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俺の完全版

 俺の反応がいまいち悪いせいか、女はチューブファイルをぱらぱらとめくりながら、やや難しい顔をした。


「斉木さん、何だかあんまり嬉しそうに見えませんね。ただでさえ順番待ちが多くて、皆さん自分の番が全然回ってこないものなのにー。だから、こうやって直ぐに生まれ変われるのって、なかなかない貴重な機会なんですよー。だから前向きに考えてくださいねっ! 」


 いいか、無責任に後押しするみたいな言い方はやめろ。


「……」

「そんなにみるきぃちゃんが、嫌なんですかー? 」


 嫌に決まってるだろ!

 逆に良さそうな要素があるなら、そっちを教えてくれよ、今すぐにな!

 黙って察しろ的な、俺の険しい表情に気が付いたらしく、女はため息混じりに、ファイルをめくっていたが、あるページに目を止めると、目を輝かせながら言った。


「ええと、そうですねー。他に、今選べるのでオススメだと、隣町の動物園で生まれる予定の、カピバラさんの赤ちゃんのポジションがあいていますねー」


 え、カピバラ? な、何だと。


「……人間にして下さい」


「えー、カピバラさん、めっちゃかわいいじゃないですかー。それに世界最大のネズミちゃんですよー。現世で友達がいない、彼女いない歴イーコル年齢でコミュ障の、三重苦な斉木さんも、来世では絶対動物園の立派な人気者確実ですよ☆やったぁ」


 あああ、絶対なりたくねえ。しかもさりげなく途中に、俺の悪口を混ぜんな。


 って、何故俺に友達がいないことまで、この厄介な女に知られているのか。

 ひょっとして、その大量の紙の束が挟み込まれた、身上書だか、内申書だか職務経歴書だかみたいな分厚いファイルには、俺の知られたくないような詳細な記述までもが載っているのか?


 そんな払拭しきれぬ、俺の疑念は、どうやら女には筒抜けで伝わったらしい。


「この走馬灯のファイルのことですかー? 」


 走馬灯がファイル化されてるって、設定的に斬新過ぎないっすかね。


「そうですよー、今までの斉木さんのことが、たくさん書いてあるんですよー。高校生の時にドキ☆ドキで初めて買った、エッチな本のタイトルなんかも、全部完全版で収録済みでーす、てへっ」


 おい、今、何て言った?


 それに俺の曲がりなりにも紆余曲折の二十四年の人生は、完全版にしても、そのファイル一冊の中に収まっちゃうような、薄いもんなの?


「そういう切なくも甘酸っぱい思い出まで、とにかく必要な情報は何でもかんでも詰め込んであるんですよー。それを元に、ここに来られる方の、来世での最高のマッチングを考えるのが、私の役目なんですからねー」


 いかにも打率の悪そうな、自称婚活業者みたいな相手に、俺は心からきいてみたくなった。

 その明らかに余計な個人情報が、どんな局面で、いったい何の役に立つのかということを。


 そんな疑いの眼差しを向ける、俺の前では、女がえへんと誇らしげに胸を張った。

 この奇抜な仕事に、本人としては、やはりそれなりのプライドを持っているようだ。

 だが、俺にはその相手の都合を考えない、言動の全てが、もはや詐欺か凶器の類いにしか見えない。


「で、さっきのお話の続きですけどー」


 で、このファンタジーゾーン的な空間から抜け出す為に、インコースギリギリを攻めて話を逸らしたつもりが、相手はカピバラからまだ離れないつもりのようだ。

 俺の試みは間違いなく失敗に終わった。


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