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貧乏くじを引いた話を聞いてくれるかな

「凉雅、翔月陛下の身代わりとなって、政権の不穏分子を排除しておいで」


 そんな、ちょっとおつかい行ってきてと頼むような口調で、僕は父さんから任務を受けた。なんでも完璧にこなす父さんが大事を命じたのだから、すでに計画は始まっているんだろう。


「……了解」


 断る選択肢なんてないので、僕は翔月の身代わりかぁと思いながら是と答える。

 翔月は……今は陛下って呼ばないといけないけれど、公子時代に玄家に身代わりの訓練に来ていたから気安い仲なんだ。その時はお互い朝廷のために影として働くと思っていたから、仲間意識もあったしね。それが上の公子が共倒れになったせいで、翔月は光が当たる場所へと引きずり出された。


 今思い出しても、皇帝になりたくないと駄々をこねるあいつを説得するのは骨が折れた。父さんと二人がかりで、玄家仕込みの技を駆使して逃げる翔月を取り押さえた。その後は父さんが説得していたらしいけど、たぶんこの計画をもちかけたんだと思う。じゃなきゃ、あの翔月がすんなり玉座につくはずがない。他にも取引したのかもしれないけど、僕は興味がなかった。


(ま、鳳蓮国のためになるなら、協力してやるか)


 父さんの計画を聞きながら、そんなことを思っていたら「それと……」と、話の終わりにこう付け加えた。


「鈴花には妃嬪として後宮に入ってもらうことにした」

「え……あいつに大人しい妃嬪なんて務まるの?」


 妹の鈴花はちょっと行動力がありすぎるというか、お転婆というか。市井のおいしいものが食べたいからって、玄家の技術を駆使して脱走を繰り返すような子だ。それが陰謀渦巻き、高度な駆け引きが要求される後宮で生きていけるのかと兄としては心配になった。

 それは父さんも同じなのか、少し顔を曇らせて「まぁ……」と低く唸る。


「その辺りは春明に任せてある」

「でた、春明への丸投げ。……それで、鈴花も計画に乗ってるの?」

「いや、鈴花には教えていない。あの子は計画を知った上で自然に振舞うのはまだ難しいから、そのままにしておく」

「たしかに」


 鈴花は将来他の名家に嫁ぐか、妃嬪になるかだと想定されていたから、僕や春明ほど裏の技術を叩きこまれたわけじゃない。せいぜい襲われた時の護身術と生き延びる術くらいだ。だから、短期間なら誰かになり切ることだってできるけど、長引けば襤褸がでるし計画を踏まえながら自然に振舞うのも難しい。それに、鈴花は直感と思い付きで行動するから、そのままにしておくのが一番いい。父さんもそういう判断なんだろう。


「そういうわけだ。涼雅、よろしく頼む」

「はーい」


 こうして僕は体型を調整し、時々皇帝本人と代わりながら周囲に違和感を与えないように、完全に同化していく。この、自分が自分で無くなる感じは嫌いじゃない。僕は玄家で生きるために生まれたようなもので、幼いころから影が薄かった。家族で外に食事に行っても、店員には注文を取られないし、注文しても料理が来なかったり他の客へ流れてしまったりすることも多々あった。


 だけど、これは隠密をする上ですごく便利だから大歓迎だ。修行をすることで気配は常人には気づかれないほど消せるようになったので、盗み聞きし放題。それに誰かに成りすますことも得意だった。翔月には敵わないけどね。日頃影が薄いから、本来の仕事場から消えていても誰も気にしない。


 そうやって、皇帝に成り代わったり、下っ端の文官として小間使いさせられたりしているうちに、建国祭が近づいて来た。父さんは翔月が歴代皇帝の陵墓を参るために、宮から出る時が危ないと睨んでいたから、僕も同行することになった。



 結果的に父さんの読みは当たって、襲撃があり僕たちは混乱に乗じて逃げ出した。計画では相手は身代わりを用意しているだろうから、しっぽを出すまで玄家で身を隠すことになっていたのだけど、敵は用心深くて動く気配を見せなかった。そんな時に父さんに呼び出されたから、嫌な予感しかしない。


「凉雅、ちょっと皇帝として捕まっておいで」


 またしても父さんの口調は軽い。同じ部屋で次の計画を聞いていた翔月は、少し不安そうな顔をしていた。翔月は別で動くことになっていて、宵というご落胤を作り上げて後宮に入り込むらしい。全容は聞かされていないけど、翔月の憂鬱そうな顔を見れば簡単な任務ではないことは分かる。


 僕の方だって普通に命の危険がある。玉座を奪おうとしているなら、皇帝を生かしておくはずがないし……。ただ、敵は相当用心深いので簡単には殺さないというのが、父さんのそれと玄家全体の読みだ。危なくなったら逃げてもいいとは言われているので、気兼ねなく屋敷を破壊して出るつもりだ。


