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【書籍化】悪徳令嬢に転生したのに、まさかの求婚!?~手のひら返しの求婚はお断りします!~  作者: 狭山ひびき


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騎士団長代理、来る! 3

 ユミリーナが誰に狙われているのか。

 アリシアは今まで、そのことを考えたことがなかった。

 自分の冤罪を晴らすことだけを考えて――何とか身を守る方法はないかとだけを考え続けて、ユミリーナのことにまで気が回っていなかった。


(確かに……、ユミリーナは誰に狙われているの?)


 アリシアの知る小説の舞台では、ユミリーナを狙うのはアリシアだった。でも、この現実でアリシアは何もしていない。それなのに、どうしてユミリーナは狙われ続けるのだろう。

 ジョシュアがたくさん喋って喉が渇いたと言い出して、使用人にお茶を用意してもらうまで話が中断されたため、アリシアは一人考える。

 城の池に落ちたのは事故かもしれない。風邪を引いたのだって、生きていればおそらく誰でも引くだろう。でも、さすがに毒は――、誰かに盛られない限り、狙われていない限り、ありえない。

 アリシアも馬鹿だった。

 自分が逃げることばかり考えていて、どうしてそのことを考えなかったのだろう。

 ユミリーナが狙われ体質だから――、そんなことは理由にならない。

 いつまでも前世で読んだ小説の世界のストーリーにとらわれすぎていて、現実が見えていなかった。

 ここは小説と同じ世界かもしれないが、明らかに小説とは違うストーリーが展開されているのだと、今更ながらに気づかされた。


(城にいて毒が盛られるということは……、城の中に、ユミリーナを狙う人がいるってことよね)


 このままでは延々とユミリーナは狙われ続けるだろう。

 ジョシュアは目の前に紅茶が用意されると、満足そうにそれを口に運んだ。

 使用人たちが出て行くと、中途半端なところで話を止められてイライラしていたのか、フリーデリックが口を開く。


「王女は誰に狙われているんだ!」

「知らないよ、そんなこと。知っていたらさっさと捕えているに決まっているだろう。だけど、まさか王女が自分で毒を飲むはずもない。誰かに狙われない限り、ありえないだろう」

「……お前、気がついていたならなぜ言わなかった」

「言ったところで何になると? 聞き入れられないだけならましだが、妙な言いがかりをつけられて罪にでも問われたら最悪だからね。……アリシア嬢には悪いが、俺は、君を愛しているわけではない。君の命と自分の命、どちらが大切かと言われれば、自分の命を取る」


 ジョシュアの突き放したような物言いに、フリーデリックは眉を顰めるが、アリシアは確かにそうだと納得する。人と自分の命、どちらが大切かなんて、わかりきっていることだ。

 だから、アリシアのことをかばう人は――「あの人」を除いて、誰もいなかった。

 率先して王の怒りを買いに行く人などいるはずがない。

 唯一、アリシアをかばってくれた「あの人」も、今は遠いところにいる。

 アリシアはジョシュアを見る。

 ジョシュアがここに来たのは、アリシアのためではなく、友人で元上司のフリーデリックのためだろう。それでも、自ら来てくれことに、こうして思っていることを話してくれたことに、アリシアは感謝する。

 彼が言わなければ、アリシアも気がつかないままだった。


「考えたところで、答えは簡単に出ないかもしれないだろうけどね――、この問題を解決しない限り、アリシア嬢に安らぎは訪れないよ。それこそ、死なない限りね」


 ジョシュアは、しわくちゃの国王の手紙をフリーデリックに向かって投げた。


「それからこれも無視できない。無視したらどうなるか、わかっているだろう? 俺は別にアリシア嬢を本当に処刑しろとは言わない。でも、無視はできない。冷静になれと言ったのはそういうことだ。突っぱねるのは簡単だ。だが、そのあとどうなるかを考えろ。お前が反逆者にされた場合、いったい誰がアリシア嬢を守ると?」


 頭に血が上ったままなら、いっそ海にでも飛び込んで頭を冷やしてこい――、ジョシュアは辛辣なことを言う。

 ジョシュアはそれからアリシアに視線を向ける。


「君も、人生を諦めているのかもしれないけど、ここに一人、命を懸けても君を守りたいと思っている男がいることを忘れないでくれ。フリーデリックを許せと言っているわけじゃない。君にも思うところがたくさんあるだろう。それでも、安易に毒を飲むとか言うな。君たちは少し頭を使うべきだ」


 アリシアはフリーデリックを見上げた。難しい顔をして唸っている、元騎士団長。


(……守ろうとして、くれているの?)


 意地になって、フリーデリックのことを信じられないと突っぱねていた。でも、この人は本当にアリシアを守ろうとしてくれているのだろうか。

 アリシアが毒を飲むと言ったときに――怒ってくれたように。


(どうしてそこまでするの……?)


