身を知ってから無くなった。きっと女子となにかあったんだろうけど、流石にそこまでは踏み込めない。
☆ ☆ ☆
部室棟の三階につくと、部室の前に女子生徒が二人いるのが見えた。
クラスメイトではなく、しかもネクタイとサンダルが赤い二年生。因みに三年生は緑。男子はサンダルと校章の色、それと学年章で見分けられるようになってる。
直と互いに顔を見合わせ、思い当たる節もないから取り敢えず向かうことにした。
「来ちゃったじゃん。どーすんの」
「い、行こ!」
そんな感じのことを呟き、二人は私たちが来たのと逆へ走り去ってしまった。
「何だったんだろうね」
「さぁ?」
人の顔を見て逃げるような失礼な方とはあまり関わりたくありません。
自分でも知らないうちに頭にきてたのか、ノックをするのを忘れたままドアを開けて部室へ。
「……」
「……」
テーブルやソファが乱れ、彼方と悠がカーペットの上で絡み合っていた。
「「……」」
ドアを閉じる。
「帰ろっか」
「だね」
訂正。見た内容によっては、逃げていいと思う。
っていうかさっきの二人はあれか。出歯亀ってやつか。止めてよ。
「ちょ」
「待って!」
ドアを蹴破るような勢いで飛び出してくるホモ。
ああ、中身はあれだから、そう軽蔑したもんでもないのかな?
「ノックしなくてごめんね。でも次からは鍵閉めてね」
二人を見ようともしない直の変わりに言ってやった。
でもあれだな。部室に変な臭い付けられても困るし、悠が作ろうとしてるルールに加えとこうか。
ホモォ禁止って。
「違うんだ!」
「誤解だって!!」
あまりにも必死の形相だったので、話だけは聞いてあげることにした。
☆ ☆ ☆
取り敢えず散らかされた部室を掃除させて、男子二人をソファじゃなくてカーペットの上に正座させた。中身が女子だろうが知らん。直と違って男女平等が身上なんで。
「……相談?」
「そう・だん・です!」
むかつくわぁ。
このクソホモ。
「な、なんか司の目が三倍くらい痛い」
「お前が真面目に話さないからだろ」
仲がよろしいことで。こーいうのって何ていうんだろうね。彼方の誘い受け? ようけわからんわー。知りたくもないがな!
「あ、あのな司。全部こいつが悪いんだ」
「ふぅん……?」
案の定、弁明するのは頭の回転が速い悠の方。
「こいつ、解消部の嘘の活動内容、女子に言ったんだよ」
「でも聞かれたら答えなきゃいけないじゃん! そのためにあの設定決めたんじゃん!」
まぁ彼方の言い分も尤もだ。でも、今問題にしてることじゃない。
「で、どうしてああなったの?」
「何か、気付いたら一気に広まっててな。さっきまで視聴覚室で相談受けまくってたんだよ」
成るほど。それで相談されてたんだ、っていう言い訳に繋がるわけか。
「相談されてなきゃ、お料理教室行けたのにな~」
「誰のせいだ誰の」
家庭科室に彼方がいなかった理由も判明した。
じゃあさっきの先輩二人も相談だったのだろうか。でも、私たち二人を見て逃げてしまった理由がわからない。美少年二人の絡みを見ていたんじゃないとしたら……相談? でも、二年生が一年の男子に何か助けを求めるようなことなんてあるのかな? まぁ実害がなければなんでもいいんだけどさ。
話の続きを促そうと彼方を見ると、体をビクつかせてから身振り手振りの説明が再開される。
「で、偶然逢った黄道眉さん達から直のエクレアがあったこと聞いてね。部室に着いた瞬間悠がキレてオレに折檻を……よよよ」
「また痛い目に遭いたいか」
「すんません勘弁してくださいお願いします」
うん。まぁ二人とも部室をめちゃくちゃにしたことを反省してるみたいだし、許してあげよう。
「もう部室で暴れちゃダメだよ」
「「はい……」」
しゅんとしてしまった二人が何だかおかしくて、実はだいぶ前から怒る気はまったくなくなってしまっていた。まぁなんというか、けじめって大切だしね。
「直は言うことある?」
「特に無いかな」
安堵の息を吐く男子二人。
直って気を許した相手にはかなり甘いから、そもそも怒ってなかったのかもしれない。
「ところで直」
彼方が窺うように直を見上げる。
「?」
「もしかして、エクレア残ってたり……」
「あ、ごめん。皆お腹空いてたみたい」
ちゃうねん。
さらに落ち込んだ二人には悪いけど、多分もう一回分作ったとしても残らなかった。皆食べながらにこにこ綻んちゃってたし。
「で、相談ってどうしたの? 解消したの?」
「いや。だいたい言いくるめて帰ってもらった」
何というか、悠らしいと思った。
揺るがない、妥協しない。……いい意味でも悪い意味でも。
次回――
「白水直のこと好きなんだよね」
「直は悪くないよ」
――絶対ハッピーになるからね。