 こうして、皇帝襲撃から三日後、僕は皇帝としてわざわざ足を折り満身創痍に近い状態で草むらに寝転がった。気絶したふりをしていたらほどなく襲撃してきたのと同じ部族に捕まり、屋敷に連れていかれたところで珀家が黒だったことを知る。木箱の中でも街の音や匂いで場所は分かる。


 僕は動きが停まったところが門だと当たりをつけ、箱の隙間から特殊な砂を落とした。これは玄家で飼っている犬が大好きな匂いがついていて、ここまで辿って来られるだろう。


 そして、ここからの監禁生活はなかなか過酷だった。はなから皇帝としては扱われず、名を聞かれても口を閉ざしていたら勝手に皇帝だと解釈してくれた。皇帝だと確証が得られない状態が殺されにくいのだけど、だんだん拷問じみたことが始まって痛みに耐える日々になった。


(あ~、無理。痛い。生きて帰ったら追加報酬もらお)


 拷問に耐えられる精神力は鍛えられていても、痛いものは痛い。あばらを数本持っていかれたところで、常人が耐えられるのはここまでだろうと、皇帝であることを漏らした。あんまり耐えられていると逆に怪しまれるからね。捕まってから一週間が過ぎていたし、そろそろ外も動き出す頃合いだった。


(上手くいっているといいんだけどねぇ)


 さすがに僕もこの状態で玄家と連絡を取る手段はないから、食事を持って来る下女や番人の話から事態を推測するしかない。どうも僕は気がおかしくなった使用人ってされているみたいで、彼らは僕とは別に誰かを保護しているみたいって話していた。僕は虚ろな表情を保ちながら、内心ほくそ笑んだ。僕の反応がないから聞こえていないと思っているのか、暇を持て余した下女や番人は噂話をたくさんしてくれる。


 そのおかげで、鈴花が無事翔月を拾ったことや、四人の皇帝が現れたこと、後宮に賊が入って鈴花が襲われたことを知ることができた。賊に襲われたのは計画外だったけど、心配はしていなかった。鈴花は吹き矢が上手だし、春明は武芸に秀でている。むしろ何も知らずに攻め込む敵が可哀そうだ。


(さ~て、そろそろ終幕かな)


 捕まってからの日数を数えるともうすぐ建国祭だ。僕たちは建国祭までには片がつくと踏んでいたし、実際そうなった。真の皇帝を明らかにする審議の日、多くの人が出ていく気配を感じ、僕は心が浮き立つ。


(やっとここから出られる)


 ここ数日、珀家の周りを仲間がうろついているのを感じていた。特殊な訓練を受けた者だけが聞こえる鈴の音がかすかに届いたからだ。おそらく仲間たちがここに証拠を押さえに来るのだろう。そして僕は審議をひっかきまわすために、正殿へと向かう。それが予め決めた計画だった。


(しっかし、この状態を鈴花に見せるのもなぁ……。僕だと分からないぐらいずたぼろだ)


 皇帝だと吐いてから拷問はなくなったが、折れた骨は処置されず、顔の腫れも引かなかった。凡庸な顔でどこでも溶け込めるのが長所なのに、これでは人目を引いてしかたがなかった。まぁ、もう少し皇帝になり切らないといけないから、これぐらい憐れみを乞うほうがいいけど。


 そうして寝床に横になりながら、助けを待っていると上が騒がしくなってきた。


「凉雅様」


 難なく訓練を受けた使用人の一人が地下牢まで入って来て、鍵を開ける。


「立てますか?」

「もちろん。片足でも戦えるくらいだよ」


 そう返すと僕は片足で立ち、牢を出た。突入部隊に指示を出しながら、怪しいと目星をつけていた房室(へや)を物色し、山間部賊との繋っている証拠を手に入れた。眠ったりしびれたりしている珀家の使用人たちの間を抜けて、邸を後にする。


 その後は計画通り、巡回中の武官に見つけてもらい、皇帝だと思わせて審議の場に乗り込んだ。弱弱しく痛ましい皇帝のふりをして、僕は用意された椅子に座る。しぐさ、雰囲気、声を皇帝に合わせれば人々はすんなり信じてしまう。


 場は四人の皇帝候補に、僕まで加わったものだから大混乱。順調に翔月は宵としてご落胤だと明かしたらしいけど、覆されたようだ。右丞相の詰問する声は走廊(ろうか)まで響いてたし、入った時に見た鈴花の顔色が悪かった。今は、驚いているというか、腹立たしそうというか、別の意味で顔色が通常と違う。入って来たのが兄だと気づいたみたいだ。


(さすがに家族の目はごまかせないか……)


