44.キャンプ場マジック
私と志保が戻ると、ポジティブくんが、主任の指導を受けながらガスコンロにガス缶をセットしていた。
登山者などが愛用するシングルバーナー。カセットコンロとはまるで形が違うので、普通の人には扱い方が分からない。
「これでいいっすか?」
「大丈夫だ」
OKをもらって、ポジティブくんは満面の笑み。
「水も来たし、じゃあ火をつけようか」
「了解です!」
右手に柄の長いライターを用意し、左手でコンロのつまみを捻る。
「シューっていう音がしたら、火をつけるんだ」
「はい!」
シュー
「いいぞ」
「はい!」
ボッ!
「おおっ、ついた!」
青い炎が立ち上がる。
それを嬉しそうに眺めるポジティブくんは、完全に子供の顔だった。
コンパクトな割に、シングルバーナーの火力は強い。それほど時間は掛からずにお湯は沸いた。コーヒーを入れると、それぞれがカップを持ってチェアに座る。
うっとり目を閉じながら、志保が言った。
「キャンプチェアって、座るっていうより、埋もれるって感じですよねぇ」
同じく目を閉じてポジティブくんも言う。
「いいなぁ、これ。自分用に買っちゃおうかなぁ」
二人は早くもまったりモードだ。
「こいつの欠点は、テーブルに手が届きにくくなるってことだな」
身も蓋もない主任の言葉に苦笑いをしたが、見れば主任の瞼も閉じていた。
「そうですね」
相づちを打って、私はコーヒーをすする。ただのインスタントコーヒーが本当に美味しく感じた。まさにキャンプ場マジックだ。
今日は快晴だが、タープのおかげで直射日光は当たらない。
林の中を風が吹き抜ける。
鳥のさえずりが聞こえてくる。
「気持ちいいですねぇ」
「気持ちいいなぁ」
志保とポジティブくんが、フニャフニャになりながら呟いた。
たぶん、五分くらいは誰も何も言わなかったと思う。
あまりの気持ちのよさにまどろみ掛けた時、主任の声がした。
「ところで、この後の買い出しは誰が行く?」
その声で、私はハッと目を開けた。
今回のキャンプは、現地で食材を調達することにしていた。事前に買って下処理しておけば楽なのだが、四人とも時間がなかったし、逆に当日は時間が余るだろうと思ったからだ。
みんなが体を起こして主任に目を向ける。
「運転は俺でいいけど、あと一人はついてきてほし……」
「主任!」
「なんだ!?」
志保の勢いに主任が目を丸くした。
「私、荷物番がしたいです! なぜなら、私はサンドイッチ作りのために早起きして眠いからです!」
その主張には頷くしかないが、どうにも悪巧みの匂いがする。
「そうだな。じゃあ笹山はここで……」
「ボディーガードとして、前江さんを指名します!」
「ボディーガード!?」
ポジティブくんが声を上げる。
「ボディーガードかぁ。なんかかっこいいかも」
「でしょ。前江さん、よろしくお願いしますね」
「うん!」
この人は、この流れに何の疑問も抱かないのだろうか。
呆れる私に、志保が目線で語りかけてきた。
由香先輩、頑張って!
私が睨むが、志保の顔には満面の笑み。
まったくもう
ため息をつく私の横で、主任が言った。
「じゃあ、俺と長峰で行ってくるか」
その表情は、まったくもっていつも通り。こちらもまた、あからさまな誘導など気にしていないという顔だ。
それが、ちょっと悔しい。
「分かりました」
カップのコーヒーを飲み干して、私は立ち上がった。




