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56 真相を問い詰めましょう

「で、どういうことかしら」


 皇帝は急ぎ政治を立て直さなければならなかったため、鈴花の下を訪れたのはその日の夕刻だった。離れの客房(きゃくま)に通された翔月はバツの悪そうな顔をして座っていた。春明が淹れてくれたお茶を飲もうとして茶杯に手を伸ばすが、その熱さに手を引っ込める。春明による無言の怒りを感じて、目を伏せた。春明もだが、前方からひしひしと怒りが飛んできているのを感じており、まるで針のむしろだ。


「……申し訳なかった」


 つい、謝罪が口をついて出てしまう。声は皇帝のものだが、威厳は早々に逃げ出した。向かいに座る鈴花は目を吊り上げており、納得がいくまで返さないとその瞳が訴えている。そして拳が握られ、顔の高さまで上げられる。


「本当なら、一発お見舞いしたいくらいよ。でも、宵ならともかく、皇帝陛下のご尊顔に傷をつけるわけにはいかないから、我慢するわ」


 鈴花はしぶしぶといった顔で、拳を下ろす。


「……ことが終われば、平手の一発くらいもらうと思っていたが、拳は妃嬪としていかがなものかと」


 口の減らない翔月に、鈴花は「平手ならいいのね」と平手打ちの準備をする。そこで翔月はすかさず、「市井から小鈴の好物を取り寄せたのだ」と、機嫌を直してもらう秘策を発動した。翔月に焦った顔を向けられた春明はやれやれと、予め届けられていた小豆包子(あんまん)を出す。


 蒸籠から出てきた包子を見て、鈴花は一時休戦とほくほく顔で口に運ぶのだった。ふわふわの包子に、甘さ控えめの小豆餡がたまらない。いつも行列ができている店で、鈴花は邸を抜け出しては食べに行っていたのだ。


「……それで、そっちが素なの?」


 掌大の包子を半分食べた頃、鈴花が視線を翔月に向けてそう尋ねる。顔を見れば宵だという意識が抜けないため、声と口調が合わずに違和感がある。本来なら恭しく崇め、へりくだった言葉も使わなければいけないのだが、顔が宵だとどうしても砕けてしまう。


「まぁ、皇帝としてはこちらだな。宵は玄家で訓練した時から、使っているから馴染はあるが……」


 あの軽く、お調子者で女たらしの宵が本来の姿だと困るので、鈴花は「あぁ、そう」と適当に流す。今訊きたいのはそれじゃない。鈴花は包子を食べ終えると茉莉花茶の香りを吸い込み、一口飲んでから茶杯を置いた。


「それで? どこからお父様の策だったの?」

「……えっと、最初からだ。皇位争いで公子が皆死んだぐらいで、師匠から連絡があって」

「師匠?」


 誰のことと鈴花が眉間に皺を寄せれば、翔月は「小鈴の父親」と補足する。鈴花は目を見開くが、翔月は気にせず先を続けた。


「国を荒らしたものがいるから、あぶり出しに協力してほしいって。正直、俺を身代わりに育てて、皇位争いを止められなかった国のために働こうなんて思えなかったけど、師匠の頼みだからって引き受けたんだ」


 私的な場だからか、翔月は皇帝の声ではあるが口調は砕け、宵に近いものになっていた。おそらく、これが彼本来の姿なのだろう。鈴花は相槌を打ちながら彼の話に耳を傾ける。


「それで、さっきも話した通り、仮面をつけて即位し、誰も俺の素顔が分からないようにした。声も極力ださずにな。で、案の定陵墓に参拝する途中で襲撃にあって、身を隠したと」

「てことは、私と会ったのも仕組まれてたのね」


 鈴花は妓楼で出会ったことを思い出し、眉根を寄せる。自ら考え、行動したと思っていたが、そのように仕向けられていたと思うと腹立たしい。不機嫌な顔になる鈴花を見て、宵は頭に手をやった。


