俺は何故、こんなことに。
昏睡状態で眠る『死にかけた自分』を目にした、俺の前に、『その時』は突然やってきた。
ピンポンパンポーン、という、ありがちなチャイムの音の後に、この病院内に突如響き割ったのは、酷く緩い雰囲気を醸し出す、やる気の無さそうな女の声での館内放送だった。
「斉木一真さん、お待たせしましたー、どうぞ一階の赤いエレベーター横の『進路相談室』にお入り下さーい」と。
それは自分が置かれた事態が、未だに呑み込めない状態のまま、そこに立ち尽くしていた、俺に『忘れられないあの出来事』の始まりを知らせる、特別なアナウンスだった。
―あれ、俺は何でこんな事になったんだ?
俺はうっすら開いた目で、周囲を見回した。
何だか全身が猛烈に痛い。何だ、これは。
少し離れた場所に、よく見かける宅配便業者の一台のトラックが横転しているのが見える。
その近くには、時々、顧客の営業用に回る時に持って出る、自分の黒い鞄が路上に転がり、補助輪付きの子供用の自転車がひっくり返っていた。
自転車の側には、まだ幼稚園児くらいの男の子が、声をあげて泣いているのが目に入った。
膝をすりむいたようで、幼児特有のあの響き渡る甲高い声で、注目を集めるようにわんわん泣いていた。
その男の子の母親らしい女性が、大きく目を見開いてこちらに向かって猛烈な勢いで走ってくるのが見えた。
母親らしき女性は、てっきり子供に向かっていくのかと思いきや、ぼんやりとした俺の方へ、脇目を振らずに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?!! 今、救急車を呼びましたから!! 」
女性が大きな声でわめくように、俺に向かって叫んだ。
他にも何か半狂乱になっていて叫んでいるようだったが、既に意識の大半が失われかけていた、俺にはその内容の詳細の殆どを聞くことが出来なかった。
救急車……?
俺の中に漠然とした疑問が浮かぶ。
大勢の人間が近くに集まってくるのを感じた。
微かに指を動かすと、ぬるりとした血の感触にぶつかった。
―ああ、そうか。俺はさっき、この交差点であのトラックと……。
次に気が付いた時、俺は救急車の中にいた。
何度か子供時代に乗ったことがあったから、そこが何処かは直ぐに分かった。
「意識が戻ったぞ! 分かりますか?! 」
救急隊員らしい男が、何度も俺に呼びかけてくる。
俺は全身の余りの痛みで、頷くことすら、満足に出来そうになかった。
「くそ、収容先の病院はまだ決まらないのか?! さっきから一体何分経っていると思ってるんだ?! 」
さっき俺に呼びかけてきた救急隊員が、焦るように運転席の方に向かって怒鳴った。
「それが……今日は中心部の方で、工事現場での大規模なガス管の爆発事故が起きたせいで、そちらに人員を割かれて、その対応に追われて、大わらわになってしまっているようで……! 俺だってやれることはやっていますよ! 」
本部と連絡を取り合っているらしい、助手席の男が自分のせいではないと言わんばかりに、苛立った様子で、言葉を返す。
「そんな事が言い訳になるか! 早くしろと言え! 」
切羽詰まった、怒鳴るような救急隊員の男の声と共に、俺の意識は再びそこでぷっつりと途切れた。




