国王の暴走 2
王都エルラッカ――
少し一人になりたいの――、そう言って侍女たちを下がらせると、ユミリーナはこっそりとため息をついた。
(いったい、どうしたのかしら……)
アリシアのおかげですっかり体調も良くなり、原因だった侍医も捕縛されて、この三か月、ユミリーナの日常は穏やかにすぎていた――はすだった。
しかし、三日前にこちらへやってきた隣国エルボリスのラジアン王子の一言が、今、ユミリーナの心をかき乱している。
ラジアンは、本当に唐突に、こんなことを言いだした。
――君は、本当は僕と結婚するのは嫌なのだろう?
その一言は、まさに寝耳に水だった。
ユミリーナはラジアン王子のことが好きだし、恋している彼と結婚することを楽しみにしている。
どうして突然、ユミリーナが結婚を嫌がっていると思われたのだろう。
茫然とするユミリーナに、ラジアンは困った顔をして、こうも言った。
――君にはほかに好きな男がいるのだろう。わかっているよ。
全然わかっていない!
ユミリーナが好きなのはラジアンだ。それなのに、彼はそんなことを言って、ユミリーナがどれほど違うと言っても聞く耳を持たなかった。
今までラジアンはいつもユミリーナの隣で穏やかに微笑んでくれていて、言い争いどころか、意見をぶつけたこともほとんどなかったため、ユミリーナはどうすればいいのかまったくわからない。
何度結婚を楽しみにしていると告げても、あなたのことをお慕いしていますと告げでも、ラジアンは納得してくれないのだ。
ラジアンは今回、外交を兼ねてきているので、十日ほどリニア王国へ滞在するという。彼が帰る前に何とか誤解を解きたいと思うのだが、昨日から視察のため地方へ向かってしまったラジアンは、今は城にいない。
明日の昼に戻ってくるはずなのだが、戻って来た彼とどう話していいのかもわからなかった。
(……ラジアン王子は、もしかして、わたくしと結婚するのが嫌なのかしら?)
そんな気までしはじめる。
ユミリーナは誰かに相談したくて仕方がないのだが、父である国王は頼りにならないし、留学から戻った兄ディアスも、せいぜい話を聞くだけ聞いて「頑張れ」とユミリーナを励まして終わりだろう。母は――
(だめね。お母様に相談なんてしたら、それこそ――)
うじうじ悩むくらいなら堂々と聞いてこいと言い出し、母自ら、ラジアンに「娘のことが嫌いなのか?」と確認しに行きかねない。
それで丸く収まればいいのだが、母は色恋沙汰については、解決させるよりもまぜっかえすほうが得意だ。本人にその自覚はないのだが、むしろ周りを混乱させるだけなので、絶対に頼ってはいけない。
ほかのことに関しては頼りになるのだが――あれだ、専門外、というやつだ。
あんなに色恋沙汰に疎いのに、一度婚約を解消していた父とは恋愛結婚だと言うのだから不思議で仕方がない。
(アリシアがいてくれればよかったのに)
ユミリーナはもう一度嘆息する。
ユミリーナが毒を盛られて苦しんでいたときは、彼はすぐに駆け付けて、ユミリーナを励ましてくれた。
でも、ユミリーナが毒を盛られなくなった途端、彼の心が遠くへ離れて行ってしまったのではないかとすら思えてくる。
(どうしよう……、どう伝えたら伝わるの?)
ユミリーナは、憂鬱だった。
☆
フリーデリックのもとに、国王ブライアンからの手紙が来たのは、一週間後のことだった。
国王の手紙を持って来たジョシュアを見て、何か嫌な予感がしないでもなかったが、以前のようにアリシアを処刑しろと言われることはないはずだ。
ジョシュアは国王の手紙の内容については何も知らされていないようで、また妙な思い付きじゃないのかと他人事のように言いながら、城主の執務室でリンゴとカスタードのケーキを食べつつ紅茶を飲んでいる。
「お前は暇なのか……?」
フリーデリックのかわりに第三騎士団を任されている騎士団長代理のジョシュアは、それなりに忙しいはずだった。
ジョシュアはもぐもぐと口を動かしながら、眼鏡を押し上げる。
「ああ、ディアス殿下が戻って来てね、マデリーン様が、留学中に腕がなまっただろうから鍛えろと、ディアス殿下を連れて第三騎士団に毎日顔を出すようになって、勝手に兵士たちに稽古をつけたり、仕事を振ったりと仕切ってくれるから、俺は暇になってね」
「――いいのか、それで」
「本人がいいって言っているんだから、いいんじゃないかな?」
それでしばらく雑務でもしておこうと思っていたら、国王にお使いを頼まれたらしい。
「早く戻る用事もないから、少しゆっくりしたいんだよね。お前の返事を持って帰って来いって言われたから、数日かけてゆっくり書いてくれよ」
「………」
昔から、手の抜き方がうまい友人だったが、こうも堂々と仕事をさぼろうとされると、元騎士団長として苦言を呈した方がいいのか、それとも見て見ぬふりをしたらいいのか、わからない。
フリーデリックはこっそりとため息をつきつつ、ペーパーナイフで手紙の封を切った。
そして、手紙の文面に視線を走らせたフリーデリックはぐっと眉間に皺を寄せる。
「――なんなんだ、これは……!」
苛立ち紛れに吐き捨てて、ぐしゃりと手紙を握りつぶしたフリーデリックに、ジョシュアはフォークを口にくわえたまま目を丸くした。