「あ~、まぁ、一応な。ただ、師匠が小鈴は反物屋に行って、近くの小豆包子(あんまん)食べるって予想してたから、その二店の協力取り付けて売り子になってたんだけど……」


 その二つの店は、鈴花が市井に出ればいつも行っている店だ。その小豆包子は、今まさに鈴花が食べ終わったものだ。さすが父親、鈴花の行動をよく理解していた。だが、あの時は考え事をしながら歩いていたこともあり、その二つには行かなかったのだ。


「協力してくれた玄家の人たちが、慌てて小鈴が妓楼街へと向かってるって教えてくれて……ちょうど玄家がやってる妓楼があったから、客引きとして紛れ込んだんだ」


 その後は、鈴花も知っている通りだ。鈴花は頬杖をつき、頬を膨らませる。怒った栗鼠(りす)のようになっており、翔月は笑ってはいけないと思いつつも口元を緩めた。


「最初からお父様の掌の上だったってわけね。話してくれたら喜んで協力するのに……」

「あぁ……小鈴はまだ敵の裏と自分の周囲を見るのが弱いから、修行だって」


 まだまだだと、ため息をつく父親の姿が目に浮かぶ。


「……絶対目にものを見せてやるわ」


 闘志を燃やす鈴花を見ながら、翔月は茶杯の温度を確認し、やっとお茶を口にした。気のせいかいつもより苦く感じる。


「けど、こっちだって小鈴が気づけるよう細工は入れてたんだけどな」

「え?」


 苛立った声で訊き返す鈴花に、翔月は懐に手を入れて何かを包んだ手巾を取り出した。広げられた中には、簪が二本並んでいる。


「……ご落胤の証拠としてでっち上げた簪じゃない」


 使い込まれた方の簪の傷に至るまで作られたものだと考えると、職人たちの技術力の高さに舌を巻く。鈴花は何か文字でもあるのだろうかと、手に取って見るが暗号のようなものは見当たらない。頭に珍しい鳥と黄色い玉が付いている普通の簪だ。


 鈴花は「う~ん」と唸って二つの簪を隅々まで、目を皿のようにして見る。降参かと勝ったような笑みを浮かべる翔月が答えを口に出そうとした時、鈴花の背後に控えていた春明が呟いた。


「その鳥、鳳凰ですね」

「え、あ、ほんとだわ。だいぶ簡素化されるけど、この頭は鳳凰ね……ん、待って?」


 鈴花は少し簪を遠ざけて全体を眺める。黄色い玉を鳳凰が翼で抱えるような飾りと、玉へと飛んでいるような飾り。その瞬間、鈴花の頭に閃きが走った。


「わかったわ! この黄色い玉は月ね、そして鳥は空を飛び、空を翔けている……鳳、翔月……分かりにくいわ!」


 鈴花は正解にたどり着いたものの、つい叫んでしまった。翔月は満足そうに口角を上げる。それがまた、鈴花を苛立たせた。


「正直、郭昭を味方に付けた辺りで気づくかなと思ったんだけどな……おかげで、賊が侵入しても碌に動けなかった」

「どうりで一番早く駆けつけられるわけだわ」


 五年も修行していれば、遠くで鳴った微かな鈴の音でも目を覚ますことが可能だろう。


「そ、ただ、俺も小鈴があそこまでできるとは思ってなかったから、びっくりした。師匠はほんの護身術程度って言ってたからな」


 一般的な護身術に吹き矢は含まれない。あの時翔月は、素で驚いていたのだ。


「あれ、玄家の中では護身術なのよ」

「知ってたけど、玄家は恐ろしいな」


 翔月も五年間玄家で厳しい訓練を受けてきた。体術と剣術の技能は王軍といい勝負なのだ。

 鈴花はだいたいの背景を掴み、「そういうことだったのね」と呟く。春明が口直しにと出してくれた干し杏子を食べ、お茶を飲み干して一息つく。聞かなければいけないことはまだある。


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