64 イエニスの冒険者ギルドマスターは脳筋だった
1本目です。今日は2本です。
ディスペルは使えなくても、リカバーを使える治癒士の部下さん達の活躍があって状態異常を患っていた冒険者達は回復していった。
石化や四股がグチャグチャに潰れてしまっていた患者や目に深い傷を負っていた患者は、全て俺が回復させていった。
治癒が終わった彼らは抱き合ったり、腕を組んで回り出したり、その喜びの感情を爆発させていた。
ただ一つ、俺には気になる点があった。それは誰も帰らないということだ。
(普通は帰るよな?これってまた何か無いように警戒をお願いしておくか?)
魔力枯渇寸前になってしまった部下達を休ませて、俺は患者の症状を聞きながら、一人一人を治癒していくのだった。
「聖なる治癒の御手よ 母なる大地の息吹よ 願わくは身体に潜む全ての澱みを取り払い 正常な状態へ回帰し給え リカバー ふぅ~、これで大丈夫です」
周囲を見渡し、他に患者が居ないかを確認するために声を出す。
「他に患者さんはいますか? 近くに苦しそうな方や治療を受けていない方がいらっしゃる様なら、声を掛けてください」
……どうやら声が掛からないので、全てが終了したようだ。
「冒険者諸君。先程は冒険者ギルドのミスで、治癒士ギルドの方々にご迷惑を掛けてしまった。本来、無料ではない治療をしてくれた治癒士の方々に暴言を吐いた者も居たな? 本来責めるべきはあの男達だったはずだ」
ジャイアス殿が獣人達に語ることで、獣人たちの顔から後悔が見てとれた。ジャイアス殿は続けて話す。
「確かに今回は無料で治療してくれる話だった。だが、このままでいいのか? 否だ、断じて否だ。 我等、獣人冒険者。 恩には恩で報いるぞ!」
次の瞬間、地下の訓練場が獣人達の各々の叫び声で揺れた。
「さっきの男達とその黒幕を探せ!必ずこの街に居るはずだ。私を含めて失態を取り戻すぞ!」
『オオォー!』
獣人たちは頭を下げてから階段を駆け上がっていった。
「ルシエル殿、治癒士の方々、大変申し訳なかった。この通りだ」
ジャイアス殿はそう言って頭を下げた。
「頭を上げてください、ジャイアス殿。彼らの狙いは妨害だったのでしょう。もしあのまま魔法を封じられ治療が出来なくなっていれば『治癒士は希望を持たせておきながら、多くの患者を見捨てた』等と、彼らの妨害行為のよりも、我々の悪評ばかりが広まり、治癒士ギルドの立場は悪くなっていたでしょう」
「……そう…だろうな」
心当たりがある、そんな顔をしているジャイアス殿に問う。
「彼らはシャーザ殿と近しいもの者なのでしょうか? もしくは薬師ギルドが引き起こした犯行なのでしょうか?」
治癒士と神官騎士の皆は驚いていた。まぁ薬師ギルドが絡んでいることは話していなかったからな。
「今回はどちらか判断出来ません。皆さんに投げつけられた黒い粉は、イエニスの薬師ギルドでは昔から「魔物に投げて魔法を封じることができる」と販売されているものです」
「……一般的に手に入りやすいものか…まぁ今回の件は、イエニスに詳しいジャイアス殿と冒険者の方々にお任せします」
正直こっちが突くと藪蛇にしかならない。そんな気がするものは丸投げが一番だと思う。俺もだけど部下さん達をこれ以上危険にさらす訳にはいかないからな。
「……失態をした私をすぐに信用するとは……甘い…ですが、今回の件は必ず突き止めてみせます」
ジャイアス殿はそう言ったが、信頼はしてない。ただ信用はしてもいいかとそう思っただけだ。
「私達はこれで治癒士ギルドへ戻りますが、何か分かれば一報をお願いします」
「わかりました」
彼はもう一度頭を下げてギルドの入り口まで送ってくれた。
「では、失礼します」
俺がそう言ってから、ライオネルを先頭に冒険者ギルドの入り口に歩いてから急に立ち止まった。
「どうし…」
たんだ。そう声を掛けようとすると酷い怪我を負った冒険者達が運ばれてきた。
それを見て動揺したのは俺達ではなくジャイアス殿だった。
「兄者?!」
怪我人の中にはギルドマスターも居たらしいので、指示を出す。
