45.二人で買い出し
私と主任は、キャンプ場から一番近いスーパーに開店と同時に入った。
「夕食はバーベキューとして、昼と朝はどうするんだ?」
バーベキューは全員で作るが、今日の昼食と明日の朝食は、私と志保で作ることになっていた。男性陣に車や道具の手配、そして運転をお願いしているので、そのお礼がわりだ。
「それは、秘密です」
私がウィンクしてみせる。
「そうか。それは楽しみだな」
楽しそうに主任が笑った。
会社で見せるものとは違う、本当に楽しそうな笑顔。
これは、ハードル上げちゃったかも
後悔したが、もう遅い。
ポケットから買い物リストを取り出すと、私は売り場に目をやった。
冷蔵ものや重たいものは後に回したい。まずは野菜か、もしくは……。
買う順番を考えながら歩き始めるが、初めて来るスーパーなので、どこに何があるのか分からない。あっちに移動しこっちに戻りと、二人で店内を歩き回る。
効率の悪いことこの上なかったが、それが、私には楽しくて仕方なかった。
主任がカートを押す。
その横を私が歩く。
二人で食材を選ぶ。
食材をカートに入れて、また歩き出す。
買い物をしながら、私の中で妄想が膨らんでいった。
「雄介さん、今夜は何が食べたい?」
「俺は、由香の食べたいものが食べたい」
「またぁ。それだと決められないじゃない。私は、雄介さんが食べたいものを作ってあげたいの」
「そうか。じゃあ、由香の好きなシーフードバスタがいいかな」
「もう……」
二人揃っての買い物。
二人で囲む食卓。
二人で過ごす甘い時間。
「……長峰、大丈夫か?」
気が付くと、主任が私の顔を覗き込んでいた。
「だ、大丈夫です!」
慌てて返事をして、私が指をさす。
「次はお肉です!」
スタスタ歩き出す私を主任が慌てて追い掛ける。
その後私は、頬のほてりが取れるまで主任の顔を見ることができなかった。
お肉や飲み物をクーラーボックスに入れ、ほかの食材を荷台に載せると、車はキャンプ場に向かって走り出した。
街を抜け、風景に緑が目立ち始めた頃、私が聞いた。
「お昼ご飯を作る時、カセットコンロを使ってもいいですか?」
「いいぞ」
お湯を沸かすのに使ったシングルバーナーのほかに、普通のカセットコンロも用意されていた。
「主任って、本当にいろいろ道具を持ってますよね」
「俺が買ったものより、親が買ったものの方が断然多いけどな」
答えた主任の顔が、心なし曇ったように見えた。やはりご家族の話はしない方がいい気がする。
私は、声のトーンを少し上げた。
「バーベキューの時は、薪を使うんですよね」
「そうだ」
受付をした時、主任が薪を一束買っていた。
「主任は薪派なんですね」
「子供の頃から、キャンプと言えば薪だったからな。火力調節が難しいとか、鍋が煤で真っ黒になるとか、火の粉で服に穴が空くとか煙臭くなるとか、いろいろ面倒なことも多いけど、やっぱり薪を使うのが楽しいかな」
「そうなんですね」
学生時代のキャンプでは、薪を使ったことがなかった。キャンプを教えてくれた友人がガスコンロ愛用家だったからだ。
その友人が言っていた。
「薪はね、とにかく面倒なのよ。コンロが一番楽でいいわ」
私も少し調べたことがあるが、たしかに薪は大変そうだ。慣れないと、火をおこすことも、それを維持することも難しい。直火禁止のキャンプ場も多いので、そういう場所では焚き火台を用意する必要もある。
だけど、ベテランキャンパーたちが焚き火を囲んで食事をしたりくつろいでいたりするのを見ていると、うらやましいと思うことが何度もあった。
「夜が楽しみです!」
私の言葉はちょっと唐突だったのだろう。
主任が驚く。
私がニコニコと笑う。
「そうだな。楽しみだ」
言いながら、主任が大きくハンドルを切った。
舗装された車道から外れて、車はデコボコの林道へと入っていった。
キャンプ場に戻ると、志保とポジティブくんがオセロで盛り上がっていた。
「また負けたー!」
「まだまだだな、笹山くん」
どうやら志保が負け続けているらしい。
「前江さん、ズルいです!」
「いや、オセロにズルはないから」
今回のキャンプでは、一人一つずつ遊び道具を持ってくることになっていた。どうやらポジティブくんはオセロを持ってきたらしい。四人で遊べないものを持ってくるあたり、ちょっと”らしいな”と笑ってしまった。
ところが。
「絶対勝てると思ったから持ってきたのに」
あれ?
「前江さんに負けるなんて、悔しいです!」
オセロを持ってきたのは、志保だった。
胸を反らして勝利のポーズを決めていたポジティブくんが、私たちに気が付いた。
「あ、お帰りなさい」
「盛り上がってるな」
「はい! キャンプって楽しいですね!」
志保の鋭い視線をものともせずに、ポジティブくんが満面の笑みを浮かべる。
「前江さん、もう一回!」
「よーし、かかってこい!」
二人はまたオセロを始めてしまった。
志保に昼食の準備を手伝ってもらおうと思っていたのだが、当てが外れた。仕方ないので、私は一人でまな板や包丁の準備をする。
すると。
「手伝おうか?」
主任が声を掛けてくれた。
もしかして、これも志保の計算のうち?
そんなことを考えたが、それは違ったらしい。志保の盤面を見る目は真剣だ。
「ありがとうございます。じゃあ、炊事場まで食材を運んでもらっていいですか」
「分かった」
買い物に続いて、思いがけず昼食作りも主任と二人ですることになったのだった。




