終表
それから、あっという間に時が過ぎて十二月の終わり。
僕達は僕の地元に来ていた。
なんで僕達がここにいるのかというと、帰省のためだ。
夏の時に両親と約束したように、正月を僕の実家で過ごすために帰ってきた。
「ここも久しぶりだね」
「……そう、だね」
ユウと話しながら、僕の家までの道を歩く。
この辺りは人の通りも少なくて、歩いているのは僕とユウしかいない。
静かな住宅地にゴロゴロというキャリーケースの音が響いていた。
「真のお父さんとお母さん元気かな」
「……えっと、電話した時の様子だと、元気そうだったよ」
むしろ、元気すぎるくらいだった。
十二月に入ってからは、予定が決まるまで、ユウちゃんはいつ来るのかと、二、三日に一度は電話がかかってきていたし。
「そうだったね。って、真!?」
「うわっ」
足が絡まって、なんでもないところでこけそうになってしまった。
倒れる前に何とか立て直す。
危ないところだった。
少し出てきた冷や汗を拭う。
「…………ねえ、真」
「……何?」
ユウの声に顔を上げると、ユウが僕の前に立っていた。
不思議そうに首をかしげて、僕を覗き込んでいる。
「真、もしかして……緊張してる?」
「………………う」
「やっぱり。さっきから様子が変だし、わかるよ」
自分でも変だった自覚があるので、何も言えない。
ユウが言うように、僕はさっきから少し緊張してしまっていた。
「でも、なんで?緊張するような事あった?」
「いや、その……ユウを恋人として紹介する事になるからさ」
緊張している理由はそれだ。
今日、実家に帰ったら両親に恋人として紹介する事になる。
それは、僕にとってはハードルが高い行動だ。
前回、『親友』として連れて帰った時とは別物だと思う。
いや、もちろん祝福してもらえない、なんて考えているわけじゃない。
むしろ必ず祝福してもらえると考えている。
でも、それと緊張するかは別なのだ。
……その、恋人を紹介する、というのは、どこか言葉にない意味がある気がするし。
普通、そういうことをするのは、結婚を意識している時が多いと思う。
まあ、あくまで僕の印象だけど。
「……そうなんだ」
でも、残念ながらユウには理解してもらえなかったらしい。
不思議そうな顔をしたまま、あいまいに頷いていた。
「……んー、そうだ。じゃあ、お茶を飲む?」
「お茶?」
そう言うと、ユウが笑顔で鞄から水筒を出して見せてくれる。
その水筒には見覚えがあった。
「……それって、デパートの時の」
「うん、そう。どうかな?」
夏のあの時のことを思い出して、少し感慨深い。
今出すという事は、あの時と同じように僕の緊張を和らげようとしてくれているんだろう。
ユウのその気使いを嬉しく思う。
「せっかくだし、貰おうかな」
どこか座るところでもないかと辺りを見ると、近くに公園があった。
僕が昔、来ていた公園だ。
ユウに提案すると頷いてくれたので、僕達はそちらに足を向けた。
◆
公園に入ると、風が通るためか、少し寒かった。
隅に設置してあるベンチに向かい、座る。
すぐにユウがお茶の準備を始めてくれたので、それを待つ間、公園を軽く見回してみた。
「……懐かしいなあ」
小さく呟く。
子供の頃に何度も見た場所なのでどこを見ても懐かしかった。
「……そういえば」
よくよく思い出してみると、このベンチにも覚えがある。
昔、僕は友達が出来ず、一人ここに座って、遊んでいる子供達を見ていた。
当時の僕は、母さんに友達がいない事を知られるのが恥ずかしかったのだ。
それで、家に帰れず、夕方になるまでここで時間を潰していた。
「……」
ふと、隣を見ると、ユウがお茶をコップに注いでいた。
かつて、一人で座っていた場所に、今ユウと一緒に座っている事を感慨深く思う。
「真、はいお茶」
「……ありがとう」
渡されたお茶は温かかった。
一口飲むと、いつも家で淹れてくれる味で安心する。
「美味しい」
「よかった」
……でも、美味しいけれど、あの夏の時とは味が違うな、と思う。
いやまあ、これは温かいお茶であの時は冷たいお茶だから当然なのだけれど。
ただ、季節が変わったんだなあ、と思った。
結局、それだけの時間が経ったし、それだけの時間一緒にいたんだろう。
「……」
ユウを見ると、こちらを見てニコニコと笑っていた。
……この大切な恋人と、これからの時間をずっと一緒に過ごしていきたいと思う。
「……そろそろ行こうか」
「うん」
残ったお茶を飲み、コップをユウに返す。
そして、その場に立ちあがって、伸びをした。
体が伸びて気持ちがいい。
「……ふう」
いつの間にか、緊張がなくなっているのを感じる。
これなら、もう何もないところでこける事はなさそうだ。
「……ユウ」
「何?」
水筒を片付け、立ち上がっていたユウに、手を差し出す。
少し恥ずかしいけど、そうしたい気分だった。
「その、ここから家まで手を繋いでいかない?」
「……うん!」
ユウは嬉しそうに笑って、手を差し出してくれた。
僕の手とユウの手が重なる。
そして、僕達は家に向かって一歩前に踏み出した。