 どうして、アリシアをかばおうとするのだろうか。

 どうして、アリシアを好きだと言ったのだろうか。

 守ろうとするのは――どうして。

 今まで演技だ、ユミリーナのためなのだと、言い訳して目を背けてきたフリーデリックの心が、今はじめてアリシアは気になった。

 アリシアを好きだと言った心は本心だろうか。それならば、いったいいつ、アリシアを好きになってくれたのだろう。


「今すぐ答えを出せとは言わないよ。これからどうするのか、考える時間は必要だ。今すぐと陛下は言うが、別に明日明後日にアリシア嬢の遺体を持って登城しなかったからと言って、軍を率いて襲いかかるような愚かなことは、さすがにしないだろう」


 俺もしばらくここにいるから、とりあえず今回の件をどう回避するか、作戦を練ろうか――、ジョシュアはそう言って立ち上がる。


「おなかすいた。実は昼飯を食べていないんだよね。何か食べさせて」


 マイペースなことを言うジョシュアに、アリシアはフリーデリックと顔を見合わせて――、あれだけ緊張していたというのに、思わず吹き出してしまったのだった。




     ☆




 その日の夜――

 眠る支度を終えたアリシアが、ベッドに上体を起こして本を読んでいると、カモミールティーを持ったジーンがやってきた。

 カモミールはリラックス効果があり、神経が高ぶって眠りにくいときなどに効果がある。

 ジーンの強張った表情と、手に持たれたカモミールティーを見て、国王の手紙のことを聞いて心配してきてくれたのだなとアリシアは理解した。

 アリシアは本を閉ざすと、ベッドから出てソファに向かう。

 ジーンに一緒に飲みましょうと告げると、彼女の表情が少し和らいだ。

 さわやかないい香りのカモミールティーに癒されていると、ジーンが「フリーデリック様に聞きましたわ」と口を開く。


「陛下からお手紙がきたと。……アリシア様はずっとこの地にいましたのに、どうして疑われるのですの?」


 その問いは、アリシアに向けての問いではなかった。ただ自問する問いに、アリシアが小さく微笑む。

 どうして――、アリシアも今まで何度も思った。


「陛下はわたしが嫌いみたいですわね」

「そんな理由!」

「別に、今まで何度もあったことだから、手紙の内容についてはそれほど驚きはしなかったのですわ」


 ふーっとまだ熱いカモミールティーに息を吹きかける。


「驚いたのは……、騎士団長が、わたしを守ろうとしてくれたことですわ」


 ぽつん、とつぶやきを落とせば、ジーンが「当り前です!」と叫んだ。


「好きな女性一人守れないなんて、男として失格ですわ!」


 ジーンにとって、フリーデリックは自慢なのだろう。彼女がフリーデリックを大切の思っていることは彼女の言動や行動から見て取れる。

 でも――、だからこそ、不安ではないのだろうか?

 フリーデリックがアリシアをかばえば、彼は最悪、罪に問われてしまうかもしれないのに。


「……どうして、騎士団長はわたしを好きなのかしら?」


 世間のアリシアの評判は散々だ。

 フリーデリックとアリシアのかかわりは、この地に来るまで、ただ捕えるものと捕えられるもの、それだけだったはず。

 親しいかかわりなど一切なかったアリシアのことは、世間の評価以外に彼が知るはずもない。

 正直、好きになってもらえる要素はどこにもないはずだった。

 ふーっと、もう充分冷めたカモミールティーに息を吹きかける。

 よくわからない。

 よくわからないことだらけで、アリシアはフリーデリックを信じるための一歩が踏み出せないのだ。

 無意味に、ふー、ふーとカモミールティーに息を吹きかけ続けるアリシアに、ジーンは困ったような笑みを浮かべた。


「本当は、わたくしの口から告げるのではなく、本人が告げるべきなのでしょうけれど……」


 ジーンはそっと、ティーカップをテーブルの上におく。


「わたくしも、フリーデリック様から聞いたほんの少しのことしか知りません。でも、……お話しした方が、よさそうですわね」


 まったく、本当に肝心なことを黙っているのですから、仕方のない方ですわ――、ジーンは微苦笑を浮かべて、ぽつぽつと語りはじめた。




     ☆




 フリーデリックはベッドに寝そべって、ぼーっと天井を見上げていた。

 騎士団にいたころ、ジョシュアとは頻繁に酒を酌み交わしていたが、今日はどうしてもそう言う気分にはなれなかった。

 ジョシュアもわかっているようで、夕食後は早々に客室に引き下がった。


(……王女を狙う本当の犯人、か……)


 そんなこと、考えもしなかった。

 なぜなら、フリーデリックには、アリシアがユミリーナを狙っていたのかいなかったのか、それすらも曖昧だったのだ。

 証拠がなかった。それはわかっている。

 でも、フリーデリックはただ信じたかっただけだった。きっと違うと――、葛藤し、悩み、苦しんだ時に、信じたいのならば信じなさいと言ったのは、ジーンだった。

 アリシアと結婚したいと言ったとき、両親も兄たちも、騎士団の仲間もみんな反対した。反対しなかったのはジーンと、ジョシュアだけ。

 ジョシュアが来てくれたことは、ありがたかった。

 ジョシュアの剣の腕は確かだが、それ以上に、彼は頭がいい。今まで自分には関係ないと知らんぷりを続けていた彼が、アリシアを見た。助言をした。手を、差し伸べた。

 もちろん、ジョシュアが味方になったからと言って、すべてがうまくいくとは限らない。

 アリシアの疑いは晴れないかもしれないし、最悪自分が剣を抜く日も来るかもしれない。

 それでも――、ほっとした。守ると言って守り方がわからなかったフリーデリックを叱責し、導いてくれる友が来てくれたことに、安堵する。


(俺はもう、間違えたくない)


 フリーデリックはそっと目を閉ざす。

 疑いもせずアリシアを追いかけまわしていたフリーデリックが、もしかして、彼女はみんなが言うような悪徳令嬢ではないのではないか――そう、はじめて疑問を持ったのは、およそ半年前。

 あの日彼女は、美しい紫色の瞳を潤ませて――それでも、気丈に前を向いていた。

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