13表
「時間です。筆記用具を置いてください」
その言葉と共に、手に持ったペンを机に置く。
すぐに答案用紙が回収され、試験監督が解散を宣言すると教室の中は一気に喧騒に包まれた。
……これで終わりか。
ユウと一緒に酒を飲んだ日から三週間、ついに全科目の学期末試験が終わった。
幸いなことに手ごたえはある。この様子なら留年することはなさそうだ。
……この三週間、長かったなあ。
試験勉強に二週間、そして試験に一週間、合計で三週間だ。
この三週間は、かつてないほど長く感じた。
勉強がこれだけ辛かったのは初めてだ。
誘惑を断ち切るのが本当に大変だった。
なにせ近くにユウがいるのだ。
試験勉強を家の外でやると言う人の気持ちが初めて理解できた。
「……でも、それももう終わりだ」
周りに座っていた人はもう帰り始めていた。
雰囲気は明るい。漏れて聞こえてくる話を聞く限り、皆これから始まる夏休みに思いをはせているようだ。
僕も立ち上がり、教室を出る。
人の波に乗るように校舎の外に出た。
通りに出ると、夏の強烈な日光が容赦なく僕を焼いた。
そこを軽い足取りで歩く。
いつもならげんなりするところだが、何せ今日は試験最終日だ。
嫌でも足軽くなると言うものだろう。
明日から、いや、今からもう夏休みなのだから。
……夏休みか。
何をしようか悩む。
去年まではどうしてたっけ。
「……去年までは夏休みになったらすぐに実家に帰省してたか」
そして夏休み終了まで一日中自分の部屋に引きこもって、延々とネットサーフィンと読書をする虚無的な生活をしていた。
今年は幸いなことにそうなる心配はなさそうだ。
実家に帰るのも数日くらいでいいだろう。
……あれ、そういえば僕が帰省するときユウはどうするんだろう。
一緒に来るんだろうか。
その辺りはユウに聞いた方がいいかもしれない。
ユウが一緒に来たいというのならもちろんかまわない。
せっかくだし両親に紹介するのもいいと思う。
両親に『親友』を紹介するというのは少し気恥ずかしいけれど、僕に友達がいなかったことは両親も知っているし、きっと歓迎してくれるだろう。
「どんな顔をするかなあ」
きっと両親は驚くだろう。少し楽しみだった。
……あと、それ以外の夏休みの予定は……これはユウ次第か。
ユウにはこの三週間もコーヒーを入れてもらったり、夜食を作ってもらったりと、散々お世話になっている。
なので、出来ればその分を返したいと思う。
それに、三週間前の酒のことだ。
あれのことも忘れてはいけない。
あの酒の件の後、ユウは少し調子がおかしかった。
次の日に二日酔いで顔を赤くしてふらついていただけでなく、その後もだ。
最初の二日くらいは僕が近づくだけで雰囲気が変になっていたし、それが無くなっても、数日くらいはたまに顔を赤くして僕を睨んでいた。
幸いなことに一週間くらいで元に戻ってくれたが、それまでは少し辛かった。
あれはやっぱり怒っていたんだと思う。
当然だ。酒を初めて飲むと知っていたのに、僕のミスであんなことになってしまったのだから。
自業自得とはいえ、ユウにあんな視線を向けられるのは辛い。今後はあんなことがないように、最大限気をつけると誓った。
正直、酒に酔ったユウはとても可愛かったが、それはそれだ。
あの時は面食らっていたが、思い返してみるとあの時のユウは本当に可愛かったと思う。
頭をなでると嬉しそうに笑うあの顔は忘れられそうにない。
深夜、試験勉強で疲れていた時など、危うく撫でそうになったくらいだ。
本当に危なかった。おにぎりを持ってきてくれたときに、無意識で撫でようとしていた。
頭に触れる直前で気付いて止められたけど、ユウは多分怒っていたと思う。
顔を真っ赤にして呆然としながらこちらを見ていたし。
「……反省しないと」
そういうわけで、ユウにお礼と謝罪がてら出来ることをしたいと思っている。
だから予定はユウ次第と言っているわけだ。
「まあ、なんにせよ楽しみだな」
謝罪とか言っておいて不謹慎だが、『親友』と過ごす最初の夏休みだ。
楽しみで仕方なかった。
顔を上げると青空が広がっている。
それを見ていると無性にユウの顔が見たくなってきて足早に家へと向かった。




