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主任と私  作者: まあく
44/60

44.キャンプ場マジック

 私と志保が戻ると、ポジティブくんが、主任の指導を受けながらガスコンロにガス缶をセットしていた。

 登山者などが愛用するシングルバーナー。カセットコンロとはまるで形が違うので、普通の人には扱い方が分からない。


「これでいいっすか?」

「大丈夫だ」


 OKをもらって、ポジティブくんは満面の笑み。


「水も来たし、じゃあ火をつけようか」

「了解です!」


 右手に柄の長いライターを用意し、左手でコンロのつまみを捻る。


「シューっていう音がしたら、火をつけるんだ」

「はい!」


 シュー


「いいぞ」

「はい!」


 ボッ!


「おおっ、ついた!」


 青い炎が立ち上がる。

 それを嬉しそうに眺めるポジティブくんは、完全に子供の顔だった。


 コンパクトな割に、シングルバーナーの火力は強い。それほど時間は掛からずにお湯は沸いた。コーヒーを入れると、それぞれがカップを持ってチェアに座る。

 うっとり目を閉じながら、志保が言った。


「キャンプチェアって、座るっていうより、埋もれるって感じですよねぇ」


 同じく目を閉じてポジティブくんも言う。


「いいなぁ、これ。自分用に買っちゃおうかなぁ」


 二人は早くもまったりモードだ。


「こいつの欠点は、テーブルに手が届きにくくなるってことだな」


 身も蓋もない主任の言葉に苦笑いをしたが、見れば主任の瞼も閉じていた。


「そうですね」


 相づちを打って、私はコーヒーをすする。ただのインスタントコーヒーが本当に美味しく感じた。まさにキャンプ場マジックだ。


 今日は快晴だが、タープのおかげで直射日光は当たらない。

 林の中を風が吹き抜ける。

 鳥のさえずりが聞こえてくる。


「気持ちいいですねぇ」

「気持ちいいなぁ」


 志保とポジティブくんが、フニャフニャになりながら呟いた。


 たぶん、五分くらいは誰も何も言わなかったと思う。

 あまりの気持ちのよさにまどろみ掛けた時、主任の声がした。


「ところで、この後の買い出しは誰が行く?」


 その声で、私はハッと目を開けた。

 今回のキャンプは、現地で食材を調達することにしていた。事前に買って下処理しておけば楽なのだが、四人とも時間がなかったし、逆に当日は時間が余るだろうと思ったからだ。

 みんなが体を起こして主任に目を向ける。


「運転は俺でいいけど、あと一人はついてきてほし……」

「主任!」

「なんだ!?」


 志保の勢いに主任が目を丸くした。


「私、荷物番がしたいです! なぜなら、私はサンドイッチ作りのために早起きして眠いからです!」


 その主張には頷くしかないが、どうにも悪巧みの匂いがする。


「そうだな。じゃあ笹山はここで……」

「ボディーガードとして、前江さんを指名します!」

「ボディーガード!?」


 ポジティブくんが声を上げる。


「ボディーガードかぁ。なんかかっこいいかも」

「でしょ。前江さん、よろしくお願いしますね」

「うん!」


 この人は、この流れに何の疑問も抱かないのだろうか。

 呆れる私に、志保が目線で語りかけてきた。


 由香先輩、頑張って!


 私が睨むが、志保の顔には満面の笑み。


 まったくもう


 ため息をつく私の横で、主任が言った。


「じゃあ、俺と長峰で行ってくるか」


 その表情は、まったくもっていつも通り。こちらもまた、あからさまな誘導など気にしていないという顔だ。

 それが、ちょっと悔しい。


「分かりました」


 カップのコーヒーを飲み干して、私は立ち上がった。


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