古びた総合病院
次に意識が戻った時、俺は何処かの大きな病院にいて、患者用の使い古したストレッチャーに乗せられていた。
いや、厳密に言えば、ストレッチャーに乗せられて、医者や看護師達に周りを囲まれ、着ていたスーツやワイシャツをあらかた脱がされ、人工呼吸器らしきものや、その他もろもろの医療器具を次々に付けられていく、抜け殻のようになった自分の身体を『傍観』しながら見つめていた。
何時も鏡の中で見ていた自分の全身が、等身大のフィギュアのように、そこにあることには、本当に愕然とさせられた。
―俺は死んだのか?
それを裏付けるかのように、ストレッチャーの脇に立って、自分の姿を覗き込んだ、俺にはそこで慌ただしくしている、医療関係者は誰一人として、気が付いていない様子だった。
それどころか、何かの安っぽいありがちな物語のようにして、俺の身体をそいつらがすり抜けていく。
病院関係者が処置を続けているところを見ると、完全に俺の身体は死んだわけではないらしかった。
だが、今の状況をどうこう自分で出来るはずもなく、俺はぼんやりとしながらその場に立っていた。
その時、俺を診ていた医師がやりきれない表情で、一言こう言った。
「……もう少し搬送が早ければな」
呟きのような言葉だったが、俺にはいやにはっきりと聞こえた声だった。
俺はなすすべもなく、救急外来の処置室を出ると、外の待合の長椅子に座り込んだ。
「……」
瀕死の瀬戸際に立たされている、急患の対応に、緊迫の度合いを増した、処置室の中の騒ぎとは打って変わって、廊下へ出るとそこは別世界かと思う程に静かだった。
天井には院内の奥の方までレールが敷かれていて、俺はそれを目にして、この病院が何処であるのかをようやく悟った。
俺が見ている前で、その敷かれた古びたレールの上を逆さづり状態で、カルテの入った箱ががちゃがちゃとした音をたてながら、院内をゆっくり移動しながら運ばれていく。
電子カルテが主流になった昨今、これを使っている病院は、全国でもそう多くはないだろうし、今では滅多に見かけない光景だ。
「何だ、俺はここへ運ばれたのか」
最近受診することは無くなっていたが、ここは自分が子供の頃にかかりつけになっていた、あの総合病院に他ならなかった。
それから俺はしばらく、病院内部を歩き回った。
入院用品を揃えられる売店も、喫茶店を兼ねた、今となっては時代遅れのナポリタンを出す、食堂もほぼそのままだった。
食堂の、店の入り口近くに置かれた、ガラスケースの中にある、スパゲティにフォークが刺さった、色褪せかけたメニューの食品サンプルが懐かしい。
子供の頃に見た時よりも、そのどちらの店も狭く感じたし、食堂のテーブルや椅子については、記憶の中にあるものよりも、デザインが古臭く錆びついていた。
「こんなに狭かったんだな、本当は……」
その時、『あの想像を超えた館内放送』が突然、俺の真上にあるスピーカーから鳴り響いた。
「ピンポンパンポーン。……斉木一真さん、お待たせしましたー、どうぞ一階の赤いエレベーター横の『進路相談室』にお入り下さーい」