「エリアハイヒールを使うので、患者を私の三メートル以内に入ってください。皆さんはその後に毒や麻痺などを治療してください」
『はい』
部下さんが声を上げた次の瞬間、寝ていたはずの身体が変色してしまっている竜人が起き上がりこちらを睨んで叫んだ。
「貴様、治癒士か~!一体いくら毟ろうと言うのだ!」
その風貌はジャイアス殿よりも凶悪で、その獰猛な目が憤怒しながら俺を捉えた。
だけど何故か全然怖くはなかった。それよりも悲しい気持ちになっていく俺は自分の心に驚きながらも彼に言う。
「今回は無料だ。怪我人は大人しくしていろ!!」
自分でも吃驚するような大声で怒鳴ってしまった。が、そのおかげで竜人は大人しくなり、エリアハイヒールの範囲に入ったことを確認して詠唱を開始した。
竜人も含めて重傷者が多かったが、状態異常以外は問題無さそうなので、まずは一番酷い竜人にピュリフィケイション、ディスペル、リカバーの順に掛けていくと変色した身体は元通りになった。
それを呆然とした表情で己の身体を触る竜人を横目に、状態異常の患者が多いため俺もそっちを手伝い、十数人の治療は数分で終了した。
全ての治療を終えた俺は最初に治療した竜人であるギルドマスターに挨拶をすることにした。
「先程は怒鳴ってしまい申し訳ありませんでした。私は治癒士ギルド イエニス支部 S級治癒士のルシエルと申します。昨日ジャイアス殿に、治癒士ギルドと治癒士の回復能力を知っていただく為のご提案し、本日は無料で治療にお伺いしました」
竜人は呆然とこちらを眺めてから、ジャイアス殿の顔を見るとジャイアス殿は頷いた。そして何故か正座をして頭を下げて話を始めた。
「先程は無礼を申し上げました」
そこまで言って、まだこの土下座したままで、彼は話をすると感じた俺は慌てて立ってもらう。
いきなりの土下座は分からなかったが、これ以上は絶対に変な噂が飛ぶことになる、もう手遅れかも知れないが………
考えるだけで頭が痛くなりそうだったが、何とか彼を立たせて話を始めた。
「いきなり冒険者ギルドのギルドマスターが冒険者ギルドの入り口で土下座はやめてください! 変な噂が立つとこちらも困ります」
「おおっ!大変申し訳「謝罪はいいです。土下座もしようとしないでください」…?!かたじけない」
ループしそうな展開は避けたかったので、彼に話をしてもらうが、最初の印象と変わり過ぎだろ!そう思いながら話を聞く。
「我は冒険者ギルドマスターのジャスアンと申します。迷宮に篭っていたとはいえ、S級治癒士様とは思っても見ませんでしたので……」
ただ事ではなかった先程の憤怒していた目が気になった俺は聞いてみることにした。
「治癒士そのものや能力も知っていらっしゃると思ってお話させてもらいますが、ジャスアン殿は治癒士に良い印象はお持ちでないですよね?」
そう聞くと彼の顔に影が差した。
「……ええ。若い頃に何度も治療拒否をされたり、法外な値段を突きつけられたり良い印象がありません。ただ、数年前に冒険者ギルド本部の会議でS級治癒士のルシエル殿が話題に上がりました」
ブロド師匠も元冒険者だから、ジャスアン殿も冒険者だったのだろうな。なら世界を回って治癒士が嫌いになったとしてもおかしくはないのか?それにしても誰だ?俺の噂を流したのは?
「……初耳です」
「そうですか? メラトニのギルド本部に住み始めた新人治癒士が、種族、性別を問わずに全力で回復魔法を使い、どんな治療も修行中の身だからと言って、銀貨一枚しか受け取らなかったと聞いています」
何だか美談に話が切り替わっていた。
「……それって続きがあるんですか?」
「はい。僅か二年で聖シュルールの教会本部に異動して、二年掛からずに一気にS級まで上り詰めた冒険者ギルドが育てた治癒士だと」
……事実が混ざっているから否定し難い。
「小耳に挿んだ情報によると、竜人族の皆さんは治癒士ギルドの誘致に反対だったとか?」
「……ええ。私はイエニス冒険者ギルドのギルドマスターなので、種族の代表にはなれませんが、そう聞いています。ですが、私もそれが良いと思っていました」
ん?過去形?
