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55 審議に幕を下ろします

「面を上げよ」


 凛とした仮面を通さない声には力強さがある。皆が一斉に顔を上げる様は壮観で、翔月は表情を引き締めた。皇帝であると証明するのと、臣たちに仕えるに値する皇帝だと認めさせるのは全く違う。翔月にとっては、ここからが正念場だった。

 翔月は臣たちの顔を一人一人見ていく。策を全く知らなかった百官の顔には、戸惑いや不安が浮かんでおり、値踏みをするような目をしている者もいる。翔月は深く息を吸うと、声を響かせた。


「まずは玉座を空け、皆を不安にさせたことを詫びる。そして改めて、余が鳳翔月である。すぐに信じよとは言わぬ。今後の働きで少しずつ認めてもらえればと思う」


 仮面の下の皇帝はまだ若いが覇気があり、聡明であることは先程の通りだ。鈴花は仮面をつけた皇帝と関わることは少なかったが、側仕えの郭昭や御前会議で関わりのあった太師、百官などは戸惑いも大きいようだ。


「事の経緯については先程述べたとおりだ。それにあたり、力を貸してくれた朱家、蒼家、玄家には改めて感謝を。これにより憂いは除かれ、ようやく新しい治世を始めることができる」


 強い意思を持つ皇帝の前に跪いている若い三家の男たち。それが新しい時代を象徴しているようで、鈴花は胸が熱くなった。先帝が崩御し、皇位争いで国が荒れた暗い時代が終わり、光が見えてきたような気になる。この皇帝の下ならば、国はよい方向へ進んでいくと思えた。


(皇帝に仕え、国のために働きたい……)


 鈴花はそう志して、後宮に入った。予想に反する事態となったが、結果として悔しく納得のいかない部分はあるものの、皇帝翔月の能力を見せつけられた形になっている。


(それが、ようやく叶うわ)


 今後後宮は元通り動くようになり、朝廷も機能するだろう。来週には建国祭もあり、新皇帝の晴れ舞台だ。鈴花の表情は自然と和らぎ、肩の力を抜いた。これでやっと、平穏な日常に戻ることができる。

 鈴花が少し気を緩めたところで、翔月は間を置いてから「そして」と続きを口にした。


「来週の建国祭は予定通り行う。皆、急ぎ準備を進めよ」


 百官たちが一斉に返事をする様子は見ていて気持ちがいい。宵と皇帝、どちらが素なのかは分からないが、立派に皇帝としての役割を果たしていた。


(建国祭、楽しみね……宮中行事もあるだろうから、おいしいものが食べられるわ)


 建国祭はその昔、鳳国と蓮国が合わさって鳳蓮国が出来たことを祝う、年間で最も重要な行事だ。皇帝は歴代皇帝の陵墓を巡って過去の偉業を称え、今後の発展を祈願する。そして、正殿前の大広場にて民に姿を見せるのだ。この日だけ、民は正殿の広間に入ることができる。そして宮中でも祝宴が開かれるのだ。

 鈴花が豪華な宮中料理に想いを馳せていると、ふと皇帝と視線が合った。玉座に座っているとますます顔がよく見えるわねと思っていると、翔月は口を開いた。


「その式典で、余は玄鈴花に皇貴妃として隣に立つことを命ずる」


 一瞬の間の後どよめきが広がり、百官たちの視線が一気に鈴花へ集まった。


(ん? 何言ってるの?)


 だが、当の鈴花は一瞬理解ができず、きょとんとした顔で首を傾げている。


「玄鈴花は余の不在時、後宮の維持に努め、他の妃嬪からの信頼も厚い。また、国を想い行動する力があるのは、先ほどの通りだ。異論はないか」


 皇帝にそう問われれば、太師を含む百官も鈴花も「是」と頭を下げるしかない。鈴花は玄家の娘、資格も十分にある。当主である父に祝いの言葉がかかり、郭昭は嬉しそうに目を細めていた。春明も「おめでとうございます」と声を弾ませていたが、鈴花は一人釈然とせず、まだ消化不良のため素直に喜べない。


「後宮は、玄妃と郭昭を中心に動かしてくれ。妃嬪の整理も任せる」


 珀妃についていた妃嬪たちの処遇を考えろということなのだろう。鈴花と郭昭は黙って頭を下げる。そして、話は次へと進んでいき、太師や百官たちの意見も出始める。徐々に朝廷としてあるべき姿に戻り、人々の顔には明るさと前向きさが浮かんでいた。堂室(ひろま)には苦境を乗り越えた者たちの一体感で包まれ、簡単に今後について打ち合わせると翔月が場を締める。


「皆、ほんとうによくやってくれた。これからも、鳳蓮国のために尽くしてほしい」


 一斉に「是」の言葉が返り、頭が下がる。


(……素晴らしい幕引きね。まだ終わってないけど)


 鈴花は顔を上げると同時に、胸の前で手を動かした。指を交えて手の形を変え、合図を送る。玄家で訓練したものならわかる暗号だ。“あとではなす、かくごして”と父親より厳しい言葉になった。一瞬顔を引きつらせた翔月が見えたところで、審議は閉会となったのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 夢が叶ってよかったね、鈴花。 ……スッキリはしてなさそうだけど。
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