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その日の夜、僕はリビングの机に酒とつまみを並べていた。
夕飯はすでに食べ終わっている。ユウは初めて酒を飲むのだし、空腹の状態で飲むべきじゃないと思ったからだ。
空腹の状態で酒を飲むとアルコールが回りやすくなる。
急性アルコール中毒を避けるためにも、そうするべきだと思った。
なぜかユウは少し不満そうだったけど……何か理想の飲み方とかあったんだろうか。
「出来たよ」
準備が終わりユウに声をかける。
「うん、楽しみ」
ユウの顔からは先程までの不満そうな表情は消え、少し興奮しているように見えた。
その顔を見ていると僕が初めて酒を飲んだことを思い出す。
僕は両親と一緒に飲んだけど、きっと僕もあんな表情をしていたんだろう。
「ユウはチューハイでいいよね?」
「うん」
今回、いくつかの種類の酒を用意したけれど、その中で一番初心者向けなのはこれになる。
甘くて飲みやすい。ジュース感覚でも飲める酒だ。
準備が終わり、机をはさんで向かいに座る。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯!」
僕とユウのグラスが音を立てる。
そして酒に口をつけた。
「わ、これ甘いね。ジュースみたい」
「チューハイはそういう酒だからねえ」
ユウがゴクゴクとチューハイを飲む。
僕はそれを見て、そんなに速度で飲んで大丈夫かな、と思い――考え直した。
チューハイは薄い酒だ。多少勢いよく飲んでも大丈夫だろう。
僕は特に注意せず、自分の持っているビールを飲んだ。
……これが間違いだったことが判明するのはそれから二十分後のことだ。
この時の僕の一番の失敗は、酒の強さに個人差があるということを知ってはいても、実感してはいなかったことだ。
僕も僕の家族も酒には強いほうで二日酔いにはほとんどなったことがない。
そして僕はこれまで一人でいた関係上、家族以外の人と一緒に酒を飲んだことがなかった。
その結果として僕は、酒に弱い人と一緒に酒を飲んだことがなかったのだ。
◆
二十分後。
ユウは異様な状態になっていた。
「あ、あの、ユウ?」
「くふっ、くふふっ、くふふふふふふふっ」
明らかに普通じゃない。
見ると、僕を見ているはずのユウの目は焦点が合っていない様に見えた。
まずい。すぐに飲むのを止めさせないと。
「ユウ、ちょっと早いけどお開きにしよう」
ユウの持っているコップに手を伸ばし回収しようとする。
「やだー」
ユウは僕の手をよけるようにコップを動かした。
今の位置からでは届きそうにない。
「ユウ、やだじゃなくてもう止めておこう?」
「や!」
ユウが僕から勢いよく顔を逸らす。
可愛いけど取り付く島もない。
「ユウ、お願いだから」
「……むう」
話しかけながらゆっくり机を回り込み、直接コップを取り上げようとする。
するとユウはそれに気付いたのか、見るからに機嫌が悪くなった。
「……じゃあ、なんかちょうだい」
「なんか?」
「そう、ねがいにはたいかがいるんだよ!」
たいか?……対価か。別にかまわない。
ユウの頼みなら大抵のものは用意するつもりだ。
「いいよ。何がほしいの?」
「んー、そうだ!真にしつもんしたいことがあったんだった!」
質問?
別にそんなものいくらでもしてくれていいのに。
「質問って何?」
「んー……わすれた!くっふふふふふ!」
……どうしよう。
完全に酒にやられているみたいだ。
「……じゃあ他に何か欲しい物はない?」
「ほしいもの?」
何でもいい。早く取り上げないと大変なことになりそうだ。
質問しながらゆっくりとユウに近づく。
「…………じゃあ、ほめて」
「……え?」
思わず立ち止まった。
ユウが何を言ったかわからなくて、聞き返す。
「……ほめてほしかったの。みとめてほしかったの」
……それは。
「がんばったのに、だれもみとめてくれなかった。みんなわたしをばけものあつかいした
……だからほめてほしかったの」
そう彼女は言った。
……それは、ユウがいたという異世界の話だろうか。
ユウが異世界について話すのはこれが初めてだ。普段はこの話題が出るたびに話を逸らそうとしていた。
だから、あまりいい思い出じゃないのかな、とは思っていたが予想以上に酷かったのかもしれない。
そうやって褒めてほしいと言うユウは、儚くて今にも消えそうに見えた。
「……ユウは頑張ったよ」
思わず、僕はそう言っていた。
僕は異世界がどんなところだったのかも、そこでユウが何をしてきたのかも知らない。
でもこう言わなければならないと思った。
適当に言っているだけかもしれない。
でも、僕はユウが優しい子だということを知っている。
異世界のことは知らなくても、ユウのことは知っているのだ。
だから、そんなユウが頑張らなかったはずがないと思う。
「ユウはすごいよ。よく頑張った」
ユウの目を、しっかりと正面から見て言う。
「……そう?」
「そう」
「……そっか。……くふふふふ」
ユウはそう笑うと、椅子から立ち上がり、僕の手を引いてソファへと移動した。
そして僕をソファへと座らせると僕のひざの上に頭を寝かせる。
僕がユウに膝枕をしている状態になった。
「ユウ?」
「あたまなでて」
驚いて声をかけると、そんな返事が返ってきた。
「あたまなでて、ほめて」
「ああ……うん」
そう言われると断れない。
恐る恐る手を伸ばし、頭をなでる。
さらさらとした気持ちのいい感触がした。
「くふふ……」
「これでいい?」
「……うん」
ゆっくりと頭をなでる。
荒くならないように、丁寧に。
「どう?」
「いいかんじ」
ならよかった。
「これからまいにちなでて」
「え、それは……どうなんだろう」
そんなことを話しながらしばらくなで続ける。
気が付いたらユウは寝息を立てていた。
◆
音を立てないようにユウの部屋の扉を閉める。
ユウはベッドに寝かせてきた。
気持ちよさそうに寝ていたから大丈夫だろう。
「……もうちょっと慎重になるべきだったな」
酒のことだ。
僕と同じ感覚でいたからああなった。
今回は大事にならなくてよかったが、今後は注意する必要があるだろう。
「……まあ、悪いことだけじゃなかったけどね」
今回の件でユウについて知れた。
きっと異世界生活は良いものじゃなかったんだろう。
化け物扱いなんていうくらいだ。ろくでもなかったんじゃないか。
……僕はユウに何ができるだろうか。
一度真剣に考える必要があると思った。




