40 師匠の手紙とこれからやるべきこと
昨日、教皇様にS級治癒士として旅立つことを告げられていた。
「ルシエルよ、S級治癒士として人々を救う。よもや御主があの伝説の治癒士ギルドの創設者で、冒険者で、精霊使いのレインスター・ガスタード卿の言葉を使って、教会の為に尽力しようと考えているとは、露ほどとも知らなかったぞ 」
ええ。俺も考えていませんでした。
「・・・はい 」
「それでは今後はマルダンとムネラーがガイドライン法案を主となって進めて、ドンガハハが日程の調整、カトリーヌがその内容を精査せよ 」
「「「「はっ 」」」」
「それでルシエルよ。御主の意気込みは嬉しく思うが、報告では馬に乗るにはまだ不十分だと聞いたが? 」
そうなんです。だから、安全な場所での生活を希望します。
「…はい」
「そうなれば、御主が教会の為にいくら尽力してくれようとしても、旅には盗賊や魔物が出てくる 」
そうですよ。俺って弱いですからね。
「はい。私も盗賊や魔物と戦うのは不安ですし、馬にも乗れないので、囲まれたら死んでしまうのではないかと考えていたところです 」
「確かに襲われれば死ぬ可能性はあるだろうが、問題は御主が奴隷などにされて、監禁し続けられた場所で、回復魔法を使い続けて、一生を終わるとなれば教会のみならず世界の損失となる 」
ありがとう御座います。教会で教会の為に頑張りますよ。
「はっ 」
「そこでだ。貴族も二十歳で貴族の爵位を引き継げる歳となる。教会としても一定の年齢になったことで、送り出すことが出来る二十歳になったら、S級治癒士として旅立つことを許そう 」
………何故そうなった?
「はっ 」
「それまでに乗馬は勿論のこと、しっかりと準備をしていくことを妾の最初の命令としよう 」
ご命令ですか。いいでしょう。楽園は自分で作ってみせますよ。
「はっ。精一杯努めさせていただきます 」
「うむ 」
こうして徐々に進めているガイドラインと法案を、俺が旅に出る二十歳となると同時に正式発表することで調整しているらしい。それも教皇様と俺の連名となる。
それに伴い徐々に治癒士ギルド及び治癒院に対して、指導が行われていくらしい。
こうして俺の旅に出るタイムリミットが設定された。
現在S級治癒士は世界で俺一人となっており、その重圧から俺はオアシスを見つけたい…そんなことを思っていた。
一年と五ヶ月をそう過ごすかを考えていた。
物体Xを飲み続けると、レベルが上がらないかも知れないと分かってから、結果的に俺は物体Xを飲むのを止めた。
結果的に止めたというのは、師匠であるブロド教官に指示を仰ぐため先日手紙を送った。
その返信が先日ありS級治癒士になった称賛の他にそのことについて書かれていた。
〔物体Xは、新人冒険者が少しでも強くなるために、開発されたものだと聞いていたが、その様な副作用までは伝わっていなかった。物体Xは迷信のようなものだが、レベルアップが関係するのか実際に飲まないで検証してみよ。それでレベルが上がれば、上げていくといい。ルシエル、お前のレベルが上がったら今よりも格段に強くなったと感じると思う。それは間違いではないが、正しくはない。身体能力がいくら高く強くなろうが、お前の身体は一つだ。もし正面から同じぐらいのものと戦うことになったら迷わず逃げろ。戦いは絶対に負けてはならない。何故なら死と隣り合わせだからだ。調子に乗って行動すれば、必ずしっぺ返しが待っている。もし戦闘に対してお前が驕りをみせたら、一日中斬ってそのことを痛みと共に刻んでやるから、メラトニの冒険者ギルドに来い。無理なら手紙を書け、俺が行ってやる。以前も教えたがステータスの差が絶対ではない。準備だけじゃなく運や状況、相性なども勝敗を分ける。もしそれが聞けないなら、俺に勝ってから自分の好きにしろ。師匠様より馬鹿弟子へ〕
あの日、師匠からこっ酷く扱かれたが、俺の本質を正しく理解していたことに驚きつつ、感謝に堪えなかった。
きっと冒険者ギルドに連れて帰って、俺の性根を叩くつもりだったのだろうが、それも許さない状況だった。そういうことだろう。
俺よりも視野が広く、物事を深く考えている師匠を思い、メラトニの街の方角に頭を下げたことは記憶に新しい。
「まぁあれ以来、迷宮にも行ってないし、戦乙女聖騎士隊の訓練にも参加していないから、特に何も変わっていないけどな 」
一年五ヶ月は貴重な時間だ。
旅に出る前にメラトニへは行きたいと思うが、まず馬にも乗れないから、ヤンバスさんとフォレノワールに助けてもらうのと出来ればフォレノワールを貰えたらと思っている。
他の馬は俺から逃げるか、乗馬拒否され全く乗れる雰囲気ではないのだ。
さらに魔物の問題もある。迷宮と違い地上の魔物はアンデッドと比べて声を出すし死体が消えない。さらに感情があり、泣いたり怒ったりもする。擬態する魔物や連携を見せる魔物は俺にとって胃が痛くなるものばかりの問題だ。
他にもガイドラインが施行されるまでの、聖都の治癒は継続して欲しいと教皇様に言われた。勿論、今ある治癒院が損害が出ないように、月に一度ということになったが果たして?
「乗馬、魔物、治癒。その他にレベル上げ、教会の勉強、訓練、あ、俺ってまだ、食処しか知らないぞ。こんなで恋愛までいけるのか?数多の主人公達よ。我の心に余裕を与えたまえ 」
教皇様の私室から自室に戻ってそんなことを呟いていた。
コンコンコン。
「戦乙女聖騎士隊のマルルカです。ルシエルン様をお迎えに来ました 」
うん。敬語になってない。それにしてもお迎えってなんぞ?
「はい。えっと鍵は開いてますが、なんかありましたっけ? 」
ガチャっと扉が開いて、顔を見せたマルルカさんは、その場で口を開く。
「ルシエルン様はいずれ世界を回るから、今日より各騎士隊を見てお供を探すって話が来て、うちらの隊を見るって聞いたよ?」
話の進行が早すぎるぞ。
「それについては全然だね。それとルシエル様・・・いや、様付けはいらないですよ。他の人がたくさんいるならまだしも……それにルシエルンって呼んでる時点で駄目ですよ 」
俺は笑いながらドアに向かう。
「まぁ急に偉くなったって威張ったら、訓練でボコボコにするつもりだったけどね 」
「この世界には戦闘狂しか居ないんでしょうか? 」
「騎士隊は守ることが優先だけど、偉人の言葉で、攻撃は絶対の防御、戦は数って言葉があるじゃない。うちらの隊はそれがモットーだからね 」
転生者って昔居たのかな?待て、そういえば転生者ってあと九人いるんだったか?完全に忘れてた。あれ、でも名前も何も分かるものなんてないぞ?それに探してどうするんだ?
「・・・」
「ルシエルン? 何を固まってるの? ルミナ様達が待っているから、さっさと行こう 」
転生者に関して考えて、他のことを思考停止してしまってマルルカさんに顔を覗き込まれてしまった。マルルカさんは赤茶のショートヘアに碧眼で、猫の様にコロコロと表情が変わる人なのだ。この世界の人は一々可愛いから対応に慌てる。
「あ、すみません。行きましょうか 」
俺はポーカーフェイスを貼り付けながら、転生者のことについて一旦封印し、騎士の選抜も視野に戦乙女聖騎士隊の訓練場に向かうのだった。




