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ラメ入りのジュエリーネイル

「……改めて訊きたいんですけど」


 改めて、お互いが妥結出来る点を模索する為、俺達は再び向かい合って席に着いた。

 さっきの問題のファイルについては、まだ予測不能で油断できないので、相手に触れさせないようにして、俺の手元に残してある。


「なんですかー? 」

「俺はもう元には戻れないんでしょうか? 」


 すると、女が俺の背後の壁を指差した。


「? 」


 何の事かと振り返った時、俺はそこに在ったはずの、さっきの扉が跡形もなく、消えて無くなってしまっている事に気が付いた。

 どれだけ目を凝らしてみても、背後にあるのは、ただの壁、それだけだった。


「この部屋は現世にあっても基本的には一方通行なんですよー。この通り入った時点で、入り口はこちらからは消滅してしまうんです」

「……」

「分かってもらえましたかー? 」


 泣いても笑っても、斉木一真という人間の、いよいよこれが本当に終わりなんだな、と俺は覚悟することを求められ、それを突き付けられた気がした。


「哀しいですか? 」

「よく分からない。まださっきここに来たばかりだし」


 気が付くと女の言葉が、急に語尾を伸ばす話し方から、普通の外見の印象通りのそれに変わっていた。

 さっきの異様な程に不真面目過ぎる、現実離れしたテンションの高さは、過去を忘れて次へいく相手の為の、この女なりの優しさなのかもしれないと、俺は何となく初めてそう思った。


 おかげで、少なくとも今更しても仕方がない悲壮感を、俺は今も感じずに済んでいる。


 そう気が付いた時に、同時に俺はさっきの事故の時の事を、不意に思い出していた。

 トラックにぶつかった瞬間の記憶は飛んでいたが、直前までの光景がまざまざと思い出された。


 あの同じ場面で、再び行動を選ぶことが、仮にもう一度出来たとしても、結局自分は同じものを選んでしまうんだろう。

 ―あなたはもしも、○年前の自分に戻れるなら、何がしたいですか?

 そんなよくありがちな仮想アンケートを、実体験でやることが出来たとしても、だ。


「そのファイル、返してもらえませんか? 」


 俺は頷き、言われた通り、黙って女に走馬灯のファイルを返してやった。

 俯き加減で女がゆっくりぱらぱらと、ページをめくる。

 女は綺麗なラメ入りのジュエリーネイルがされた、キラキラした指で、ファイルの中の文字を辿っていた。

 けれど、何故かその眼は実際には、余り中に記載された文字を追って読んでいないようにも見えた。


「すみません、私、本当は苦手なんですよー。斉木さんみたいな人は、特に。どう対応したらいいか分からなくなってきちゃうから」


「……」


「次はこんなこと、しちゃ駄目なんですからね? 」


 さっきまでとは別人のような、計算を感じさせない、しょんぼりとした悲しげな上目づかいで言ってきた女の言葉に、俺は苦笑いした。

 何も俺が言わなくとも、やっぱり色々知っているんだなぁと、しみじみ思えたからだった。


「そうですね」


 静かに俺がそう応えかけた時、女の顔が一点を見つめながらぱっと輝いた。


「……? 」


 特に深く何も考えずに、俺はもう一度、彼女が見つめている方を振り返って見た。

 ついさっき何もないと確認したはずの壁に、おぼろげな扉のような輪郭が、微かに浮き上がって見えていた。


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