「思っていたとは?」
「これだけ素晴らしい力を対価も無しに使って頂けるとは思ってもみませんでした。それも薬師ギルドが諦めた怪我を」
ジャスアン殿の顔が笑顔から、薬師ギルドを思い出して憤怒の表情に変わっていくが、訂正はさせてもらう。
「残念ながら、無料は本日だけです。これがガイドラインで中に料金表があります」
俺は魔法の袋から先日ジャイアス殿にガイドラインを渡した。
「…………これが料金?」
「ええ。もし今回ジャスアン殿から実際にお金を貰うとしたら、ハイヒール金貨3枚、ピュリフィケイション銀貨50枚、ディスペル金貨2枚、リカバー金貨1枚、合計で金貨6枚と銀貨50枚ですね。高かったですか?」
ガイドラインには1~1.5倍の金額差が出ることも記載してあるが、俺は1倍で話をした。
「……いや、安すぎる!高級ポーションは金貨5枚、毒や麻痺などの薬も高いものは金貨1枚するが、ここまでの効果はない」
「そう言っていただけると嬉しいです。値段の設定はだいぶ苦労しましたからね」
この価格を決めるのに市場調査を何度も繰り返した。
冒険者だけでなく、治癒院を経営する全ての治癒士からも調査したのだ。
さらに試験的にまだ聖シュルール協和国だけだが、治癒士の聖属性魔法のスキルレベルが低い場合は、寝床と食事付きで治癒士ギルドや冒険者ギルドでのヒールを半額で掛けて修行出来る様にもした。
良く大司教様方が頑張られたのだと思う。
細かい料金を俺が決めると新たな火種になって争いになる。そう言われて悩んでいると悪徳商人顔のムネラー大司教が俺に言った一言で、俺は彼らに全てを任せた。
「二十歳にもなっていない若者が知らないところで敵を作るな! こういうのは私達、老い先が短い人間の方が納得もさせられるし、恨まれても暫しの時よ。それにこれを作れば後世に名が残る。その名誉を私達にも分けてほしい」
俺はそのときに悪徳商人顔って思っててすみませんでした。と、心で土下座しながら謝罪した。
本当は二年で料金を含めた全てを作り上げた彼らが褒められるべきなのだが、広告塔は教皇様と俺になった。
ガイドラインに彼らの名前と実績を記載してもらったのだが、彼らはそれだけで大喜びしてくれた。
彼らの為にも治癒士として頑張ることを誓ってイエニスに来たからこれが支持されることは本当に嬉しかった。
「これなら……ルシエル殿は冒険者だったな?」
「…ええ。そうですよ」
ん?嫌な予感がする。
「なら、指名依頼を頼みたい!」
「Bランクじゃないので、指名依頼の義務はありません」
やっぱり。でも断っても問題はない。
「くっ、ならば迷宮の外で仮設治癒院を設置して欲しい。無論費用はこちらが全額負担する」
……何でもありですか?でも、それも無理ですよ。
「無理ですね。本日も治癒している最中に妨害が入りましたし、一昨日には私も街中で襲われました。治癒士ギルドが安全且つ、運営が出来る様になるまでは、治癒士ギルドから離れるわけには行きません。それに私は治癒士ギルドの責任者ですから」
「……そうか」
諦めてくれた。俺はそう思ってホッと一息を吐いた。
「……なら全てがクリアになれば、仮設治癒院は受けてもらえるのだな?」
あれ?諦めてない?それよりも違う方向に話が進んでいないか?
「あのだから、私は治癒士ギルドの責任者なんですけど?」
「我も冒険者ギルドのギルドマスターだ。治癒士ギルドがこの街で安全に、そしてその地位を確立出来る様に尽力することをここに誓おう」
彼には俺の言葉は届かなかった。
そして助けを求めようと見た部下さん達は皆が顔を逸らした。
神官騎士達も、だ。
それに奴隷の二人はギルドマスターの提案に嬉しがっているように感じた。
こうして治癒士ギルドのデモンストレーションは無事?終わり、黒幕が見えない敵と新たな問題に、俺は巻き込まれていくのだった。
お読みいただきありがとう御座いました。
少し長くなってしまいましたが、区切りがいいのでデモンストレーションまで終わりにしました。




