49.薪バーベキューは最高!
キャンプ場に戻ると、私たちは本日のメインイベント、バーベキューの準備に取り掛かった。
このキャンプ場は直火が許されている。焚き火台などの道具を使わなくても、地面で火を焚くことが可能だ。
「前江、手伝ってくれ。こいつで囲いを作る」
コンクリートブロックを車から下ろしながら主任が言った。ブロックにはどれも煤がついていて、以前から使っていたことが分かる。
「キャンプと言えばファイヤーですよね!」
火をおこす前からポジティブくんは燃えていた。
「長峰たちは乾いた小枝を集めてきてくれ。枯れ草とか松ぼっくりがあれば、それも頼む」
「分かりました」
私と志保も動き出した。
「何だかワクワクしますね」
楽しそうな志保につられて、私も笑った。
即席の囲いの中心に、主任が枯れ葉や松ぼっくりを置く。その上に小枝を組み上げ、さらに細い薪を組んでいった。
それを見つめるポジティブくんに、主任が説明する。
「適当に隙間を作っておくのがポイントだ。空気がないと、火は燃えないからな」
「なるほど」
「薪が燃え始めたら、もう少し太い薪を加えていく。太い薪に火が点けば、あとは時々薪をくべるだけで大丈夫だ」
「分かりました」
ポジティブくんが真剣に頷いた。
「よし、これでいい。前江、火を点けてみるか?」
「はい!」
柄の長い着火ライターがカチッと音を立てる。
「いきます」
ポジティブくんが緊張気味にライターを差し入れた。
しばらくすると、パチパチといい音が聞こえてくる。
「お、ついた!」
「いい感じだな。もう少ししたら、薪を加えてみよう」
「はい!」
楽しそうな師弟に背を向けて、私と志保は食材の準備に入った。
処理が面倒な野菜はカット済みのものを買ってきたので、包丁を使うのは、洗って切ればいいものだけだ。肉はそのまま焼くだけなので、パックのラップを外すだけ。鉄板が温まる頃には、ほとんどの食材がテーブルに並んでいた。
「じゃあ、焼くか!」
「おー!」
主任とポジティブくんの掛け声でバーベキューはスタートした。
油を引いた後、カボチャやニンジンなど、焼けにくい野菜から載せていく。薪は火力が強いので、焦げないように注意が必要だ。
などと考えていたら、横から志保がいきなり肉を投入してきた。
「バーベキューと言えば、やっぱりお肉ですよね!」
呆れる私にご機嫌な笑顔を見せると、続いて野菜を鷲掴みにして、豪快に鉄板に放り込む。
焼く順番も何もあったものではない。鉄板の上は肉野菜炒め状態だ。
「ちょっと、これどうするのよ」
「お任せください!」
腕まくりをした志保が、焼けた肉と、焼けたかどうか定かでない野菜を箸でまとめてすくい上げた。
「主任、お皿を!」
「お、おう」
主任からタレの入ったお皿を受け取ると、そこにドンと盛り付ける。
「はい、どうぞ!」
何の躊躇いもないその動きに、主任が苦笑した。
「じゃあ、お先に」
主任が野菜の中から肉を引っ張り出して、フゥフゥと息を吹き掛ける。
それをパクリと口に入れる。
主任が目を細めた。
主任が肉を飲み込んだ。
主任が顔を綻ばせた。
そして主任が、今まで聞いたことのないほどの大きな声で言った。
「うまい!」
私も志保も、ポジティブくんも驚いた。
三人で顔を見合わせ、鉄板を見つめ、箸とお皿をその手に持つ。
「いただきます!」
三本の手が一斉に鉄板へと向かった。
「うまい!」
「美味しい!」
「最高です!」
主任に負けないくらい大きな声で私たちが叫んだ。
野菜や肉が次々投入される。それがすごい勢いでなくなっていく。
焼いてタレをつけるだけ。たったそれだけなのに、スーパーで買った普通の野菜と普通のお肉が、どうしてこんなに美味しくなってしまうのだろう。
これがバーベキューの力なのだろうか。それとも薪の力なのだろうか。
などと考えながら、ちょっと生焼けのピーマンを口に入れた時、志保の声が聞こえた。
「ちょっと、前江さん。そんなに燃やさないでくださいよ」
「え、だめなの?」
「火力強すぎです。肉が焦げます」
火奉行を買って出たポジティブくんが怒られている。
志保に言われて、ポジティブくんは、手に持っていた薪を残念そうに脇に置いた。
それを見て主任が笑う。
「前江の気持ち、よく分かるよ。火の前にいると、なぜかどんどん燃やしたくなるんだ」
「薪を燃やすのって楽しいんですね」
「ああ、楽しい」
そう言って、主任が缶ビールを飲み干した。
「もう一本飲みますか?」
「いや。とりあえず肉がいいかな」
「分かりました」
主任からお皿を受け取って、私が鉄板に手を伸ばす。
その時、また志保の声がした。
「薪をくべるのはお休みです。はい、お肉を食べてください」
「はーい」
この二人のやりとりはじつに微笑ましい。入社年次も年齢も志保が下なのに、まるきり反対みたいだ。
横目で二人を見ながら、お肉と野菜を適当に盛り付けて主任に渡すと、私も自分のお皿にお肉を入れた。そこにタレを足して、キャベツと一緒に頬張る。
美味しい。本当に美味しい。もう毎日バーベキューでもいいと思う。
だけど、ここに”あれ”があったなら、なお素晴らしい。
白く輝く艶やかな”あれ”を思い浮かべながら、私が言った。
「ご飯がほしくなりますね」
肉を飲み込んで、主任が答えた。
「やっぱり炊けばよかったかな」
ご飯を食べたらお肉が食べられなくなるというポジティブくんと志保の主張により、今回はお米を持ってきていない。
「俺も食べたくなってきた。飯ごうで炊いたご飯はうまいからな」
「そうなんですか?」
これまでお手軽キャンプしかしてこなかったので、飯ごうでご飯を炊くなんてしたことがない。というより、飯ごうの実物を私は見たことがなかった。
「主任は、キャンプの時、飯ごうでご飯を炊いていたんですか?」
「よくやってたぞ。お焦げがまたうまいんだ」
「お焦げ、いいですね!」
「ま、時々失敗して、真っ黒になることもあるんだけどな」
主任がまた笑う。
このキャンプで何度も見た笑顔。
「次のキャンプは、是非飯ごうを持ってきてください」
「おお、いいぞ」
さりげなく次の約束までしてしまった。
「前江さん、火力が弱いです」
「任せろ!」
日の暮れた林の中で炎が踊る。
揺らめく景色の中でみんなが笑う。
焚き火ならではのその風景は、私の心に深く刻み込まれたのだった。




