47 固唾を飲んで見守ります
右丞相は間を置き、太師を含む百官を見回してから、彼らに訴えるように話し始める。
「皆さまも疑問にお思いでしょう。先日、大変憤りを覚えることに、後宮に賊の侵入を許しました。幸い景雲宮にけが人は出ませんでしたが、敵を自白させることはできず、目的は分からずじまいです」
そう右丞相が話し始めると、百官たちは確かにと頷き近くの者と二、三言葉を交わしていた。これだけで右丞相が百官、ひいては朝廷に強い影響力を持っていることがうかがえる。
「妃嬪に害をなすならば、恐ろしい話ですが全ての宮に賊が侵入したでしょう。……そうそう、確かこのような噂もありましたな。玄家は皇帝に関する重要人物を景雲宮にて保護しているため、それを狙われたのだと」
もったいぶったような話し方で、蛇がとぐろを巻いて獲物を締め付けるように迫って来る。父親は肩眉を上げ、迷惑そうな表情をしていた。
「……それで、何が言いたいのでしょうか」
「いえ、陛下の行方が分からなくなってから、玄家ゆかりの宦官が一人後宮に入ったと聞き及んでいるので、もしやと思いまして」
右丞相の視線が宵へと向けられ、つられて皆の視線が宵へ集まる。仮面で表情は見えないが、泰然としているように見えた。後ろで見守っている鈴花のほうがハラハラしてくる。右丞相は朗々と話を続ける。
「少々調べさせてもらいましたが、玄家は物や人の動きが変わらず、本日も邸からはご当主一人が出てきたと……ならば、そこにおられる仮面の皇帝はどこからいたしたのでしょうか」
「そちらの調べが甘いのでしょう。何も玄家の邸で陛下をお世話たてまつったとも限りませんからな。それに宦官については試験も通り、難癖つけられるゆわれはないはずですが」
「なるほど、後宮は情報が漏れにくく、安全ではありますからね。それに、その宦官は栗色の髪に黒目とも伺っておりますし、ほとんど景雲宮から出なかったと」
右丞相は父の言葉を全て自分の主張へと取り込んでいき、鈴花は空いた口が塞がらない。最初からこちらを潰しに来ているので、対話をする気も無いのだろう。
(ほんと、この親にしてこの娘ありね……)
百官たちは右丞相の話の先が読めないようで、頭の上に疑問符が浮かんでいた。そこに示し合わせたように百官の中から声が飛んでくる。
「右丞相殿、仮にその宦官が陛下だとして、何が問題なのでしょうか」
それは皆の想いを代弁していたようで、頷きと共感する声が漏れ出てきた。
「もちろん、後宮は陛下のためにある場所。……ですが、本物の陛下はこちらにいらっしゃる。つまり、玄家は素性も知れぬ男を宦官と偽り後宮に入れたことになります」
「なぜ、短絡的に宦官がこちらにおられる陛下と決めつけられるのか」
「ならば、ここに例の宦官を呼んでいただきましょうか」
宵はここにいるので、呼び寄せることはできない。父親が黙り込めばざわめきが一際大きくなり、皆の視線が痛いものに変わる。後宮に皇族以外の男を入れるなど言語道断であり、厳しい処罰の対象となる。それでも鈴花が落ち着いていられるのは、切り札があるから。
重い沈黙がおり、玄家の当主の返答を皆が待っていると、走って来る足音と軽鎧が擦れる音が聞こえてきた。鈴花が戸口に視線を向けると、先ほどの伝令が再びやって来て畏まる。
「審議中申し訳ありません。武官たちによると、保護した男は足に怪我を負われ、衰弱されているとのこと。……ですが、自分は証人として皇帝が行方知れずとなった顛末を話したいとおっしゃっているそうです」
足に怪我を負っているという情報に、鈴花は思わず顔をしかめた。また衰弱しているということは、珀家で粗悪に扱われたということだ。これに対して右丞相はすぐさま弁明を述べる。
「その者がまことに我が家で療養していた使用人であるならば、迷惑をかけて申し訳ない。ですが、病人の戯言に耳を貸す必要はございません。普段は落ち着いて見えるのですが、時たま暴れ出すので、その時に足を怪我したのです。食事も手を付けないことがあり、こちらもほとほと困っていたところで……病状がよくならないので、医官の先生に相談しようと思っていたんです」
と深刻そうな声で話す右丞相が眉尻を下げると、年のいった医官が白いあごひげを撫でながら「ふむ」と答えた。
「確かに気の病には妄言や幻覚がありますからなぁ……ちょうどこの場にいらっしゃるなら、少し診てみましょうか」
「それはありがたい。ぜひお願いします」
話が滑らかに進んでいき、鈴花は寒気を感じた。まるで役者が決められた台詞を言っているような、自然な作り物のような印象を受けたのだ。あまりにも異を挟むものが少なく、鈴花は唾を飲みこんだ。
(これ……思った以上にまずいんじゃない?)
こちらが何を言い返しても、うまく流されてしまう。このままでは本物の捕らわれていた皇帝が来ても、病人として片付けられ闇に葬られてしまうだろう。
(ここで、宵の正体を明かすべきかしら……)
この流れを断ち切らなくてはならない。鈴花が父親に切り札を使うように念じていると、父の深みのある落ち着いた声が響いた。
「それはずいぶんと強引な話ではないですか? 陛下を名乗るお方については、こちらからも医者を派遣します。尊い身を闇に葬られてはかないませんからな」
「ほう? その言い方では、自らが連れてきた皇帝は偽物だと認めてはいませんか?」
二人の視線がぶつかり合い、周りは息を飲んで次の言葉を待った。
「さよう」