 終わったら責められるだろうなと思いながら、僕の存在で変わり出した状況を見守る。審議の場は玄家対珀家となっていて、覆り、覆しの手に汗握る展開となっていた。筋書きを知っている僕は冷めた目で見ていたけど、何も知らない鈴花は不安そうな顔をしている。


(あ、右丞相……とうとう踏み外したね)


 追い込まれた右丞相は、とうとう僕が皇帝であると口を滑らせた。思わず口角を上げそうになるけど我慢する。翔月は見るからに愉快そうで、痛い思いをしている僕としてはなんだか腹が立つ。そこからは石が坂を転がるが如く、父さんが僕の正体を明かして右丞相をさらに追い込んでいく。僕はそこで用済みなので、皇帝から凉雅に切り替えて存在を消した。


(あ~疲れた。やっぱ、人から視線を浴びないのは楽~)


 さっきから可愛い妹が、怪我した僕を心配するよりも射殺すような視線を向けてくるけど、気づかないふりをしておこう。そしていよいよ大詰め、翔月がその正体を明かし、僕と朱家、蒼家の影武者が傍に控える。彼ら二人も一緒に修行をした中で、今回快く協力してくれた。癖のあるやつらだが、その腕は信用ができる。


 その後、翔月が皇帝として事の経緯を話し、場を収めようとする途中で珀妃と鈴花がぶつかったり、珀家の偽皇帝が翔月を襲って返り討ちにされたりしたが、なんとかうまくいった。全て父さんの筋書き通り、これで政権の不穏分子は取り除かれて鳳蓮国はひとまず安定するだろう。


 父さんは満足げだし、僕も任務を遂行出来て一安心。鈴花はまったく納得していないみたいで、不満そうだから後でご機嫌伺いに行かないとね……。鈴花の好物でも持って行こうなんて思っていたら、最後に計画外のことがおこった。


「余は玄鈴花に皇貴妃として隣に立つことを命ずる」


 その言葉が翔月から出た瞬間、僕はぽかんと口を開けてしまった。普段は俺って言ってる翔月がいっぱしに皇帝役をしているなって思ってたらこれだ。思わず鈴花の顔を見たら、そっちも驚いていて、でもちょっと嬉しそうで、さらに僕は目を丸くした。


(え……まんざらでもないの?)


 鈴花は国への忠誠心も厚いし、向上心があるから後宮に入れば皇貴妃を目指すだろうなとは思ってた。でもそれは、国を背負うという役割のためであって、皇帝自身、翔月自身への想いは二の次だと思ってたのに。鈴花の顔は恋する乙女だ。


(え? 何、翔月のやつ、僕が散々苦労している間に、鈴花を口説いてたわけ?)


 あの反応は、宵の時から鈴花に想いを寄せていないと出ないものだ。


(てか、あの翔月が鈴花を? え? なんで?)


 鈴花は可愛いし器量もいい。それに努力家で頭もいい。皇貴妃としても十分やっていけると思うけど、古くから知る友人と妹が……改めて考えると変な気分だ。これも父さんの計画のうちなのかなって思ったけど、苦笑いしてたからたぶん違う。


 そしてそう宣言した翔月は堂々としていて、皇帝の役も板についている。それがまた、少し腹立たしくて、今回の任務というか騒動を締めくくるならこの言葉に尽きる。


(あとで、翔月を一発殴ろう)


 今は皇帝だとか関係ない。今回、どう考えても一番貧乏くじを引いたのは僕だ。なんだか徒労感がすごくて、僕は堂室(ひろま)を出る際に翔月に殺気を飛ばしておいた。鈴花のような可愛いものじゃない。暗殺者の本気だ。


 翔月の肩が跳ねあがったので、ちょっといい気味だ。胸がすっとしたところで、僕は久しぶりに玄家の邸へと帰ったのだった。それから拗ねる鈴花を父さんと宥めに行ったりもしたんだけど、それはまた別のお話。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 次期当主。いいですね兄視点! 脇キャラでは春明の次に好きです♡ そしてそんなに痛い思いをして頑張っていたのに、翔月は……あ、いえ。宵も頑張ってましたよ? ね? 楽しく読ませていただきまし…
[一言]  わーいわーい兄ちゃんと父ちゃんだ~!  改めて薄々感じていたけれど二人とも親馬鹿&兄馬鹿というか、鈴花には弱いようでですね。  父ちゃんは鈴花をキッチリ把握していて尚この長男との格差。跡継…
[良い点] 遅ればせながら完結おめでとうございます! にやにやが止まらないです。 鈴花ちゃん、かわいすぎ。 そして、お兄ちゃんご苦労様ですっ!としか(笑) 好きです。お兄ちゃんみたいな方。
2020/04/26 17:05 退会済み
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